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第38話 麗子様は高学年になりました。

 七夕祭り騒動から一年半あまり。


 あの日以降、お母様は滝川和也との縁談について何も言ってこなくなった。どうしてだか、不気味なほど大人しい。


 うーん、あんなに滝川和也との婚約に執着していたのに。お母様に釘を刺すとお兄様はおっしゃっていたけれど。


 いったい何をしたの、お兄様?

 お兄様……おそろしい子……!


 さて、今日から新学期。私は初等部四年生に無事進級した。成績は今のところトップを維持している……美術関係以外は。


 あれの成績を入れると途端に順位が落ちるのはなぜ!?


 くそっ、どいつもこいつも私の前衛美術を理解できないなんて!

 私のクマさんチョコは豚の厩舎から出られる日は来るだろうか?


 それからA.T.フィールドおにいさまを失った私は戦々恐々としていたけれども、お兄様のいない菊花会クリザンテームは意外と平和であった。


 以前のように滝川が私に絡んでこなくなったからだ。いや、正確には絡む余裕が無くなったと言うべきか。


 お兄様なき大鳳学園初等部において、女子生徒の一番人気は滝川和也である。であるからして、滝川は毎日のように女の子に追っかけ回され、私への当たりが以前より弱くなっているのだ。


 ヤツの唯一の憩いの場は関係者以外出入り禁止のサロンだけ。美咲お姉様との癒しの時間にわざわざ嫌っている私にちょっかいをかける気分にはならないのだろう。


 その代わり早見のヤローがやたら私に声をかけてくるようになった。


「清涼院さん、こんにちは」

「これは早見様、ごきげんよう」


 ちっ、新学期早々サロンに来てさっそく早見に声かけられたよ。せっかくピットブル滝川が大人しくなって平和だってのに。この腹黒はいったい何を企んでいるのか。


「これから一緒にお茶でもどう?」

「まあ、早見様にお誘いいただけるなんて光栄でございますわ」


 ねぇちゃん茶ぁしばき行かへんかぁってか。


 早見め、ドン・ファンのくせに、なんだそのありきたりなナンパ発言は?


「ですが、滝川様は私がお邪魔でしょうし、本日は静かに読書でも楽しもうかと思っておりますの」


 意訳:テメェは滝川と乳繰りあってろ。私に構うんじゃねぇ。


「ふーん、そうなんだ」


 おい、なに許可なく隣に座ってんねん!


「なんの面白味もないただの読書でしてよ」


 意訳:こっち見んな、こっち来んな、あっち行け。


「何を読んでいるの?」

「恋愛小説ですわ。早見様が興味を示すようなものではございません」


 意訳:テメェには関係ねぇんだよ。私に関わんじゃねぇ。


「……なんか清涼院さん、僕を邪険にしていない?」

「私が? 早見様を? そんな、まさかまさか」


 ちっ、相変わらず腹黒の眼鏡は人の心を見透かしやがる。そんなに人の気持ちを察せられるなら、私の気持ちも汲んで側に来ないで欲しい。


「ただ、私とご一緒されていては、滝川様が気分を害されるのではないかと思っただけですわ」

「それが、すでに和也が荒れていてさ」


 気まずそうに早見がチラッと横を見る。釣られて私もそちらに顔を向ければ、滝川がむすっと仏頂面で腕を組んみ、イライラと貧乏ゆすりしていた。良いとこの坊ちゃんが行儀悪いぞ。


「ずいぶんご機嫌斜めそうですわね」

「新学期早々から女の子に囲まれて大変だったらしいよ」


 それに、と早見が周りをそれとなく見回す。私も目だけを走らせて窺う。女子達がチラチラ滝川の様子を窺っている。


「もうサロンでも休まらないでしょ」

「そうですわね」


 今までは美咲お姉様と舞香様が側にいたので、遠慮して誰も滝川に近寄らなかった。まあ、女子力であの二人と競いたくはないものね。自分の女子力の低さが露呈していまうもの。


 だけど、私達は四年生になった。つまり、三つ歳上の美咲お姉様は先月ご卒業されたので、もはや防波堤はない。肉食獣じょし滝川えものを虎視眈々と狙っているってわけよ。


「学園のどこにいても女の子につけ回されたら、さすがに和也がいらつくのも無理ないさ」

「お気持ちはお察しいたしますわ」


 同情はしないがな。お兄様のいないサロンで私が受けた苦しみの万分の一でも理解できたか?


「それにしても、おかしいですわね?」

「ん、何が?」


 私は首を傾げる目の前の腹黒をジッと見る。


 こやつは確かに腹黒だが、顔よし、頭よし、家柄よしの大企業の御曹司。加えて早見は現代に蘇ったドン・ファンだ。女の子に対する扱いは王子様級である。モテ度では滝川以上のはずだが。


「早見様は女子につきまとわれて困ってはおられないようにお見受けしたものですから」

「まあ、僕は和也ほどモテないんじゃないかな?」


 へらへら笑って余裕ぶりやがって。


 あっ、そうだ!


「あら、一年生の時に『ふっ、別に僕は女の子にモテたいと思ってはいませんが、女の子の方がほっておいてくれないみたいですよ』って自慢しておられたではありませんか」


 私がモノマネをすると、自分のセリフを完コピされた早見の笑顔がひきつった。


「僕、そんなこと言ったっけ?」

「ええ、一言一句間違いなく」


 私の絶対記憶なめんなよ。お前が鼻で笑った顔まで鮮明に覚えているんだからな。一生忘れんぞ。


「それで、大変おモテになられる早見様は、どうしてそんなに余裕なんですの?」

「もう勘弁して」


 早見は両手を挙げて降参した。しばらくは、このネタで早見をイジれそうである。いいネタゲッチュだぜ。


「僕は女の子達とは普通に接しているよ。ただ、しつこい子にはそれとなく警告しているだけ」

「それなら滝川様も同様ではありませんの?」


 ヤツはピットブル滝川の異名を持つほど凶暴である。近づく者は女子供であろうと容赦なく噛みつく。そんな猛犬にどうして好き好んで近づくのか。


「和也の場合は、誰に対しても同じように拒絶するからね。僕はあくまでも常識の無い子に釘を刺しているだけ」


 ああ、なるほど。飴と鞭ってわけか。ちゃんと距離感を持って接すれば対応するけど、突撃してくる女子にはしっぺ返しがあると学習させているのね。


 対して滝川は誰にでも牙を剥くから、逆にアプローチをかけ続ければチャンスがあるかもと期待させてしまっているのか。


 さすが未来のドン・ファン。女の子のあしらい方も心得ていらっしゃる。


「だったら、それを滝川様に伝授して差し上げればよろしいではありませんか」

「和也が女の子の扱いで僕の真似ができるほど器用だと思う?」


 無理だろうな。


 あいつ、手先は器用なんだが、性格が不器用すぎる。


「清涼院さんとは対極だからね」

「……そうですわね。モテモテの早見様には、手先の器用さも人付き合いの巧さも敵いませんわ」

「……ごめん。ホントそれ忘れて」

「まあ、善処はいたしますわ」


 早見も少し大人になったようだ。そして、大人になるということは、過去の自分の行いはたいてい黒歴史となる。恥ずかしかろう、いたたまれなかろう。


 だが、残念だったな早見。私の記憶力は究極で完璧。キサマの黒歴史は死ぬまで私のメモリーに保存されることになるのじゃ。


 人様の欠点を笑いものにした報いよ。一生このネタでイジり倒してやるからな。

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