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第39話 麗子様は推し活を手ほどきする。

「でしたら、早見様が代わりに女の子達をあしらってあげてはいかがですか?」


 それくらいフォローしてやらんかい。友達甲斐のないやつだ。


「それはちょっと……今は荒れているから和也に近づきたくないんだよね」


 狂犬を野に放つなよ。おまえさんがピットブルの飼い主やろがい。ちゃんと躾けてリードを握っとけや。


「美咲さんが卒業して、和也は焦っているんだよ。ほら、小学生と中学生には大きな隔たりがあるでしょう?」

「ええまあ、お気持ちは理解できますわ。お兄様が中等部へ進学した時、私も置いていかれた気分になりましたもの」

「不思議だよね。年齢の差は変わらないのに、なんだか急に大人になったように見えるんだから」


 慕う相手がどんどん大人の階段を登っていく姿を子供の自分は指を加えて見ているしかない。幼い片想いとは、そんな身を焦がすような歯痒さにさいなまれるもの。これは誰しもが経験するものらしい。


「なら、早見様はなおさら滝川様のお側にいてさしあげるべきではありませんの?」

「恋愛関係の問題は、興味本位で他人が首を突っ込むものじゃないよ」

「面白半分に口を挟むべきではないとは私も思います」


 まあ、ジルベール関連の色事には興味本位、面白半分で突っ込みたいがな。


「ですが、滝川様はとても苦しんでおられるではありませんか」

「外野が何を言っても無責任なだけさ。恋愛は自分の力で立ち直るしかないんじゃないかな」


 ドライなヤツ。セルジュはもっとジルベールを心配するもんだろ。


「けっきょく、迷いも苦しみも、解決する答えは自分の中にあるんだから」

「それは否定いたしません」


 ちっ、いけすかないガキだ。妙に大人びて達観しているのが気に入らない。間違っちゃいないが、もっと子供らしくあれよ。


「誰しも自分の問題は自分自身の力で乗り越えるべきものですわ。どうしたいか、どうすればよいかなど、たいてい最初から答えは自分の中にあるもの」


 人は外に助言を求めますが、答えは最初から決まっているものよね。


「ですが、人はそれほど強くはありません。他人からのアドバイスで背中を押してもらいたい時だってあります。倒れそうな時は友人に側で支えて欲しい時だってあるのです」


 真摯な私の訴えに飲まれたのか、早見は笑いを引っ込め真剣な眼差しを向けてくる。


「早見様がお言葉をかけるだけで滝川様は一歩前に踏み出せるかもしれません。寄り添ってあげるだけで滝川様は倒れず踏ん張れるかもしれないのです」


 早見の言うことは正しい。だけど、人は表面に見える正しさだけでは立ち行かなくなる。なぜなら、人には感情があるから。機械とは違い行動には常に感情が伴う。


 理屈や理論だけでは人は動かないし、動けない。だけど、そこに情味があるのだと思う。効率だけでは機械と同じではないか。


「失礼を承知で申し上げますが、早見様のご様子をお伺いしておりますと、滝川様をいいように利用しているだけのようにお見受けいたしますわ」


 私の辛辣な言葉にも早見は黙って耳を傾ける。存外こいつ懐が深いな。そこら辺の小学生ならもっと反発しそうなものだけど。


「早見様は滝川様とどういう関係にありたいとお考えなのです?」

「それは……幼馴染みで、友人……かな?」

「でしたら、今この時、苦しいんでいる滝川様の側で支えてあげるのが、真の友情ではありませんの?」


 私の問いかけにジッと見つめ返してくる早見。互いの目を合わせてまま、私と早見の間に沈黙が流れる。


 止めて、そんなに見つめないで。でも、目を逸らしたら負けた気分になるし。


「清涼院さん……うん、そうだね。本当にその言う通りだ」


 やがて、沈黙を破って早見の口から出た言葉は意外なまで素直なもの。


 そのまま私の助言に従い、早見は滝川の隣に座った。滝川はそんな早見をちらっと見ただけ。その後、何やら会話をしているようだったが、少し滝川も落ち着いたような感じがする。


 ただ並んで座っているだけの二人。だけど、互いを支え合うように精神的に寄り添っているようにも見える。


 それはとても美しい光景で、サロンの誰もが黙って滝川と早見の友情を見守った。


 むふっ、やはりジル✕セルは尊い。

 イエスッ! 推しカプノータッチ!


 みんなも推しは黙って遠くから見守るべきだと学ぶべきだ。この教えを学園中に広めなければいけない。


 私の平穏な学園生活のために!


 これで滝川も静かになるだろう。早見も常に滝川にべったりで、私の周囲は平穏を取り戻せる。


 と言うわけで、さっそく次の日、楓ちゃんと椿ちゃんに腐女子のマナーを指南よ。


 なんせ我がクラスは女子のトレンドリーダー。私の腐教が楓ちゃんと椿ちゃんに浸透すれば、この二人から自然と学園中に広まるはずよ。


 推しは遠くから眺めるものですわ、と力説すれば二人ともウンウンと頷いてくれた。


 合言葉は『イエス!推しカプノータッチ』よ。


 楓ちゃんも椿ちゃんも推しへの愛を十二分に理解してくれたようね。さすが共に風と木の詩を歌い腐海の深淵を覗いた腐ァミリーだ。


 腐教活動に手応えを感じ、私も満足じゃ。


「これで滝川様や早見様に近づく不届者も牽制できますね」


 うんうん。


「お二人の迷惑も顧みない者ばかりで私達も気を揉んでおりましたの」


 うんうん。


「そよねぇ、だいたい滝川のお相手が務まるのは麗子様だけだもの」


 うん?


「麗子様を差し置いて早見様に言い寄ろうなど言語道断ですわぁ」


 ううん?


「まったく身の程知らずにも程があるわよねぇ」

「これで麗子様の邪魔をする者はおりませんわ」


 いったい二人は何を言っているの!?


「ふふふ、やっぱり麗子様には早見様がお似合いですわぁ」

「何を言ってるの椿さん、ぜったい滝川様よ!」


 ちょっとちょっと冗談じゃないわよ!


「麗子様は滝川様と七夕で婚約寸前までいったって噂なのよ」


 一年以上前の話を蒸し返さないでぇ!


「あら、私はサロンで麗子様と早見様と見つめ合っていたと耳にしましたわ」


 昨日のことがもう噂になっとんのかい!


「「それでいったい麗子様はどちらが本命なんですか?」」


 二人がグルンと顔を私へと向けて迫ってくる。どうやら私の腐教活動は滝川と早見から他の女ども牽制する虫除けと思われていたらしい。


 それでは私はまんま悪役お嬢様ではないか。


 私は腐ィクサーとしてジルベール滝川とセルジュ早見の恋路を裏から応援しているだけで満足なのにッ!

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