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第47話 麗子様は食レポされる。

「はい?」


 早見の狙いが分からず、私は小首をかしげた。


「だから、マフィンを一つ下さいな」


 そして、周囲のお姉様方を虜にする天使の微笑エンジェルスマイルを私に向けてきやがった。みんな騙されないでね。こいつ堕天使だから。


 私は見た! ヤツの眼鏡が怪しく光ったのを!

 コイツ、いったいぜんたい何を企んでやがる?


「マフィンだったらいいよね?」


 だが、早見はそんな私の警戒心に気づいているのかいないのか、全く笑顔を崩さず滝川に同意を求めた。その滝川も早見の意図が掴めず戸惑っている。


「むっ、うむ、まあ、マフィンなら比較的簡単な部類だな。よっぽど下手じゃなきゃ素人でも問題はないだろう」

「と言うわけで清涼院さん、マフィンを一つ貰うね」


 分からん。にこにこ笑みを浮かべる早見が腹の底で、どんな悪辣な陰謀を画策しているのかを。


「…………お買い上げありがとうございます」


 だが、今は一個でも売り上げに貢献してくれるのだから、私にこれを拒む選択肢はない。後でヤツへの借りの利子がデカくなりそうな気もするけど。


「ありがとう」


 マフィンを受け取ると、早見は一瞬のためらいもなく一口パクリ。


「うッ!?」


 その刹那、マフィンにかぶりついた早見の眼鏡の奥で、目がまん丸と大きく見開かれた。


「どうした瑞樹!」

「んん~」


 滝川が取り乱し早見の肩を掴む。だけど早見は口にマフィンを入れたままで答えられないようだ。


「くっ、やはり素人の作ったものなんか食べるからだ。すぐ吐き出せ!」


 失礼な! 


 私の手作りお菓子はどれも完璧よ。食品衛生だってバッチリなんだから。


 ハッ、まさか、早見のやろー、最初からこれが狙いで?

 店の商品にケチをつけて私の邪魔をするつもりなのね!


 やられた!


「清涼院、きさま瑞樹に何を食べさせた!」

「わ、私は何も……」


 滝川が憤怒の形相で睨んできた。私はいよいよパニクって震え上がる。


 どーしよ、どーしよ!


「まさか毒でも盛ったんじゃないだろうな」

「そ、そんな事……わ、私……」


 上手く言葉が出てこない。


 えっ、これってどうなっちゃうの?

 まさか、ここで悪役お嬢様補正が?

 ヒロインが出てくる前に断罪とか?


 明日の一面に『バザーにデスマフィン現る!』なんて見出しが飾られて、私のSNSアカウントが大炎上!?


 どうして、どうして?……どうしてこんな事になったの?


「落ち着いて二人とも」


 だが、怒り狂う滝川と半泣きになった私に、当事者の早見はけろりとしたものだった。こっちは恐怖で死ぬそうなほど真っ青になってるってのに!


「瑞樹、大丈夫なのか?」

「早見様、商品に何か問題でもございましたか?」

「違う違う」


 ひらひら手を振って否定すると、早見はにっこりと満面の笑みを私に向けた。


「清涼院さん、すっごく美味しいよ」

「はい?」

「びっくりしたよ。このマフィン、お店のものと遜色ないどころか今まで食べた中で一番だ」


 えっ、何その絶賛?


「これほどの出来なら、この値段でも安すぎるくらいだよ」

「そんな馬鹿な! 清涼院の手作りだぞ!」


 おい、どういう意味だ。ホントに失礼でデリカシーの無いヤツめ。


「本当さ。疑うなら和也も食べてみなよ」

「瑞樹の舌を疑うわけじゃないが……清涼院、俺も一個もらうぞ」


 はーい、まいどー。飯田さん、マフィンワンプリーズ。


「言っておくが俺は瑞樹と違って同級生相手でも忖度はしないからな」


 お前がいつ私に忖度した事があったよ。内心ムカッとしたけど、相手はお客様。スマイルスマイル。


「ふんっ、瑞樹は騙せても俺の舌は騙されないぞ……ンンッ!?」


 ビシッと私を指差した滝川がパクリとマフィンに齧りつくと、滝川は大きく目を見開いて固まった。


「おーい、和也?」

「滝川様もですの?」


 こいつらは食べる時にいちいち時を止めずにはいられんのか?


「…………美味い」


 そして、たっぷり十数秒フリーズしていた滝川は、再起動して小さく呟くと一心不乱にマフィンを貪った。


「表面はサクッとしていながら中身はふんわりしっとり。油分の重い感じはないが、しかし十分な食べ応え……美味い、美味すぎる!」


 なんだ、その食レポは?


「清涼院、本当にこれはお前が作ったのか?」


 キッと私を睨み滝川が不正疑惑を投げかけた。


「どこかの店で購入したものなんじゃないのか?」

「天地神明に誓って私の手作りですわ」


 なんて失礼なヤツだ。


「だいたい、他の店から卸していたら、こんな安価で販売できないではありませんか」

「確かに……それでは本当に高級店並みのクオリティのものを清涼院が……」

「ねっ、美味しかったでしょ」


 うーむと唸る滝川にクスッと笑う早見。どこか勝ち誇っているようだが、それ作ったの私だからな。


「俺は自分の舌に嘘はつけん。悔しいが掛け値なしに美味い」

「それは……ありがとうございます?」


 なんなんだ。これは褒められているのか、それとも貶されているのか?


「全部だ!」

「はい?」


 突然、滝川が手を差し出して意味不明な事を叫ぶ。なんだなんだ、滝川は世紀末救世主にでもなったのか?


「そのマフィンを全部寄越せと言っている!」

「お一人様一種類につき一個限りとさせていただいておりますわ」

「どうせ売れ残っているんだから構わんだろ」

「確かに私としては買ってもらえる方がありがたいですわ。しかし、ここはバザーであって利益を出すために出店をしてはおりませんの」


 まとめ買いを禁止しているのは、もちろん転売ヤー対策だ。超金持ちの滝川が転売するはずがないのはわかっているが、一人に許すと他の者も許可しないといけなくなるでしょ。


 大人買いは許しまへんでー。


「ちっ、なら全種一個ずつだ。それなら文句あるまい」


 さっきまで散々文句垂れてたくせに、美味しいと思ったらこの変わりよう。滝川よ、お前どこまでスイーツに飢えとるんじゃ。


「……カード決済はしておりませんわよ?」

「安心しろ、現金はちゃんと持っている」


 ピラッと滝川が万札を私の目の前に提示した。


「バザーに参加する代わりに渡された」


 ああ、滝川ママからお小遣いを貰ったのね……って、その手があったか!


 バザーで買い物もするからってお小遣いもらえば良かったんじゃん。今度またバザーに参加してお母様にたからないと!


 ぐふっぐふっ、それを貯金して将来の軍資金にすれば。


 くっくっくっ、素晴らしいじゃないか、バザーとは。まさに恵まれない子供(注:清涼院麗子)に愛の手を、だ。


 いや、しかし待てよ。バザーを名目にお小遣いをもらっておいて、まるっと全部ガメるのはさすがにまずいか。そうなるとバザーで買い物したお釣りしか残らん。そんなはした金では少々心もとないな。


「清涼院、なにをもたもたしている。早くしろ!」


 こいつ、スイーツの事となるとキャラが崩壊してないか?

 いや、もともと俺様系の傍若無人っぷりはこんなもんか?


「お待たせ致しましたわ」

「うむ!」


 全種類を包んで袋を差し出すと、滝川はひったくるように奪いゴソゴソ中を漁った。お前、ホントに良いとこの子息なのか?


「まずはシフォンだな。こいつはメレンゲのかき混ぜ方など技術が如実に出る。マフィンと違って誤魔化しはきかん」


 そして、最初に取り出したのは、けちょんけちょんにけなしてくれたシフォンケーキ。躊躇なくガブリと一口。


「な・ん・だ・と」


 滝川絶句。ホントいちいち時を止めるザ・ワールドのようなやっちゃ。


「噛んだ瞬間、溶けるように柔らかく、しかししっかり弾力があって、それでいて口の中に入ればしっとりとしたシフォンの存在感をアピールしている……文句なしの出来栄えだ」


 滝川は名家の御曹司からグルメレポーターとジョブチェンジしたようだ。次から次へとお菓子を口にしては賞賛の嵐。


 こいつは私に悪態しかつかないから、素直な感想なのだとわかる。こんな激賞されるとなんか恥ずかしいなー。もっと褒めて褒めて。プリーズ。


「最後はこいつだ」

「おお!」


 手にした小さなマカロンと真剣に対峙する滝川。こやつの食レポに変な盛り上がりを見せるオーディエンス。


「だが、マカロンはさっきも言ったように最高難易度のスイーツ。しかも、湿度管理が難しく高温多湿な日本の夏には適さない」


 ゴクリ……


 滝川の説明に皆が固唾を飲む。


「だが、見たとこピエは完璧だ。ピエとはフランス語で足を意味し、焼いた際に出来るレース状の膨らみなんだが……」


 今度はグルメレポーターからグルメ評論家にジョブアップしやがった。良いからサッサと食え。


「……それでは食べるぞ」


 ひと通り説明をして満足した滝川が宣言すると、観客の視線がマカロンに集まる。なんでマカロン一つでみんなそんな真剣なんだ?


 まるで一大イベントのように瀧川はサクッとマカロンを半分だけ口にした。


「なっ!?」


 その瞬間、滝川がクワッと目を大きく見開いた。

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