「お兄様、ご卒業おめでとうございます」
ひらひらと桜の花びらが舞い落ちる中、大鳳学園の真っ白な制服姿の麗子が僕を祝ってくれた。
今日は僕ら六年生の卒業式。麗子と同じ初等部のブレザーを着るのも今日で最後。来月からは中等部の制服に袖を通すことになる。
そう思うと身が引き締まり、ちょっとだけ大人になったような気分になるんだから不思議だよね。急に成長したわけでも、自分自身の何が変わったわけでもないのに。
「きゃっ!?」
暖かいけど少し乱暴な春の風が、麗子の縦ロールとスカートを
僕らの年頃の一年は大きい。麗子もだいぶん背も伸びた。
そして、精神的にも成長した……したよね?
僕が卒業しサロンに一人になると不安がっていたのに、父さんが
おいおい、食べ物で釣られるなよ。こんなところを見ると、麗子もまだまだ子供なんだなって思う。
la graceへ行くと滝川家の面々とばったり出会った。いや、その表現は正しくない。父さんの様子を見るに、どうも示し合わせていたようだ。
話の流れからすると、麗子と和也君の婚約を画策しているのかな。麗子も和也君も嫌そうな顔をしている。これはまずいな。
日頃から麗子は和也君を避けている。和也君の方も麗子を嫌っているのが態度から丸分かりだ。はっきり言って、この二人は水と油。とてもじゃないけど、婚約なんてさせられないよ。
麗子のためにも反対したら、とんでもない事実が判明した。一度は諦めたと思っていた僕と久条さんの縁談まで母さんは水面下で進めていたらしい。
もう、いい加減にしてくれないかな。
その場はなんとか切り抜け事無きを得たんだけど、母さんはまだ諦めていないんだろうなぁ。
そにすぐ後、僕の周りで変な噂が流れるようになった。なんでも初等部では、ジルベールとセルジュが人気なのだとか。
僕はすぐにピンときた。麗子だ。
間違いない。そんな知識があって、こんな噂をばら撒く小学生なんて麗子しかいないもの。僕がいなくなった初等部で麗子はいったい何をやっているんだか。
はちゃめちゃな麗子を想像して、思わず苦笑が漏れてしまった……が、僕は麗子の奇行をまだ甘く見ていた。
「おい、あれ」
「オーギュストだ」
ん?
「オーギュスト雅人……いい……」
なんだか一部の男子生徒から妙な視線を感じる。それによくオーギュストと耳にするけど?
「ジル×セルよりオギュ×ジルだよな」
「同感だ」
おい麗子、僕まで巻き込んだな。
すぐにそれとなく麗子に尋ねてみれば、途端に麗子の目がキョドキョド泳ぎ出す。相変わらず分かりやすいな、麗子は。まあ、そこが可愛いんだけど。
とりあえず麗子には釘を刺しておいた。これ以上は噂が広まらないといいけど。ふぅ、また親族の男性陣から熱い眼差しを向けられるのかなぁ。
風と木の
「七月七日に滝川家主催で
この時期特有の湿り気を帯びてべたりと纏わりつくシャツのように、嫌な予感が僕の心にへばりついて離れない。僕の頭に警鐘が鳴り響く。
「滝川様から雅人さんと麗子ちゃんにぜひ織姫彦星をして欲しいってお願いされたの」
おかしい。
「麗子は織姫役を承諾したのですか?」
「もちろん心良く受けてくれたわよ」
ますますおかしい。
麗子は和也君を異常なほど警戒している。だから、滝川家のイベントなら敬遠するはずだ。
それに別々に話を持ってくるものおかしい。一緒にいるところで頼めば一度で済むのに。麗子はあれでいて押しに弱い。母さん、僕のいないところを狙ったな。
また何か企んでいるのは間違いない。このまま麗子を見捨てるわけにもいかないか。
「今日はよろしくお願いいたします」
「あれ、織姫は麗子じゃないんだ」
承諾して七月七日に会場へ行くと、案の定そこで待っていたのは麗子ではなく織姫姿の久条美咲さんだった。
「麗子ちゃんなら庭で和也と一緒にいましたよ?」
二人で連れ立って庭園を覗けば、麗子と和也君、それから瑞樹君の三人が何やら言い争いをしていた。話を聞くと、どうやら僕の予想したとおり母さんが麗子と僕の婚約を画策していたみたい。
ホント来て正解だったよ。
早見家の助力もあって、この場もなんとか切り抜けることに成功した。だけど、早見さんも自分の息子と麗子をくっつけたがっている節がある。
それに、瑞樹君もどうやら麗子に気があるようだ。麗子はまったく気づいてないみたいだけど。普段は聡いのに、自分のことになると麗子は意外と鈍感なんだよね。
麗子から聞いたけど、瑞樹君は僕を目標ではなく追い抜くべき対象としているのだとか。
ふーん、なるほどねぇ。
悪いけど僕は君に追い抜かれてやる気も、麗子を任せるつもりもないからね。君には麗子を絶対に渡さないよ。
さて、今後は早見家も要注意だけど、先に片づけるべき案件は母さんの方だ。今回のことはさすがに目に余る。そろそろお灸を据えないとね。
「母さん、あまり強引に縁談を進めたら麗子に嫌われるよ」
「それはイヤ〜」
効果
父さんも母さんも麗子が大好きだ。日頃は父さんの方がその傾向が強いように見えるけど、実は母さんの方が麗子への偏愛が強い。
バレンタインの時なんて、僕と父さんが麗子からチョコを貰っているのを羨ましそうに眺めているのバレバレだから。
とにかく母さんは麗子が大好きだ。その麗子から嫌われるのには堪えられないでしょ。
「このままだと口も利いてくれなくなるかもね」
「そんな〜」
母さんが目をウルウルさせてくる。この顔には弱いんだよなぁ。でも、心を鬼にして。
「麗子は和也君を嫌っているの気づいてなかった?」
「でも、学園では仲良くしているって……」
「それは麗子が大人の対応をしているだけ。いつも彼を避けているんだから」
麗子はけっこう八方美人だ。外見は勝ち気なお嬢様だけど。もっとも、その見た目は母さんの少女趣味によるドリルが原因だと思う。
あの巻き巻き縦ロールはないよなぁ。男に生まれてホント良かったよ。
「麗子は母さんが和也君との縁談を画策しているのに気づいているよ」
「ウソ!?」
「母さんは麗子を侮りすぎ。麗子はそこら辺の大人より聡いんだから」
麗子が並の大人より機を見るに敏なのはホント。だけど、なぜか瑞樹君の例のように自分に向けられる好意に鈍感。そんなところがまだまだ子供なんだよね。
「母さんも麗子に嫌われたくないでしょ?」
「イヤイヤ、麗子ちゃんに嫌われたら生きていけない〜」
「縦巻きロールもしてくれなくなるだろうね」
「それはダメ〜!!!」
少女マンガみたくガーンって音が聞こえそうなほど母さんが真っ青になった。ドリルを止められるのが一番ショックなの?
「もう勝手に縁談を進めないから許して〜」
麗子、君は我が家のヒエラルキートップは母さんだと思っているみたいだけど、本当のトップは麗子なんだよ。もうぶっちぎりの頂点だ。
おかげで母さんは不気味なくらい大人しくなった。もっとも、麗子は僕が何か恐ろしいことをしたって勘違いしてる。ホントは麗子が願えば父さんも母さんも逆らえなだけなんだけどね。
でも、このことは麗子には秘密だ。