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第41話 麗子様は悪魔に魂を売り渡す。

「お母様~」


 私は両手を握るお祈りポーズで懇願おねだりした。いつもなら、これで一発なんだけど。


「麗子ちゃんの頼みでもこればっかりは絶対に許しません」


 だが、お母様はプイッとそっぽを向いて、かたくなに許可してくれない。


「な、なあ、良いじゃないか猫の一匹くらい」

「あなたは黙ってらっしゃい!」

「はい!」


 寝返ったお父様がさっそく援護射撃をしてくれたが、お母様の一喝であえなく撤退。


 しょせんお父様は前座だ。いくらお父様を篭絡しても、清涼院家ヒエラルキーのトップであるお母様を口説き落とさねば私の野望は果たせない。


「お母様ぁ、お願い〜」


 瞳をウルウル。


「ダ・メ・で・す!」


 ちっ、お母様には泣き落としは通じないか。


「どうしてダメなのですか?」

「野良猫を拾ったなど外聞が悪いわ。それに、雑種なんて恥ずかしくて他家の奥様に見せられないでしょう?」


 残酷なようでお母様の言い分は正しい。


 たかがペットと思うなかれ。清涼院家ほどの上流階級ともなると、家族構成から家人の振る舞い、果てはペットの品評までされてしまうのだ。


 雑種のノラ猫を拾ったなど噂を立てられれば、清涼院家の沽券にかかわる。あちらこちらで陰口を叩かれ、口撃の種にされることだって考えられるのだ。


 最悪の場合、それをネタに社交界でハブられることだってある。表面は笑顔で足の引っ張り合いをするのがこの世界。めんどくせー。


 そして、その矢面に立つのは、清涼院家の社交の顔であるお母様である。ノラ猫を拾って飼いたいという私のわがままは、お母様に迷惑をかけるぞと言っているに等しい。一般家庭の子供が仔猫を拾ってダダをこねるのとは訳が違うのだ。


 だけど、私の野望のためどうか犠牲になってください、お母様!

 私はどうしても猫をモフりたいし、猫吸いだってしたいのです!


 そのためだったら麗子は血を分けた親だろうと容赦はしません。鬼だろうと悪魔だろうと魂を捧げます。だって、私は悪役お嬢様ですもの!


「お母様、この子を見てください!」


 今度はお母様に仔猫をずいっと突きつける。


「な、なに? わ、私は簡単に絆されたりしないわよ?」


 顔を背けながらも、仔猫を横目でチラ見してるのバレバレですよ、お母様。


「さあ、よく見てください。このつぶらな瞳を、ハチワレの愛くるしい顔を、そして食べちゃいたいくらい可愛いちっちゃな体を。この小さな生命の何が恥ずかしいとおっしゃいますの?」

「うっ」


 元来、お母様はとっても優しい人だ。

 しかも、可愛いものが何より好きだ。

 そして、実は私と同じく隠れ猫派だ。


 私にはわかる。お母様はかなり動揺してると。


 ふっふっふ、あとひと押しね!


「聞いてください。この愛らしい鳴き声を」


 ニャーと仔猫が可愛くひと鳴き。


 グッとタイミング!


 お母様がくらりとふらついた。仔猫に心をグッと掴まれノックダウン寸前のようね。


 ここでタイミング良く愛嬌を振りまくとは、仔猫も今この時が生死を左右する分水嶺ぶんすいれいと理解しているらしい。さすが野生を生き抜くノラだ。


 この生存本能こそ我が野望にふさわしい。


「さあさあ、お母様も触ってください、モフってください、抱いてください」

「ん〜〜〜、ダメよ麗子ちゃん、ダメ、ダメ!」


 私はグイグイ仔猫を押し付ける。お母様が両手で押し退けようとあがく。


 ムダな抵抗を。嫌よ嫌よも好きのうち。

 ほれほれ、グリグリグリグリグリグリ。


「さあさあさあさあ!」

「麗子ちゃん、こんな……汚い野良猫を押し付けないで」


 ふっふっふっ、口で嫌がっても身体は正直なようやのぉ。仔猫の柔肌にはぁはぁ、はぁはぁと息を荒げおって。


「お母さま、どうされましたの?」


 仔猫か? 可愛い仔猫がほしいのか?

 ほれ、仔猫じゃ……イヤしんぼめ!!


「ぜんぜん嫌がっているように見えませんわよ」

「くっ、こんな雑種なんて……雑種なんて……」


 くっくっくっ、いつまで意地を張っていられるかな?


「ああん、どうしてこんなに可愛いの!」


 私から仔猫を奪って頬ずりするお母様。その顔はせっかくの美女が台無しになるくらいだらしく崩れている。


 ふっふっふっ、もう完全に仔猫にメロメロのようやな。これで我が野望を阻む者はいない。


「それでは仔猫を飼う許可を頂けますわね?」

「し、仕方ないわね。今回だけよ」


 しぶしぶといった感じのおっしゃりようですが……お母様、しっかり仔猫を抱いて離さないのでは、説得力がまったくありませんよ?


「わーい、あなたは今日から清涼院家の一員ですわよ」

「にゃー!」


 我が野望なれり!


 私は仔猫を高い高いして大喜び。ところが、それまで黙って見ていたお兄様がため息を漏らした。


「麗子、その仔猫だけど……」


 何だかお顔が優れませんが、どうされたのでしょうか?


「飼うのはやめた方が良いと思うよ」


 そして、ボソッと口にされたのは消極的な反対意見でした。


 お兄様ったら、猫がお嫌いなのかしら?

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