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第40話 麗子様は運命と邂逅する。

 突然だが私には野望がある。


「ミャー、ミャー」


 その野望と今まさに、私は運命の邂逅を果たした。


「ミャー、ミャー」


 まだ産まれたばかりの小さな体躯、白と黒のまだらの毛並み、つぶらな瞳で私を見上げている。しかし、私から逃げるどころか立ち上がる力もなさそう。


「ミャー、ミャー」


 生きたい、生きたい、と訴えているかのようにか細いが懸命に鳴いている。だが、周囲にはそれに応えるべき親の姿はどこにもない。


 育児放棄ネグレクトなのか、それとも子を残して死んだのか。理由は何であれ、眼下の未成熟な生命は親とはぐれ今や風前のともしび。


 右よし左よし。

 誰も見てない。


 よし!


 その小さな小さな生命を大事に腕の中に抱えると、私はその場から走り去ったのだった。


 ………………

 …………

 ……


「私、この子を飼いたいですわ!」


 まだら模様の仔猫を両手で掲げて、お父様とお母様に宣言した。二人は困ったような表情で顔を見合わせている。


「麗子、その猫はどこから連れてきたんだ?」

「学園の雑木林で鳴いているのを拾ってきましたわ」


 広大な敷地を持つ大鳳学園の中には、これまただだっ広い雑木林がある。たまにどこからか動物達がまぎれ込むのだ。きっと、この子の親も外から入り込んできたのだろう。


「その猫は野良だろう?」

「そうですわね」


 お父様の言いたいことはわかっている。しかし、すっとぼけて私はそれが何か?と首を傾げた。


「猫を飼いたいなら店で血統書付きの綺麗なのを買ってやるぞ」

「そうよ麗子ちゃん、拾ってくることはないわ」


 ちっ、やっぱり難色を示したか。血筋第一の親達だ。ノラを飼うなど許すまいとは予想していた。


「私はこの子が良いのですわ!」


 だが、野望のためにもこれは譲れない。


「しかしなぁ麗子、やはり野良猫を拾ってくるのは清涼院家としては外聞が悪い」

「そうよ麗子ちゃん、野良猫を飼ってるなんてよそ様に知られたら恥ずかしいわ」

「や〜だー、この子がいーのー、この子がいーのー」


 なおも小さな生命を救わんとする子供の優しい心を踏み躙る親達に私は最終奥義ダダを発動する。


 五歳以前は麗子の傍若無人にお父様もお母様もたいてい根負けしていた記憶がある。きっと、今回も麗子わたし要求わがままは通るはずだ。


「ぐすんっ、この子じゃなきゃい〜や〜」


 とは言え、だだっ子の演技は中身アラサーの女にはきつい。精神をごりごり削られるのよねぇ。しかし、我が崇高な野望のためにもここはがまんがまん。もってくれよ私のSAN値!


「だけどうちにはタロー、ジロー、サブローがいるだろう?」

「そうよぉ、あの子達がいるんじゃ猫を飼うのは難しいわ」


 ドーベルマンのタロー、ジャーマンシェパードのジロー、そしてお父様が一番愛してやまない柴犬のサブロー。彼らは良く訓練された我が家の番犬どもだ。


 気は優しくて力持ちの彼らは家族と認めた者を守り、敵認定した者には容赦なく吠え立て牙を剥く。我が清涼院家を二十四時間体制で悪漢から守ってくれていている優秀で勇猛果敢な戦士達である。


「あの子達は既にこの子を家族認定していましたわ」

「「ああ……」」


 そうだったと二人とも頭を抱えた。


 あの三匹は三匹とも可愛いもの好きである。特に小さい生き物が大好きだ。私が仔猫を抱いて帰宅したら尻尾を振ってソッコーで走り寄ってきやがった。


 普段は尻尾を丸めて私から逃げ去るくせに!


 そして、仔猫をキラキラした瞳で見てから、ビクビク怯えた目で私を見上げて悲しそうにキャンキャン!と喚き鳴きやがる。


 こいつらの目が語っている。「かわいそうだから食べないであげてー!」と。


 食べるか!


 私がギンッと睨めば、三匹とも耳と尻尾を垂らしてクゥーンクゥーンと怯えて伏せやがった。くっ、こいつら揃いも揃って私を何だと思っているのか!


 そうなのだ。動物達は悪役お嬢様である私を恐れて逃げ出してしまうのだ。我が家の番犬でさえもだ!


 原作でも清涼院麗子の登場シーンではカラスが慌ててバサバサ飛び去り、猫がシャーッと毛を逆立てて逃げ去り、犬はキャンキャン鳴きながら走り去る。


 これは悪役お嬢様を象徴する演出なのだが、現実でも再現しなくたっていいじゃない!


 なぜだァァァァァァ!!!


 こんなにも私はもふもふ愛にあふれているというのに。なんで私の愛はいつでも一方通行なの。グスンッ。


「なぁ麗子、どうしてそんな雑種にこだわるんだ?」

「純血の方が断然可愛いわよ?」


 血統書付きの純血なぞいらん!


 温室育ちの奴らは軟弱すぎるのだ。どうせ私を見たとたん脱兎のごとく走り去るのが目に見えている。


 以前、椿ちゃんのお家にお招きされて、赤部家の飼い犬ゴールデンレトリバーのカスパー君にご対面させてもらったことがある。


 カスパー君はおっとりした性格でとっても人懐っこく誰にでも尻尾を振ってくれる子らしい。私はとても期待した。大型犬を全身でモフれるのではないかと。


 しかし、カスパー君は私を見るなりキャンキャン鳴いて逃げ出し、すみっこでガタガタブルブル震えて私に怯えた目を向けたのだ。


 これ以来、椿ちゃんのお宅は出禁となった。くそっ、私が何をした!


 いいもん、いいもん、私は猫派だし。クスンッ。


 この時、ノラの雑種が持つ泥を啜ってでも生き抜こうととする根性こそ、私の野望には必要なのだと悟った。


 私の野望。それは猫ときゃっきゃうふふな毎日を送ること。


「お父様、この子は親もなく森の中で一人寂しく鳴いておりました」


 うっ、とお父様が言葉をつまらせた。まるで悪徳商人のような顔のお父様だが、実はこれでいてお涙頂戴に弱い。なので私は情に訴えることにした。


「私が拾わずあのまま放置していれば、今ごろは生きていませんでしたわ」


 家政婦の藍田さん、シェフの飯田さん、運転手の宇喜田さんを巻き込んで、仔猫を救命していなければ衰弱死しているところでした。


「この子が死んでも良いとおっしゃいますの?」

「だがなぁ麗子、かわいそうだと言って全ての捨て猫を保護するわけにもいかないだろう?」


 いつもならもっと簡単に言いくるめられるのに、今日はやけに粘るわね。


 はっは~ん、さては己の癒しの座を奪われるのを恐れておるな。


 安心せい。タヌパパンが我が家のゆるキャラであることは揺るぎない事実じゃ。まあ、愛情はこれから全て仔猫に注がれることになるがな。


「偽善だとはわかっておりますわ。それでも店で猫を買うよりマシではありませんか?」

「だが、店なら血統が保証された猫が……」

「お父様! 懸命に生きようとしている命に貴賎はございませんわ」


 私はずいっとお父様に仔猫を突きつけた。私の手の中で仔猫は手足をジタバタさせる。


「見てください。この子は生きているんです。生きたいと必死にあがいているのです。この命と店に並ぶ猫に何の違いがあると言うのですか?」

「麗子ぉぉぉ! 父さんが間違っていたぁ!」


 麗子が立派に育って嬉しいと、滂沱ぼうだの涙を流しながらおいおい泣くお父様。ちょろいな。簡単に陥落しおったわ。


 あと残すはお母様ね。

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