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第46話 麗子様はスイーツ評論家にダメ出しを食らう。

「ほら和也、せっかくだし何か買おうよ」

「ちっ、なんで俺が」


 早見が滝川をやんわり窘めたが、当の本人は舌打ちして顔を歪めた。


「もともと僕達はバザーに貢献するために来たんじゃないか」

「何か購入しておかないと、あの人がうるさいからなぁ」


 早見の指摘に滝川が少し眉をひそめた。どうやら二人とも自分の親と穂浪様とのつき合いに巻き込まれたらしい。


「だが、俺にも何を買うか決める権利くらいある」

「そんなこと言わずに、ほら和也は甘いものが好きだろ?」


 ほぉおん?


 滝川はスイーツ好きですか。そうですか。


 そういやコイツ、菊花会クリザンテームのサロンでも軽食には手を出さないけど、スイーツはけっこう食べてるところを見るな。ふむ、良い情報を手に入れた。楓ちゃんと椿ちゃんに教えてあげなきゃ。


 いやぁ、風と木の噂を流すとお兄様の目が恐くなるから、最近めっきり二人には楽しい話題を提供できていなかったのよね。なんで、代わりのネタを仕入れられたのはラッキー。


 たまにエンタメを提供しておかないと忠誠度が下がっちゃう。いつ寝首を掻かれるとも限らないものね。


「勘違いするな、俺は甘いものが好きなんじゃない。甘いものにうるさいんだ」


 腕を組んで滝川がチラッとショーケースへ鋭い視線を飛ばす。


「これは清涼院が作ったのか?」

「ええ、全て私の手作りですわ」


 あったり前田のクラッカー。美少女の手作りこそ至高!

 まあ、形成の面で飯田さんにも手伝ってもらったけど。


「ふんっ、俺はプロが作ったものしか口に入れるつもりはない。こんな素人の作った菓子なんて気持ち悪くて食えるか」


 おい! 他人様の物にケチつけんじゃねぇぞ!


「それに何だこの値段は?」


 滝川が値札を指差し、釣られて私と早見はショーケースの中の視線を向けた。


「おまえバカか? こんな高額商品がバザーで売れるわけないだろ」


 ぐっ、やっぱり高過ぎたか。悔しいが市場調査が足りなかったようだ。


「そう? 普通の値段だと思うけど?」

「町の製菓店ならな。素人の手作りに誰がこんな金額を払う?」


 これだから金銭感覚のない金持ちは庶民感覚がズレてるって言われるんだ、と滝川が悪態をついた。くそっ、前世庶民の私が超セレブの滝川に庶民感覚で罵倒されるとは。なんたる屈辱!


「だけど見てごらんよ。凄く良く出来ているじゃない」

「形成は悪くないな」

「このシフォンケーキやタルトなんか綺麗な形で店のものと遜色ないよ」


 擁護してもらっているのに、すまん早見よ。シフォンは型で焼くし、タルトの形成は全て飯田さん任せなのだ。


「シフォンはシンプルで簡単そうに見えるが、上手く焼くのは案外難しく奥が深いんだ。水分と油分量の調節とメレンゲのバランスや混ぜ方一つで出来上がりが大きく左右される。初心者のシフォンなんて気泡だらけで目も当てられん。硬かったり、柔いだけで弾力なかったりと食感が最悪で食えたもんじゃないしな」


 案の定、滝川のダメ出しが入った。こいつ意外と詳しいな。シフォンケーキは簡単そうに見えて意外と難易度の高いスイーツだ。


「それから、パイやタルトは手間暇がかかる。こいつも難易度高めのスイーツだ。妥協は許されん。手抜きする素人は大抵やらかす」

「こっちのシュークリームどうだい?」

「はっ、シュークリーム?」


 滝川が鼻で笑った。こいつ友人に対して態度悪いな。お前らホントに親友なのか?


「生地にシュークリームを詰め込むだけだと一見簡単と思えるがな、焼き加減やクリームのバランスが肝で実は意外と難易度が高い。均一に膨らませるのも簡単じゃないし、売り物レベルにするには長年の経験が必要なんだ。プロのパティシエの仕事を舐めるなよ」

「だったら、マカロンだけでも買おうよ」


 それでも早見はめげずに援護してくれる。マカロンならメレンゲを焼くだけで簡単だろうと思ったのだろう。だが、早見よ、そいつは鬼門じゃ。


「あほ、この中じゃマカロンが最高難易度だ」


 ああ、やっぱり滝川チェックが入ったよ。


「絶妙なマカロナージュは完全に熟練の技だし、ここの出来は仕上がりのピエにも影響するんだ。他にも水分量が少ないと食感がサクッとしないし、多いと上手く膨らまない。素人が手を出していいスイーツじゃない」


 ホント詳しいな、こいつ。マカロン一つでここまで熱く語れるとは。


「でも、これ悪くない形に見えるけど?」

「バカ! マカロンを甘く見るな!」


 親友相手でも容赦がないな、滝川よ。


「フランスにはマカロンを専門で作る職人がいるほどだぞ」


 これホント。マカロニエと言って朝から晩までマカロン一筋のパティシエがいる。フランスよ、なぜそこまでマカロンに執念を燃やす。


「だいたいマカロンは気温や湿度の影響を受けやすく、日本の夏に作るなど自殺行為だ」


 せめて冬ならマシなんだがとぶつぶつ呟く滝川。おまえ、スイーツにそこまで熱くこだわりのあるヤツだったのか。コイツも執念が凄そうだ。


 それからも早見は援護射撃をしてくれたが、一事が万事この調子。そのせいで、気がつけば何事かと野次馬の人だかりができていた。


 おい、おまえらのせいで注目浴びてるじゃんかよ。

 もう恥ずかしいからヨソでやってくんないかなぁ。


 だけど、私の願い虚しく滝川はヒートアップし、スイーツ談義をぶちかまし続けた。周囲の人達もほうほうと滝川の知識に感心している。


 営業妨害じゃあ!


「お二方とも、それくらいで……」


 さすがに私が止めに入ろうとした時、早見がチラッと周りに視線を走らせた。


 なんだ? 一瞬くすりと笑ったような?


「それじゃあマフィンを貰おうかな」


 そして、キラリンとヤツの眼鏡が光った。

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