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第42話 麗子様は野望の果てに絶望を知る。

 仔猫をマダラと命名した。


 だけど、名前を発表したらみんなに微妙な顔をされちゃった。

 ぶち猫だからマダラなんだけど、いい名前だと思うけどなぁ。


「マダラさん、ガンバレ〜」


 すぐにマダラを病院に連れて行き、検診と治療を受けるマダラを側で励まし続けた。こういう触れ合いこそ絆を築くのに大事なのよ。


 それからはマダラを柔らかい布で包み、ミルクを温め、手ずから哺乳瓶で飲ませる毎日。


「うふふ、やわやわモフモフ〜ですわぁ♪」


 抱きながら世話をする私はご満悦。生まれてこのかた、こんなに猫と触れ合ったことがあっただろうか――いや、ない!


「順調に回復しているみたいだね」


 時々お兄様が様子を見にいらしてくれる。


「マダラさん、ミルクをいっぱい飲めるようになりましたのよ」

「そう、良かったね」

「きっと、もうすぐ走り回れるようになりますわ」


 私が嬉しそうに報告すると、お兄様は決まって悲しそうな目をした。どうしてかしら?


「お兄様も抱いてみませんか?」

「いや、僕はいいよ。情が移って別れが悲しくなるのは嫌だからね」

「?」


 マダラは峠は越えましたし、もう大丈夫なのに。お兄様は何の心配をなさっておられるのかしら?


「麗子、あまりショックを受けないでね」

「嫌ですわ、お兄様。そんないまわの際みたいなおっしゃりよう。マダラさんはこんなに元気ですのに」

「いや、そういう意味じゃないんだけど……」


 どうにも最近のお兄様は歯切れが悪い。


「とにかく、何があっても僕は麗子の側にいるからね」

「えっ、ええ……ありがとうございます?」


 ホントになんなのかしら?


 部屋から出ていくお兄様を、私は抱えているマダラさんに頬ずりしながら見送った。


「ん~〜、マダラさんはホントやわやわモフモフですわ〜♪」


 思えばこの時が幸せの絶頂だったのかもしれない。


 私の献身的な看病と育児の結果、マダラはとっても元気に育った。一週間もするとヨチヨチ歩きを始め、その愛らしさは完璧で究極。誰もが目を奪われていくマダラは清涼院家の無敵で最強のアイドルだ。


 血統書や純血にこだわっていたお父様も、あれだけ野良や雑種は恥ずかしいとのたまっていたお母様も、今や愛くるしいマダラにメロメロだ。おぼつかない足取りでトテトテ歩くマダラの後ろを追いかけている姿をよく見かける。


 あんよが上手あんよが上手と手を打って顔面崩壊している姿はあまりに恥ずかしく、とてもよそ様にはお見せできない。


 まあ、とにかくマダラは清涼院家の一員として受け入れられた。お父様とお母様はもちろん、家政婦の藍田さんやシェフの飯田さん、運転手の宇喜田さんまで、マダラはみんなに可愛がられている。


 清涼院家の強面タロー、ジロー、サブローの三獣士も率先してマダラの警護にいそしんでいるくらいだ。やつら飼い主である清涼院家の者達よりも最優先にしてやがる。


 三獣士の朝は早い。


 マダラさんは早朝から元気に邸内をお散歩。護衛のプロフェッショナルである彼らは、常に危険がないか目を光らせている。あっ、いま大きなあくびをした。とっても眠そうだ。三匹いるんだから交代で見張ればいいのに。


 三獣士の任務は過酷だ。


 絶望的な敵からその身を賭してマダラさんを脅威から守らねばならない。もっとも、彼らは数々の悪漢から清涼院家を守ってきたプロフェッショナル中のプロフェッショナル。並の悪党では太刀打ちできない。


 だが、そんな三匹に緊張が走る。ピクッピクッと耳が動き、恐るべき敵の出現を察知したのだ。彼らの力を持ってしてもマダラさんの身を守れないかもしれない。


 絶望的な戦いの予感。それでも彼らは愛する家族を守るため、勇敢にもマダラさんを庇い難敵に立ち向かう!


 その敵とは――私だ!!!


「クゥ〜ン、クゥ〜ン」


 耳を垂れ三匹は伏せて服従のポーズ。まるで命乞いをしているかのよう。


「おい!」


 我、おまえらの主人ぞ!


 私がマダラを抱き上げるとキャンキャン鳴いて腹見せ服従ポーズへと移行。まるで「くッ、代わりに我らを殺せ」とくッ殺しているかのよう。


 どうしてそんな悲壮感を漂わせてやがる。私がおまえらに何をした。どいつもこいつも私を何だと思ってやがる。


 まあ、こんな感じでマダラは清涼院家の者達のハートを奪った。お兄様以外の……


 お兄様は相変わらずマダラから距離を取っている。どうしてかしら?


 はっ、もしかして猫アレルギーだったとか。


 だとすると悪いことをした。自分の欲望のためにマダラを連れ込んだせいで、お兄様は苦しんでいるのかもしれない。


「いや、僕にアレルギーは無いよ」

「そうなんですの?」


 マダラに近づかず遠くから覗いているから、てっきり猫好きの猫アレルギーかと思ったんだけど。


 うーん、それではお兄様って猫がお嫌いだったのかしら?


「別に猫嫌いってわけでもないからね」

「では、どうしてですの?」


 マダラはこんなに愛くるしいのに。私が疑問を口にすると、お兄様が少し寂しそうな表情をした。


「麗子もマダラを可愛がるのはほどほどにね」


 そう忠告すると、お兄様は私の腕の中のマダラをひと撫でして去っていった。いったいなんなのかしら?


 お兄様の忠告の意味がわからないまま一ヶ月が過ぎ、運命の日が訪れた。


「マ、マダラさん、どうしてなの!?」


 私は絶望に打ちひしがれていた。


 生後一ヶ月も過ぎれば猫は離乳期に入る。マダラも自力で食べ、自力で排泄し、なんでも自分でやろうとし始めた。


 それと同時に始まったのが反抗期だ。私が構おうとしてもすぐ逃げ出し、私に近づこうとしない。


「いや、反抗期じゃないから」


 お兄様が腕の中のマダラを撫でておられる。


 なぜだァァァ!


 あんなに世話を焼いた私より、ずっと放置していたお兄様に懐くなんて。私の野望がガタガタと崩れていく音がする。


「こうなると思っていたんだ」

「うう〜、マダラさ〜ん」


 私が手を伸ばすと、マダラはお兄様の腕から飛び降りサッと逃げ出した。


「どうする? 里子に出すかい?」


 お兄様は最初からマダラを里子に出すことになると踏んで情を移さないようにしておられたのね。


「い~や~、マダラさんがいいのぉ」


 だけど、ずっと手ずから世話をしていたのだ。情が移入しまくっているマダラを手放す選択肢は私には無い。


 幸いマダラは清涼院家の最強で無敵、完璧で究極のアイドルである。我が家で飼うのは続行となった。


「マダラさ〜ん」

「ニャッ!」


 その日から私がマダラを追いかけ、マダラが私から逃げる光景が清涼院家の日常となった。


「もう、諦めたら?」


 マダラに逃げられがっくり膝をつく私の頭を、お兄様が優しく撫でてくれた。あまりに痛ましかったらしい。


「いいえ、マダラさんはきっとツンデレさんなんですわ」

「……デレる日がくると良いね」


 いつの日か、マダラが懐いてくれると私は信じる。

 マダラが避難した木の下で、私は拳を握り締めた。


「私は神に誓います。この大いなる試練に負けません。明日に望みを託して!」


 ネバー、ネバー、ネバー、ネバーギブアップ……ですわ!

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