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第28話 麗子様はベガになる。

 ――七月七日七夕の日


 七が並んでなんともめでたい!


 スリーセブンでジャックポットの大当たり。七が三つで『よろこぶ』と読むわけで、節句の中でも最強に縁起の良い日ではあるまいか。


 さて、七夕とはそんな吉日であるのだが。はっきり言って、私はぜんぜんこれっぽっちも喜べないし、嬉しくない!


 なぜかって?


 あの後、けっきょくお母様達のお願いを断りきれず、私は滝川家主催の七夕で織姫をやることになったからだ。


 そんなの断わりゃいいじゃないかって?


 お母様と滝川ママに挟まれ圧をかけられた状態で拒否できるほど、私は神経が図太くできていないのよ。典型的なノーと言えない日本人なんだわ、私ってば。


 場所を美容院にしたのだって、私とお兄様を引き離す策略よ。お兄様をいつも盾にしていたから一計を案じてきたのね。敵ながら恐ろしい策士よ。世が世なら万の軍勢を縦横に操る天才軍師となれたものを。


 というわけで、竹中半兵衛や黒田官兵衛も真っ青の奸計にはまり、私は滝川家主催七夕祭りに出席せざるを得なくなったってわけ。


 あ〜、行きたくねぇ。せめて彦星がお兄様ならもっとやる気も出るんだけどなぁ。


 七夕は天候が悪い日が多いってジンクスあるけど、今年も多分に漏れず土砂降りになってはくれまいか。


 催涙雨さいるいうよ降れ〜。


 今年も織姫よ泣いてしまえ。私を差し置いて恋人とランデブーなど許されんのだ。リア充など私が爆破して滅ぼしちゃる。


 毎夜毎夜、そう星に願いを込めに込めた。リア充に対する恨みは、もはや怨念にも似た想いだったに違いない。おかげで前日は大雨が降った。


 やったあ! 織姫ザマァ!


 綺麗な天気予報のお姉さんも明日は雨だと宣わっていた。これで明日の祭事は雨天中止になる。この幸運に私は小躍りした。


 のだが――


 次の日の朝、光を感じて慌ててカーテンを開けた私は愕然とした。


「なんでよ!?」


 カーテンを握り締める手をワナワナと振るわせる。


「今日は雨じゃなかったのぉ!!」


 天を見上げれば雲ひとつない空。

 今は清々しい青色が何より憎い。


 あゝ、太陽がいっぱいだ。


 アラン・ドロンよろしく、かんかん照りの太陽さえいなければ、私の気分もサイコーにハッピーだったに違いない。だが、天には憎々しい太陽が、その存在をアピールして燦々と輝いている。その眩しい光を浴びて私は膝から崩れ落ちた。


 我が願いは星に届かなかったらしい。


 くっ、喜び油断したのがいけなかった。なぜ昨日のうちに私は逆さてるてる坊主をダース単位で作らなかったのか。それが悔やまれる。


「昨夜までは雷雨だったのに」


 どうやら天にいる織姫は久々の逢瀬に張り切ったらしい。洗車雨で牛車をピカピカに磨いていたようだ。彼女の意気込みは大地に降り注いだ大雨が物語っている。あの稲光は綺麗に輝く車のものだったのか。気合いの入り方が違う。


 織姫の執念にも似た恋心に私は敗れたようだ。


「せめて風邪でもひいていたら」


 それを理由に病欠もできただろう。だが、いかんせん私はすこぶる健康だ。


 生まれてこのかた風邪をひいたことがない。まったく、丈夫に生んでくれたお母様には感謝しかない。が、今はこの鋼のごとき頑丈な身体が憎い!


 だが、どんなに不本意であろうと、一度引き受けたからには手抜きはできぬ。やってやろうじゃないか。その織姫とやらを!


 そんな決意を抱いていた時期が私にもありましたよ、と。


「これはちょっとないんじゃありません?」


 姿見の前に立てば天女……いや、天女の成り損ないがそこにいた。


「あら、とっても可愛いじゃない」

「ええ、可愛いですわね……服装だけは」


 古代中国風のヒラヒラの襦裙のような着物に、ストールのように薄い羽衣を肩に掛けた、まさに伝説の天女である。服だけ見れば。


 どこの世界にドリル巻き巻きの螺旋力MAXな天女がいると言うのだ。完全にミスマッチじゃないか。


 しかも、ピンク!


 私のコロネ巻き悪人顔にショッキングピンクはねぇわ。死ぬほど似合わねぇ。こんな姿を衆人環視の下に晒されるなんて恥ずか死ねる。


「お母様、私なんか頭が痛くなってきましたわ」


 鏡で自分の姿を見ていたら頭痛が痛くなってきた。


「どうにも体調が優れませんの。今日はお休みさせてくださいませ」

「仮病はダメよ」


 ゴホッゴホッとわざとらしく咳をしてみたけど、お母様はにっこり笑って一蹴。


 酷いわ!


 実の娘が心配ではありませんの?


 今日の七夕祭りを考えただけで、こんなに身体がダルくてキツイのに。ああ、動悸、息切れ、めまいまでしてきましたわ。


「お母様は娘を信用しないんですの?」

「信用しているわよ」

「だったら」

「麗子ちゃんの身体は丈夫で、風邪一つひかない超健康体だって」

「……」


 お母様の信頼がツラい。

 そして、それは真実だ。


 なんで私は病弱な深窓の令嬢じゃないの。もっと儚い美少女に生まれたかった。いや、本物の深窓の令嬢は、きっと私の超強靭な肉体を羨むだろう。


 せっかくのご馳走にも箸が伸びぬほど食が細く、屋敷に篭ってばかりのクララよりも、美味しいものをバリバリ食べて、野山を駆け回るアーデルハイドの方が良いに決まっている。


 私も普段ならそうだ。だけど、今だけは、今だけは、クララのように病弱になりたかった。


 あゝ、教えてお爺さん。昨日の雨雲はなぜ今日まで待ってくれなかったの、私はなぜ織姫の格好をしなくちゃいけないの?


『それはおまえさんが悪役お嬢様だからじゃよ』


 あゝ、お爺さんの幻聴こえが聞こえる。私はどこまでも悪役お嬢様の宿命さだめから逃れられないのか。


 やはり、私は織姫ヴェガではなくてラスボスベガだったらしい。きっと、私には美しい天女のドレスと羽衣よりも、真っ赤な軍服と軍帽の方がよく似合うことだろう。


「さあ、会場へ行くわよ」


 お母様の死刑宣告に、私の足は絞首台へ登る受刑者のそれと同じように重かった。


 これから向かう先は七夕祭りの会場。そこには笹にみなの願いが込められた短冊が飾られている。


 果たして、星に願うより短冊に願いをかけた方がご利益はあるだろうか?

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