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第29話 麗子様は代役を見つける。

「くだらない」


 牛飼い姿の滝川がにべも無く切って捨てた。


 髪は白の緇撮しさつまげを結い、袖や裾の短い青色の襦褲じゅこを纏った牛飼い彦星スタイル。悔しいが意外と似合っている。


 しかも、牛飼いの分際で王者の風格までありやがる。やんごとなき血がかもし出すオーラは、隠しても隠しきれないようだ。


 イケメンは何を着ても似合うらしい。まるでお忍びの王子様だ。なぬっ、だとすると織姫スタイルが死ぬほど似合わぬ私は美少女ではないとな?


 ちっ、それにしても先ほどから周囲の女どもから秋波がバンバン流れてきやがる。周波数は滝川と完全に合致してるときたもんだ。私には嫉妬と羨望の荒波が押し寄せているけど。


 こんな見てくれだけのデリカシーゼロ男の何が良いんだか。見る目のないヤツらよ。そんなに織姫役を代わって欲しいなら代わってあげるよー。


「短冊に願い事を書いたって、何が叶うものでもないだろう」


 まあ、当の彦星は七夕に否定的なようですが。


「そんな神頼みや他力本願だから望みを達成できないんだ」


 それは正論だし間違っちゃいないんだけどね。誰だって本気で叶うとは思ってないわよ。こういうのは験担げんかつぎよ。験担ぎ。どーゆーあんだーすたーん?


 みんなに合わせて風習に従うって集団行動よ。それが日本人の心意気ってもんでしょうが。


「一年に一度の織姫と彦星の逢瀬に想いを馳せ、自分の願いを短冊に篭めて、天に捧げるのも風流ではありませんこと」

「願いは自分を磨いて叶えるものだ。織姫も彦星も天の川を自力で泳ぐくらいの気概がないからダメなんだ」


 あーさよか。


 だが、オヌシは近い将来、神に祈願する日がくると予言してやろう。


 ふっふっふ、オヌシには美咲お姉様にはフラれ、惚れたヒロインちゃんとの仲はなかなか進展しない未来が待ってるんだからな。その時になってから、人の力ではどうにもならない事もあるのだと知れ。


「それよりも、おまえは何でこんな茶番を断らなかったんだよ」

「断りたくとも断れなかったのですわ」

「ちっ、使えないヤツ。おまえが断っていれば、俺がこんな情け無い格好せずにすんだのに」

「滝川様こそ他力本願ではありませんの」


 さっき自分で言ってたやんけ。

 自分の望みは自分で叶えろよ。


「だいたい、この企画は滝川家のものではありませんか。滝川様がお母上にきちんと辞退申し上げれば良かったのではありませんの?」

「俺があの人に逆らえるわけないだろう」


 おまえの方が使えね〜。


「でしたら、私の方がもっと無理だとご理解いただけません?」

「そんなこと言って、本当は織姫をやりたかったんじゃないのか?」


 彦星役がおまえじゃなきゃな。

 お兄様だったら良かったのに。


「あの人にどう取り入ったのか知らないが、あまり俺につき纏うなよな」


 取り入ったんじゃなく取り込まれたんですが。七歳児相手に悪辣な策略まで巡らしてな。それにいつ私があんたにつき纏ったよ。


「だいたい、なんだそのピンクのヒラヒラは。ぜんぜん似合ってないぞ」


 んなこたー言われなくても私が一番そう思ってるよ!


「私だって、できれば他の方に代わって欲しいですわ」

「ふん、どうだか」

「女の子にそんな言い方は良くないよ」


 私と滝川がいがみ合っていると、横から穏やかに窘める声。美しいボーイソプラノは天使のようで、しかしそれは、天の助けのように見せかけた堕天使の罠。


「やあ、こんにちは清涼院さん」


 出たな腹黒眼鏡アザゼル


「ごきげんよう、早見様」

「今日は織姫の格好なんだ。その、西洋人形を天女にしたみたいだね。僕はとても可愛いと思うよ」

「あ、ありがとうございます」


 くっ、さすが未来のドン・ファン。さらりと褒め言葉を忘れない。敵対していても女の子はけっして貶めないようだ。顔も良いからモテて当然だな。


 しっかし、長いまつ毛に綺麗な顔立ち。中性的な美貌よね。さすが少女マンガの準ヒーロー。女装してもいけるんじゃないかしら?


 そうだ!


「ですが、滝川様は私が織姫役をするのがお気に召さないご様子ですわ」


 頬に手を当てほぅっとため息をつくと、滝川はふんっとそっぽを向き、それを見て早見は乾いた笑いを漏らした。


「ははは、そうみたいだね」

「そこで、物は相談なのですが、織姫役を代わってくださいませんか?」

「「はあ?」」


 鳩が豆鉄砲を喰らったみたいに滝川と早見がアホづらを晒している。


「えっと、これでも僕は男だよ?」

「存じておりますわ。ですが、滝川様の彦星と早見様の織姫はとってもお似合いだと思いますの」


 なんせジルベール滝川とセルジュ早見だからな。きっと、ここにもジルベール旋風が巻き起こるだろう。


 滝川家の七夕祭りに風と木の歌の大合唱が鳴り響くこと間違いなし。これは萌えるわ、たぎるわ、絶対イケるわ。


「冗談はよせ。男同士で織姫牽牛ごっこなんてやったら、どんな噂を立てられるか」


 大鳳学園じゃ、とっくに噂になってるけどね。


「そうだよ。何が悲しくて和也のお嫁さん役をやらなくちゃいけないのさ」


 あんた原作じゃ、滝川和也に女房役じゃない。


「ですが、このままだと以前の時のように私達はなし崩し的に婚約させられますわよ?」

「なんでそうなる!」

「今、早見様がおっしゃっていたではありませんか。織姫は彦星のお嫁さんですよ」

「それは役の上での話だろ」


 はぁ、こいつダメだ。


「滝川様のお母様は外堀を埋めようとされておられるのですわ」

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