目次
ブックマーク
応援する
11
コメント
シェア
通報

第34話 麗子様は完璧で究極の織姫になる。

 七夕——


 それは愛し合う織姫と彦星が天の川を渡り、一年に一度だけキャッキャウフフの逢瀬を繰り広げる日だ。


 ちっ、リア充どもめ。カササギなど棒を振るって追い払ってやる。月舟など爆破だ爆破。


 だいたいカササギの橋がロマンチックとな?


 騙されるな。アヤツはカラスやぞカラス。カラスの橋にうっとり頬を染めるな、世の乙女達よ。


 月舟で天の川を渡るのが風流やと?


 バカを言え。ベガとアルタイルを隔てる距離は約十五光年やぞ。月舟が光速航行できても、天の川を越えるのに十五年はかかる。どうやって月舟で天の川を渡ると言うのだ。どんぶらこどんぶらこと悠長な話である。


 はっ、まさか彦星はワープ航法を可能にしていたのか!?

 それならアルタイルも一瞬にしてベガの元へひと飛びだ。


 むむむっ、なんたることだ。七夕伝説はファンタジーではなくSFだったらしい。これは学会に報告せねば。


 ところで話は変わるが彦星は牛飼いだ。


 天の川のほとりで天の牛を追う天の牛飼いだ。天のと付けば立派に聞こえるが、ただの牛飼いだ。天にいるのだから彦星も神の一人なんだろうが、ただの牛飼いだ。天帝の娘が見染めたさぞや立派なイケメンなのだろうが、それでもただの牛飼いなのだ。


 そう、彦星はただの牛飼いである。


 さて、接岸したゴンドラ、もとい月舟から颯爽と降り立った二人の彦星はどうだろう。


 二人ともイケメンであることは疑いようがない。きっと彦星以上だろう。特にお兄様は中等部に進級され、少し大人の色気が出てきたように思える。現にお兄様が現れたら、会場の女子が頬を朱に染め目をウルウルさせているではないか。もちろん私もその一人だ。


 ああん、やっぱり麗子はお兄様と禁断の恋にフォーリンラブしたいですぅ。


 それから滝川にしてもまだお子ちゃまだが、将来は必ずや超絶イケメンになる片鱗がすでに現れている。悔しいがカッコいい。同じ年代の女子たちはキャーキャー騒いでいるくらいだ。


 この二人の美少年っぷりに、彦星も裸足で逃げ出すのではあるまいか。


 そして、何よりも特筆すべきは二人が醸し出すオーラだ。王者の風格が牛飼いの服を着せても血筋を隠せない。これのどこが牛飼いだ言うのだろう。完全にお忍びの王子様ではないか。


 庶民の生活を除き見るために、身をやつして市井にまぎれた高貴な美男子。変哲も無い町娘と出会い恋に落ちる。


 乙女ならそんなシンデレラストーリーを夢想したくなるだろう。今まさに私はその夢の最中にいる。


 お兄様と滝川が微笑んで右手を私たちに差し出すと、周囲からキャーッと黄色い悲鳴が上がった。女子垂涎のシチュエーションだ。羨ましかろう、妬ましかろう。


「なんで私が織姫じゃないのよ!」

「そうよ、滝川様のお相手があんな子だなんて」

「噂じゃこのまま婚約するらしいわよ」

「くやしー!」


 ちっ、お母様たちの仕込みが紛れているな。やっぱり私と滝川の婚約を匂わせ、噂をばら撒き外堀を埋める算段ね。おかげで滝川狙いの女子たちから殺意の込められた視線がバンバン向けられてくるじゃない。


 あっ、胃が痛し……


 お母様め、私の胃に穴が開いたらどうしてくれる。この若い身空でピロリ除菌なぞ嫌だぞ。清涼院麗子改めピロリ菌麗子などと笑われるではないか。


 だが、やらせはせん、やらせはせんぞ!

 私は絶対ピロリ菌麗子なぞにはならぬ!


 そう決意する私の前には滝川が進み出てきた。美咲お姉様の前にはお兄様が立っている。ここまではお母様たちの思惑通りだ。私達が手を取ったら、周囲から祝福を受して外堀を埋めにくる算段だろう。


 ちらりと観覧席を盗み見れば、お母様と滝川ママがほくそ笑んでいやがる。今に見てろ。その薄ら笑い、すぐに引き攣らせてやる。


 私は美咲お姉様と頷き合うと、くるりと位置を入れ替えて、私はお兄様の、美咲お姉様は滝川の手を取った。


「なっ、麗子ちゃん、そっちじゃないでしょ!?」

「ダメよ和也さん!?」


 あーあー、聞こえませーん!


「おや、僕の相手は麗子だと聞いていましたが?」


 そんな声にお兄様はあくびれることもない。お母様たちにも臆することなく涼しい顔で嘯くお兄様。さすおに、さすおに。


「なので僕の織姫は麗子だけです」


 お兄様がくろーい笑顔を浮かべる。


 もはや後戻りできないところまで事態は進んでしまった。それなら逆手に取って、このままお母様たちの言う通りにしよう。お兄様はそうおっしゃいました。


 つまり、お兄様はお母様に頼まれたように私の彦星になったのである。お兄様は私が織姫だと騙された。ならば騙されたままでいればよい。


「さあ行こうか僕の織姫」

「はい、お兄様とならどこまでも」


 お兄様みたいな素敵な男性に甘く囁かれたら、女の子は誰だって即堕ちです。麗子はもうお兄様の恋の奴隷。どこまでもついていきまっせぇ。


 お兄様という彦星の伴侶となった私はもはや完璧で究極の織姫よ!


「ふふふ、とてもお似合いだね」

「仲の良い兄妹で微笑ましいわ」


 お母様が席を立ち、何か指示を出そうとしたが、それに先んじて良く通る美声が場を支配した。これまた黒い笑顔を貼り付けた美貌の男女。早見の両親である。


「まったくですな」

「清涼院家の家族仲の良さは聞いておりましたが、これほどとは羨ましい」

「うちなんて反抗期なのか言うことを聞かなくて大変で」

「いやいや、お恥ずかしながら麗子は親離れができていない子供でして」


 あ゙あ゙! なんだとタヌキ!


「いつも将来はお父様のお嫁さんになるなんて申しておりましてな」

「いやぁ、それは羨ましい」

「うちの娘なんてパパ嫌いですからなぁ」


 おいこらメタボタヌキ、どさくさに紛れてデマ流してんじゃねぇぞ!


 みなさんが真に受けたらどうする。こんなタヌパパン相手にファザコン疑惑かけられるなんて屈辱よ。


「美咲さんと和也君の組み合わせも、本当の姉弟みたいで和みますな」

「ええ、これほど心温まる七夕を演出されるとはさすが滝川さんだ」

「えっ、いや、これは……」


 周りから褒め称えられ、滝川ママも対応に苦慮しているみたいね。これじゃあ、実は違うんですとは言いづらいでしょう。


 もちろん、これは全て示し合わせていたサクラである。私達が入れ替わりをしても、お母様達がすぐに手を打つだろうとお兄様は予測した。


 私がいくらお兄様をお慕いしても、繋いだこの手をお母様達の手の者が引き剥がしに来るでしょう。


 あゝ、私とお兄様はまさに天帝によって天の川の両端に引き裂かれた織姫と彦星。


 そこで、お兄様は早見のご両親の力を借りて、今のように褒めそやすよう早見派閥の人達にお願いしたのである。


 早見パパは私と滝川の婚約を心良く思っていなかったので、お兄様の提案に二つ返事で乗ってくれた。


 この状況ではお母様も滝川ママも手を出し難いでしょう。これがお父様と滝川パパも絡んだ謀略であったなら、二人の協力を得て打つ手もあっただろうに。私達に露見しないよう二人だけでこっそり動いたのが仇となった。


 ふぅ、今回もなんとか切り抜けられたわね。けっこうギリギリだったけど。


「これでお母様も諦めてくれると良いのですが」


 ムリだろーなぁ。絶対また何か仕掛けてくるんだろーなぁ。もう良い加減、諦めてくんないかなぁ。


「大丈夫だよ、麗子」


 ため息を漏らしたら、キュッと私の手を握ってお兄様が微笑んだ。


「さすがに僕も頭にきたからね。母さんには後できつくお灸を据えておくよ」


 くくっ、と忍び笑いを漏らすお兄様……何か企んでいるみたい。


 やだ、お兄様くろーい。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?