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第32話 麗子様はキャシアスの星となる。

「どうやら、清涼院さんの予想は当たっていたみたいだよ」


 人目のある外で騒ぐのはまずいと、ホテル内の一室を陣取ると斥候早見がさっそく報告した。


 それにしても座り心地の良いイスね。硬すぎず沈みすぎず、触り心地もバツグン。テーブルなど他の調度もセンスがずば抜けている。これがホテルの会議室とは、滝川グループのホテル侮り難し。


「父さんに確認してきたんだけど、どうやら滝川家、清涼院家、久条家に怪しい動きがあるらしいんだ」

「それじゃあ、本当に俺とコイツの婚約が画策されているのか?」


 おい、早見の報告なら一発で信じるんかーい。私があれほど警告した時には完全に疑ってたくせに。


「完全に早見家だけ出し抜かれた形になって、父さん怒ってたよ」


 出し抜くって、別に滝川の結婚を早見家に報告する義務はないでしょうに。どうして早見パパは怒って……はっ、まさか早見パパも滝川のお嫁さんの座に早見を据えようと狙っていたの!?


 滝川と早見よ、愛の逃避行をせずとも、おぬしらは祝福されて結ばれるらしいぞ。いやぁ、理解のあるパパさんで良かった良かった。


 これから早見パパを尊敬の念を込めて、腐ァザーとお呼びしましょう。


「どうやら、父さんも僕の相手に清涼院さんを考えていたらしいんだ」


 腐ァック!


 なんてこったい。早見パパまで私を破滅させようと画策していたんかい。


「先日、それについて滝川のおじさんにも話していたらしいんだ」

「オヤジに?」

「うん、la graceラ・グレイスの一件を聞いて、和也と清涼院さんの婚約が進んでいないか確認したらしいよ」


 途端、先日の婚約騒動を思い出してか、滝川が嫌そうな顔しやがったよ。嫌なのはこっちの方じゃ。おぬしと婚約させられたら私はハメ確なんだからな。


「その時、滝川のおじさんは和也は断られたと笑っていたらしいんだ」

「つまり、早見家が瑞樹と清涼院の婚約を阻止するかのように、滝川家うちが先んじて動いたのか」


 滝川が腕を組んで考え込んだ。どうやら、親達の思惑に困惑しているようね。


 うん、これは確かに変だ。


 滝川家と早見家は大変仲がよろしい。蜜月の関係にあると言っていいだろう。それなのに、早見家の意向を知っていながら妨害するようなマネをするのはおかしい。


「今回の件はどうにも腑に落ちませんわね」

「ああ、オヤジが早見のおじさんと対立するなんて思えないんだが」

「滝川のおじさんは今回の件を知らないんじゃないかな?」


 それまで滝川と早見の会話を黙って聞いていたお兄様がぽつりと呟いた。


「それはないでしょう」

「うち主催の七夕祭りで婚約発表するのにオヤジが知らないとは考え難いですよ」


 おまえら、私のお兄様の考えを全否定するとは何事ぞ!


 でもお兄様、総帥の滝川パパに秘密で滝川家の中で婚約発表は、滝川家に喧嘩を売ってるのと同じだと麗子も思いますわ。


「君達は知らないかもしれないけど、うちの母と和也君のお母上は大鳳学園の同級生なんだ」


 お兄様の説明では、お母様と滝川ママは親友だったらしい。高等部で一学年上の滝川パパと滝川ママの恋の橋渡しをしたのもお母様だとか。


 ちなみに、この時お父様とお母様は既にお付き合いされていたらしい……って、待って待って、確かお父様はお母様より三つ上よね?


 つまり、小学生のお母様を中学生のお父様が口説き落としたってこと!?


 キャーッ、光源氏よ!

 まさにリアル光源氏!


 でも、あれはイケメンだから許されるのよね。お父様の顔では犯罪臭がプンプンだわ。後で通報しなきゃ。お巡りさーん。ここに犯罪者がいますよー。


「それでは今回の企みはお母様と滝川様のお母上が首謀者だと?」

「うん、たぶん父さんと滝川のおじさんは何も知らないと思うよ」


 既成事実を作ってしまば後戻りできまいってか?


 お母様、滝川ママ、おそろしい子!


「それならあの人の計画をオヤジに暴露すれば計画を阻止できるんじゃないか?」

「そうですわね、さっそく滝川のおじ様のところへ……」

「いや、それは悪手だと思うよ」


 せっかく見えた希望に水差してんじゃねぇぞ早見!


「そうだね、瑞樹君の言う通り滝川のおじさんに知らせるのは止めた方がいい」


 そうですわよね、私もそう思いますわ、お兄様!


「もう根回しは済んでいるみたいだから、今さら後戻りできない。ここで母さん達の企みを伝えても、下手をすれば父さん達も母さん達に与する可能性が高いと思う」


 まあ、滝川のおじ様はもともと私と滝川を婚約させたがっていたし、お兄様のおっしゃる通りかもしれませんね。


「それじゃあ、このまま俺はコイツと婚約させられるのか?」


 うげって滝川が顔を歪めたけど、それはこっちのセリフだ!


「僕もこの婚約には反対だから絶対阻止するつもりだよ」


 そんな滝川の態度をちらりと見て、お兄様が薄く笑われたのですが……それを見た美咲お姉様がこめかみに手を当てて首を振っておられます。それに、なんでしょう。お兄様からそこはかよなく殺気を感じます。お兄様、とても怖いです。


「ですが、先ほど雅人さんが指摘したように、事は既にほぼ決しています。僕らだけこれを覆すのは難しいのではありませんか?」


 むぅ、業腹だけど早見の言うことは正しい。私達キッズ組がいくら反対しても卑劣な大人達に抵抗するのは無理な気がする。


「そうだね、僕らが声高に婚約反対を訴えても無駄だろうね」


 それに、こんな大勢の前で婚約発表されて、ノーとはっきり言えるほど私の精神は図太くできていない。


 はっきり言おう。私には曖昧に笑って小さくイエスと答える自信しかない!


「お兄様、それではお母様達を止める手立てはもうないのでしょうか?」


 不安に駆られ私がチョンっとお兄様の裾を掴むと、お兄様は私の手に優しくご自分の手を重ねて「大丈夫だよ」と微笑む。ああん、お兄様ったら、そんな優しいところ大・ス・キ。


「父さんや滝川のおじさんがまだ母さん達の企みを知らないからこそ、ご破算にする方法がある」


 あゝ、さすがお兄様。頼りになるぅ。星や短冊に願うより、始めからお兄様にお願いすれば良かった。


「その為にはここにいる全員の協力が必要だ」


 お兄様がぐるりと見回すと、誰もが頷き賛意を示した。


「婚約の件はもともと了承してなかったんですから、俺は当然協力しますよ」

「僕もこんなやり方には納得できませんし、早見家としても見過ごせません」

「当人達が嫌がっているのに強引に事を進めるのには私も反対です」


 滝川、早見、美咲お姉様、この場のみんなの気持ちが一致した。そして、その想いは私も同じだ。


 私達はまだ子供だけど、親の言いなりにならず自分の手で運命に抗うべきだ。星や短冊に願ってばかりでは事態は解決しない。


 運命は星が決めるのではない、我々自身の想いが決めるのだ!

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