――七月七日七夕の日
七が並んでなんともめでたい!
スリーセブンでジャックポットの大当たり。七が三つで『
さて、七夕とはそんな吉日であるのだが。はっきり言って、私はぜんぜんこれっぽっちも喜べないし、嬉しくない!
なぜかって?
あの後、けっきょくお母様達のお願いを断りきれず、私は滝川家主催の七夕で織姫をやることになったからだ。
そんなの断わりゃいいじゃないかって?
お母様と滝川ママに挟まれ圧をかけられた状態で拒否できるほど、私は神経が図太くできていないのよ。典型的なノーと言えない日本人なんだわ、私ってば。
場所を美容院にしたのだって、私とお兄様を引き離す策略よ。お兄様をいつも盾にしていたから一計を案じてきたのね。敵ながら恐ろしい策士よ。世が世なら万の軍勢を縦横に操る天才軍師となれたものを。
というわけで、竹中半兵衛や黒田官兵衛も真っ青の奸計にはまり、私は滝川家主催七夕祭りに出席せざるを得なくなったってわけ。
あ〜、行きたくねぇ。せめて彦星がお兄様ならもっとやる気も出るんだけどなぁ。
七夕は天候が悪い日が多いってジンクスあるけど、今年も多分に漏れず土砂降りになってはくれまいか。
今年も織姫よ泣いてしまえ。私を差し置いて恋人とランデブーなど許されんのだ。リア充など私が爆破して滅ぼしちゃる。
毎夜毎夜、そう星に願いを込めに込めた。リア充に対する恨みは、もはや怨念にも似た想いだったに違いない。おかげで前日は大雨が降った。
やったあ! 織姫ザマァ!
綺麗な天気予報のお姉さんも明日は雨だと宣わっていた。これで明日の祭事は雨天中止になる。この幸運に私は小躍りした。
のだが――
次の日の朝、光を感じて慌ててカーテンを開けた私は愕然とした。
「なんでよ!?」
カーテンを握り締める手をワナワナと振るわせる。
「今日は雨じゃなかったのぉ!!」
天を見上げれば雲ひとつない空。
今は清々しい青色が何より憎い。
あゝ、太陽がいっぱいだ。
アラン・ドロンよろしく、かんかん照りの太陽さえいなければ、私の気分もサイコーにハッピーだったに違いない。だが、天には憎々しい太陽が、その存在をアピールして燦々と輝いている。その眩しい光を浴びて私は膝から崩れ落ちた。
我が願いは星に届かなかったらしい。
くっ、喜び油断したのがいけなかった。なぜ昨日のうちに私は逆さてるてる坊主をダース単位で作らなかったのか。それが悔やまれる。
「昨夜までは雷雨だったのに」
どうやら天にいる織姫は久々の逢瀬に張り切ったらしい。洗車雨で牛車をピカピカに磨いていたようだ。彼女の意気込みは大地に降り注いだ大雨が物語っている。あの稲光は綺麗に輝く車のものだったのか。気合いの入り方が違う。
織姫の執念にも似た恋心に私は敗れたようだ。
「せめて風邪でもひいていたら」
それを理由に病欠もできただろう。だが、いかんせん私はすこぶる健康だ。
生まれてこのかた風邪をひいたことがない。まったく、丈夫に生んでくれたお母様には感謝しかない。が、今はこの鋼のごとき頑丈な身体が憎い!
だが、どんなに不本意であろうと、一度引き受けたからには手抜きはできぬ。やってやろうじゃないか。その織姫とやらを!
そんな決意を抱いていた時期が私にもありましたよ、と。
「これはちょっとないんじゃありません?」
姿見の前に立てば天女……いや、天女の成り損ないがそこにいた。
「あら、とっても可愛いじゃない」
「ええ、可愛いですわね……服装だけは」
古代中国風のヒラヒラの襦裙のような着物に、ストールのように薄い羽衣を肩に掛けた、まさに伝説の天女である。服だけ見れば。
どこの世界にドリル巻き巻きの螺旋力MAXな天女がいると言うのだ。完全にミスマッチじゃないか。
しかも、ピンク!
私のコロネ巻き悪人顔にショッキングピンクはねぇわ。死ぬほど似合わねぇ。こんな姿を衆人環視の下に晒されるなんて恥ずか死ねる。
「お母様、私なんか頭が痛くなってきましたわ」
鏡で自分の姿を見ていたら頭痛が痛くなってきた。
「どうにも体調が優れませんの。今日はお休みさせてくださいませ」
「仮病はダメよ」
ゴホッゴホッとわざとらしく咳をしてみたけど、お母様はにっこり笑って一蹴。
酷いわ!
実の娘が心配ではありませんの?
今日の七夕祭りを考えただけで、こんなに身体がダルくてキツイのに。ああ、動悸、息切れ、めまいまでしてきましたわ。
「お母様は娘を信用しないんですの?」
「信用しているわよ」
「だったら」
「麗子ちゃんの身体は丈夫で、風邪一つひかない超健康体だって」
「……」
お母様の信頼がツラい。
そして、それは真実だ。
なんで私は病弱な深窓の令嬢じゃないの。もっと儚い美少女に生まれたかった。いや、本物の深窓の令嬢は、きっと私の超強靭な肉体を羨むだろう。
せっかくのご馳走にも箸が伸びぬほど食が細く、屋敷に篭ってばかりのクララよりも、美味しいものをバリバリ食べて、野山を駆け回るアーデルハイドの方が良いに決まっている。
私も普段ならそうだ。だけど、今だけは、今だけは、クララのように病弱になりたかった。
あゝ、教えてお爺さん。昨日の雨雲はなぜ今日まで待ってくれなかったの、私はなぜ織姫の格好をしなくちゃいけないの?
『それはおまえさんが悪役お嬢様だからじゃよ』
あゝ、お爺さんの
やはり、私は
「さあ、会場へ行くわよ」
お母様の死刑宣告に、私の足は絞首台へ登る受刑者のそれと同じように重かった。
これから向かう先は七夕祭りの会場。そこには笹にみなの願いが込められた短冊が飾られている。
果たして、星に願うより短冊に願いをかけた方がご利益はあるだろうか?