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第23話 麗子様は腹黒メガネに絡まれる。

 春休みも終わり始業式――


 私も今日から初等部の2年生。

 嫌なことは忘れて心機一転よ!


 本日はオリエンテーションだけで解散、下校、やったー。のはずだったんだけど、菊花会クリザンテームに所属する私はサロンへと行かなきゃならないわけでして。


 もう、お兄様もいないし。

 ああ、行きたくないなー。


 でも義務なんで、と顔を出したら陰険眼鏡が待ち構えていやがりましたよ。


「こんにちは、清涼院さん」


 ちっ、早見瑞樹か。来た早々に、イヤなヤローに見つかっちまったよ。


「ごきげんよう、早見様」


 先日の一件こんやくそうどうで気分は最悪だったはずなのに、さらに最低最悪を通り越せるとは知らんかった。ゲヘナの谷底で焚き火をしている気分だ。


「和也と婚約するんだって?」

「早見様が何をどうお聞きになられたか存じませんが、そのような事実はございませんわ」


 事実無根じゃ、デマ流してんじゃねぇぞ、この腹黒陰険眼鏡。


「だけど、そんな噂が立っているよ?」

「噂とは無責任なものにございますわ」

「火の無いところに煙は立たないでしょ?」


 しつけぇ、やけに絡んでくるなぁ。


「早見様が下世話な噂話をお好きだとは存じ上げませんでしたわ」

「僕もゴシップは好きじゃないよ。だけど、今回の件には和也が絡んでいるからね」


 早見はニコニコしながらも、眼鏡の奥の瞳がギラリと光っておるわ。つまり、忠告しに来たってわけね。自分の親友にちょっかいかけるなってか。やっぱりコヤツはセルジュなんじゃね?


「ご安心ください。火元はボヤですみましたわ」


 la graceラ・グレイスでの一件に私はお兄様と組んで対抗した。


 清涼院兄妹のゴールデンタッグを甘く見ないでよね!


 お互い将来がかかっているから必死よ。あの時、私とお兄様は心を一つに汚い大人どもと戦い、ついに自由を勝ち取ったの。


 とったどぉ!


 なんとかお母様を説き伏せ、滝川のおじ様にも引き下がってもらったのよ。


 えっ、滝川はどうしたのかって?

 アヤツはまったくの役立たずじゃ。


 私達が必死に戦っている横で茫然自失。きっと、ジルベールは愛しいお兄様が美咲お姉様のと婚約する話にショックを受けてフリーズしたんでしょ。


「ふーん、ボヤねぇ」


 なんか引っかかる言い方ね。早見のヤツ、私のこと疑わしそうな目で見やがって。


「これ幸いと自分で出火して回っているんじゃないの?」

「私が? どうして? 何のためにですの?」


 まったくもって不本意で不可解な言いがかりだわ。私が何のために滝川と婚約するって噂を拡散せにゃならんの。そんなん自分で自分の首を絞める愚行じゃない。


「だって、和也を狙っていたでしょ?」

「はぁぁぁあ!?」


 狙うって何?


 殺し屋でも雇って殺そうとしてるって意味かしら?


 あゝ、ホントにアーマライトM16を引っ提げた、無口な殺し屋さんがいたらなぁ。スイス銀行に幾らでも振り込んであげるのに。


「いつもサロンでチラチラ和也を盗み見ていたじゃない」


 それは見ているんじゃない。警戒してたんだ。


「それに、噂の出所は君の取り巻きだよ?」

「とりまき?」


 はて、とりまき?……鳥巻き?……新しい料理だろうか?


 食通を自負する美食家の集い、清涼院倶楽部の長である私が知らぬ料理があったとは。むむむっ、なんたる不覚!


「その様子だと、本当に知らないみたいだね」

「ですから、いったい何だと言うんですの?」


 くっ、私の知らない料理の知識があるからって良い気になるなよ、早見シロー。すぐに鳥巻きなる料理の全てを暴いてくれる。


 きっと、鴨肉を薄切りにして肉巻きのようにご飯に巻きつけタレを付ける料理に違いない。私なら一口食べれば、その全貌を明らかにできる。「女将、その鳥巻きなる料理を持ってこい!」この清涼院麗山が直々に食してくれるわ。


「清涼院さんのクラスメートにショートカットの活発な子とロングのおっとりした子がいるでしょ」

「楓さんと椿さんですか?」


 あの二人が鳥巻きと何の関係が……ああ、取り巻きのことか。


「早見様、二人は私の大切な友人ですわ。取り巻き呼ばわりは失礼ではありませんの」

「……」


 なんです、そんなジッと見つめて。いくら私が類まれなる美少女だからってホレないでくださいましね。


 私にはお兄様という心に決めたお方がいるんですのよ。あなたはジルベール滝川と乳繰りあってなさいな。


「そうだね、ごめん。今のは僕の失言だったよ」

「それで、楓さんと椿さんがどうかしたんですの?」

「だから、君の友人が婚約話の噂を流している張本人さ」


 あんの二人ぃぃぃ!!!


 通りでさっき教室から出る時、ニヤニヤニマニマしてたはずだ。私をゴシップネタにしおって。あの二人は清涼院グループの取り巻きから追放よ!


 えっ、大切な友人だったんじゃないかって?

 知るか、そんなの。


「何でも代官山のフレンチの店で、清涼院家と滝川家が家族ぐるみのお見合いをしたって騒いでいたよ」


 なんてこったい。

 全部バレてーら。


 いったいどこからリークされたの!?

 くっ、スパイね、スパイがいるのね!


「それで、滝川様は何とおっしゃっておりますの?」

「それが、何を尋ねても上の空なんだ」


 早見がチラッと視線を向けた先には、ソファに沈んでいる滝川がいた。どうにも茫然自失状態で、いつもの覇気がない。くっ、この役立たずめ。ウヌが否定せずにどうする。


「はぁ、確かにla graceラ・グレイスで食事をしたのは事実です」

「それじゃあ、やっぱり」

「早合点しないでくださいまし。あくまでも偶然お店でお会いして、そのまま相席したにすぎませんわ」


 ホントは両家の親達の悪辣な陰謀による、たまたまを装ったお見合いですけどね。まあ、形式上は偶然の遭遇なのだから嘘は言ってないわよ。


「それじゃあ、お見合い話はデマってこと?」

「そうですわね。そう認識しておりますわ」


 私はシレッとうそぶく。親達の思惑を私は知らないことになってるんだもん。それを逆手に取って何が悪い。


「私と滝川様の婚約など事実誤認の絵空事ですわ」

「君は和也の許嫁になりたいんじゃなかったの?」

「それこそ事実無根ですわ」


 あんな狂暴なピットブルは願い下げよ。許嫁になってもヒロインに浮気するような男だし。


「サロンで滝川様を見ていたのは、あまりにも私をきつく睨んでくるからですわ。とても気まずい思いをしていたんですのよ」

「あー、うん、それについてはホントごめん」


 苦笑いした早見がぽりぽりと頬を掻く。そんな仕草もいちいち様になってんのがムカつく!


「清涼院さんが美咲さんのお気に入りなのが、和也には気に入らないんだよ」

「はっきり申し上げて、滝川様には迷惑しておりますの。なんとか美咲様を説得できませんの?」

「ちょっと難しいかなぁ」


 ちっ、頼りにならんヤツめ。


「美咲さんは可愛いもの好きで、いったん執着するとなかなかね。ほら、清涼院さんはとても可愛いから」

「まっ!」

「フランス人形みたいに色白で整った顔立ちだよね」


 さすが未来のドン・ファン。末恐ろしいヤツよ。サラッと嬉しい褒め言葉を言いやがる。


「うん、実際、清涼院さんは綺麗で可愛いよ。美咲さんが執着するのも無理ないなぁ」


 まあ、今回は大目に見てやろうか。

 寛大な麗子様に感謝してへつらえ。


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