「お母様達、まさかホンキだったなんて」
さっきのサクラによる仕込み、お兄様と美咲お姉様の配役を秘密にしていたこと。それらを踏まえて現状を鑑みるに、お母様達はこの場で何か仕掛けるつもりだろう。
そして、その何かとは私と滝川の婚約であろうことは疑う余地が無い。
「まさか?」
「なんて?」
はっ、しまった!
「おまえ、やっぱり俺をからかって楽しんでたんだろ」
「酷いよ清涼院さん、僕らをもてあそんだんだね」
「い、今はそんな些末なあげ足取りをしている場合ではありませんわ」
なんですあなた達、その疑わしい目は?
「まだ親達が婚約を強行すると決まったわけじゃないだろ」
「そうだね、清涼院さんの予測の域を出ないよ」
「お二人とも甘いですわ。グラブジャムンよりも遥かに甘すぎですわ」
おまえら楽観的すぎるだろ。将来、大企業を背負って立つヤツらが、そんなに危機感がなくてどうしますか。
「ぐ、ぐらぶじゃ、なんだって?」
「グラブジャムン。インドの世界一甘いスイーツですわ」
「なんなんだよ、その豆知識は」
「清涼院さんって、変な知識ばかりあるよね」
シャーラップ!
「今はそんなスイーツの話をしている場合ではありませんわ」
「そっちが振ったくせに」
「清涼院さん、それは酷いよ」
男のくせにせからしか!
「だいたい、雅人さんと美咲が彦星と織姫をするからって、どうして俺とおまえの婚約話に繋がるんだ?」
「私の推理を疑うんですの?」
「清涼院さん、それは推理じゃなくて当て推量だよ」
くっ、このままでは埒が明かない。
「良かった、麗子もちゃんと来ていたんだね」
「お兄様!」
やった、強力な助っ人登場ですわ!
「今日は麗子と二人で彦星と織姫をやってくれと母さんに頼まれたんだけど、来てみたら久条さんが織姫だったんでびっくりしたよ」
「あら、私は始めからお相手は雅人様だとお伺いしておりましたが?」
やっぱり、お兄様も騙されて連れてこられたみたい。
「私は滝川様と出るよう言いつかりました。それから、本日お兄様が参加されるとは聞かされておりませんわ」
「あー、母さんまだ諦めてなかったかぁ」
「やっぱり、お兄様もそうお思いになられますわよねぇ?」
ほらほら、私だけじゃないじゃない。
「私はお母様達がこの会で何か仕掛けるおつもりだと愚考いたしますわ」
「そうだね、すぐに手を打たないと僕らの婚約を勝手に決められかねないな」
「婚約?」
話が理解できず美咲お姉様がキョトンと首を
首を傾けたら髪がさらりと流れるところなんて美しすぎでしょ。私なんて頭を傾けたらドリルが振り子みたいにブランブランよ。
なんだこの違いは。これがモノホンの織姫と成り損なった天女もどきの差か。この現実に打ちのめされそうだ。
「どうもうちの母と滝川家が僕と久条さん、麗子と和也君を婚約させようと画策しているみたいなんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「たぶん、久条家にも根回ししているんじゃないかな?」
「私は何も聞かされておりませんが?」
美咲お姉様がちょっと困惑気味だ。どうやら、久条家でも子供の意思を無視しての政略結婚がまかり通っているらしい。
「この間も
「あの時、お兄様と美咲様の婚約が進められていると聞いております」
「考えてみれば、既に久条家にも根回しされていたんだから、母さんが簡単に引き下がるはずもなかったか」
「ですが予想であって、まだ和也と清涼院さんを婚約させると決まったわけではないですよね?」
早見め、やけに否定したがるな。まあ,愛しのジルベール滝川を私に奪われるかもしれないから面白くないんだろーけど。うぷぷ。
「証拠は無いけど、十中八九間違いないと思うよ」
「雅人さんがそこまで言うなら、ちょっと確認してきます」
お兄様に断言され、早見はホテルの中へと消えた。
私とすれ違った時、『もし本当なら絶対阻止しなきゃ』ってぶつぶつ呟いてたわね。よっぽど私と滝川の婚約が嫌らしい。そんなにルベールを愛してたのね。
これは楓ちゃんと椿ちゃんに良い土産話ができたわ。今度は学園にどんな風と木の歌が響き渡るかしら。うけけ。
「なんだか麗子ちゃんの笑い方が黒いわ」
「あー、これは良からぬことを考えている時の顔だね」
「良からぬだなんて。今とっても高尚な文学と芸術に想いを馳せておりましたのに」
お兄様、その疑いの目を向けるのは止めてくださいまし。私は衆道という
「コホンッ、それよりもお母様には困ったものですわ。勝手に子供の幸せを決めつける親のエゴですわよね。美咲様もそう思われませんか?」
「確かに私達の意思を無視して将来を決められるのは面白くないわね」
「やっぱり、美咲お姉様も迷惑ですわよね」
「そうねぇ……あっ、でも雅人様が嫌なわけではありませんよ」
分かっておりますとも。私のお兄様に不足などあろうはずもないのですから。
「ええ、僕も久条さんはとても素敵だと思っています」
「まあ」
美咲お姉様が両頬を手で覆ってモジモジと。うん、とってもラブリー。
ん? ちょっと待って。もしかして、この二人ってけっこうお似合いなんじゃない?
「私も雅人様はとても素敵な方だと常々思っておりました」
うーん、美咲お姉様、嫌がってはないのか?
美咲お姉様が私のホントのお姉様になってくれる。それはとても素晴らしいような気がしてきた。
よし、想像してみよう。
お兄様と美咲お姉様がご婚約なされたら、私は毎日お姉様と美しき実の姉妹のようにきゃっきゃうふふの……ドリルライフ!?
はっ、なぜか私の想像の中のお姉様の髪型が縦巻きロールになってしまう。あゝ、いくど目を閉じて想像しなおしても、私と並ぶと美咲お姉様がドリルヘアーに。
そうだった。美咲お姉様がお兄様とご婚約なされたら、お母様が私のお姉様を螺旋族に変えてしまうのだった。
やっぱりダメだ。お兄様と美咲お姉様を婚約させては。このままでは、私と美咲お姉様はドリル姉妹にされてまうがな。
だいたい、この二人を婚約させたら、私と滝川も自動的に婚約させられそうだ。
「安心してくださいませ。美咲様の髪は私が守りますわ!」
「えっ? あっ、うん?……髪?」
意味が分からず目をパチクリさせる美咲お姉様はとても愛らしい。きっとドリルヘアーになっても尊いに違いない。お蝶夫人や亜弓さんのような素敵なドリラーになるかもしれない。
くっ、このままでは私のアイデンティティが!
「なんとしても私達の婚約は阻止しなければなりませんわ」
「そうだね、母さん達の好きにさせるわけにはいかない」
「だけど、俺と清涼院の婚約話があると決まったわけじゃ……」
滝川め、まだウダウダと。美咲お姉様の髪型のピンチだと言うのに!
「なにを悠長なことを。決まってからでは遅い……」
「大変だ!」
滝川を叱咤しようとしたちょうどその時、腹黒眼鏡が血相を変えて戻ってきた。