「麗子君が和也の嫁に来てくれれば、すべて万事解決だろ?」
「ええ、それは素敵な提案ね。麗子さんなら我が家の嫁として何の不足もないもの」
「やったわね麗子ちゃん、ご両親公認よ」
やられた!!!
これは最初から仕組まれていたんだわ。今日の滝川家との会食も、私と滝川和也との婚約話にするのも。
いつの間に外堀を埋められてたの!?
バッとお父様を見れば、千切れるかと思うくらい首を横にブンブン振っている。
ああ、滝川パパママとお母様の仕込みなのね。どうやら、うちのタヌパパンはお母様の手の平の上で、ぽんぽこぽんぽこタヌキ踊りを踊らされていたらしい。
このままでは私も子だぬきにされて、タヌキ音頭をポンポコリンさせられかねん。
この私がぽんぽこぽんぽこだと。くっ、なんという屈辱!
やらせはせん! やらせはせん! やらせはせんぞぉ!!
「ちょっとお待ちください。私も和也様もまだ七歳です」
「まあまあ、とりあえず婚約だけでもしておこうって話だよ」
「そうそう、まずはお試しでね」
「麗子ちゃんもそんなに重く考えないで」
考えるは、ボケェ!
お試しって何じゃ!
婚約をネット通販みたくホイホイ決められるもんですか。それとも何ですか、気に入らなければクーリングオフが可能なんか?
「突然そのような話をされても麗子が困っているじゃないですか」
そーだそーだ、お兄様言ったってください。
「だけど雅人さん、麗子ちゃんの為にも、良い縁談は早目に決めた方が良いのではないかしら?」
「ああそうだね。麗子君は素敵な花嫁になると思うよ」
「ええ、麗子さんなら和也を任せられるわ」
「そうですね。僕も麗子なら滝川家でも立派にやっていけると信じています」
お兄様!
まさか、また裏切るんですか!?
「だけど、僕は麗子の幸せを一番に考えたいんです」
「それなら問題はないだろう」
「ええ、当家は麗子さんを大事に預からせてもらうわ」
「そうよ、こんな良縁はめったに無いのよ?」
滝川家へ嫁ぐのは、普通に考えれば玉の輿。誰がどう見ても、滝川和也は垂涎ものの相手だ。
だけど私の場合は滝川との婚約はハメフラなのよ、ハメ確なのよ!
「どんな好条件も二人の気持ちが離れていれば、お互い不幸になるのではありませんか?」
「お兄様のおっしゃる通りですわ」
良いこと言った、お兄様!
「和也様はとても素敵な殿方です。ですが、私としましては結婚とか婚約とか、まだ考えられませんの」
お母様、そんなに落胆しないで。こんな時限爆弾付き不良物件は嫌なんじゃあ!
「私はお父様とお母様を見て育ちました。できれば、私も二人のように想い合う相手と結ばれたいのですわ」
お父様とお母様みたいな素敵な夫婦になりたいってヨイショしたら、お父様が泣きながら「麗子ぉ、やっぱり父さんが良いんだな」って見当違いの勘違いしだした。
ごめんなさい、お父様はあり得ません。と、心の中でお父様をフッてたら、おじ様が急に笑い出したけど……まさか、心を読まれた!?
「ははは、フラれてしまったな、和也」
「仕方ないわ。麗子さんから見たら和也はまだまだ子供だもの」
ホッ、違うみたい。
「ふんっ、別にこんな女なんて、こっちから願い下げです」
両親に呆れられて、ムッと滝川はむくれて悪態をつきやがりましたよ。そう言うとこやぞ。おぬしは自分の事ばかりで気配り、思いやり、デリカシーに欠けておる。
「俺は美咲以外とは絶対に嫌ですから」
まあ、一途なのだけは認めてやろう。
でもまぁフラれるんだけどね。プッ。
「お前はまだそんなことを言っているのか」
「仕方のない子ね」
「言っておくが、彼女は駄目だぞ」
おおっと、美咲様がまさかのダメ出しですか!?
「な、なぜです、美咲はこんな女よりずっと優れています」
ムカッ! 腹立つなぁ。否定はできんけど。
実際、私もこれにはビックリだもん。才色兼備で性格も良い美咲様の何が不満だと?
「美咲君は悪くない。問題はお前の方だ」
なぁんだ、悪いのは滝川じゃん。
そりゃそうよねぇ。滝川じゃ美咲様に不釣り合い……って、待って、それじゃ私はコイツと釣り合うってーの?
「俺の何がいけないんです?」
「お前は美咲君に依存しすぎだ。他の人への関心が全く無い。そのせいで、人というものが、ぜんぜん見えていない」
「それに美咲さんは優しすぎるのよ。和也を叱れないし」
ガーンって音がしそうなほど滝川がショック受けてるわ。何そのこの世の終わりみたいな顔は?
絶望した! 美咲との仲を親に否定されたことに絶望した!って袴姿で叫び出しそうよ。
「それに、美咲さんは雅人さんとの縁談が進んでいるし」
「「「はぁ!?」」」
なんじゃそりゃ!
おかげで、私とお兄様と滝川の声が見事にハモっちゃったじゃない。
バッと私とお兄様がお父様を見れば、千切れるかと思うくらい首を横にブンブン振っている。どうやら、お父様も蚊帳の外らしい。
続いてバッと私とお兄様がお母様を見れば、ニッコニコの満面の笑顔。
やられた!
今回の滝川の件と言い、お母様は前に止めた私ー滝川とお兄様ー美咲様の縁談を全く諦めてなかったんや。お母様の方がよっぽどタヌキだ!
絶望した! 裏工作している汚い親に絶望した!
なんてこったい、しっかり外堀を埋めにきてやがる。
しかも、これまずいヤツやん。
きっと、滝川のヤツ、美咲お姉様を盗られたって、お兄様に殺意を向けているんじない?
なんせアヤツはピットブル滝川。躾けのなっていない狂犬は誰にでも噛みつくのだ。まったく、滝川のおじ様とおば様、きちんと調教をしておいてくださいな。
お兄様も同じことを考えたみたい。いったん目を合わせた後、私達はソ〜ッと滝川を覗き見た。
果たして、滝川は憎悪の目をお兄様に向けて――いないッ!?
この世の終わりみたく真っ青になってる。耳が垂れ尻尾を丸めてシュンって、うなだれてるピットブルの幻影が見えるわ。
えっ、えっ、何、この覇気のない狂犬は!?
あっ、顔を上げた。お兄様と目があった。
んっ、はにかんだ。お兄様をチラチラと。
まっ、滝川、おまえもしかして、ソッチのお人ですか?
美咲お姉様より、お兄様を奪われるのがショックだと?
そう言えば、学園じゃ早見にベッタリだったわね、コイツ。
もしかして、美咲お姉様をカモフラージュにしてるんじゃ?
あらあらあら、それでお兄様にも気があると。
まあまあまあ、倒錯と耽美の三角関係ですか?
密かな想いを寄せていたお兄様が、美咲お姉様に奪われてしまう!
ジルベール滝川を巡る、セルジュ早見とオーギュスト雅人の
キャー、キャー、キャー!
これは萌えるわ、
楓ちゃんと椿ちゃんにも教えてあげなきゃ!
なーんて、心の中で悶えていたら、滝川とバッチリ目があっちゃった。
――ギンッ!!!
おいおい、私は睨みつけるんかーい。
まるで私が全ての元凶みたく、滝川の憎悪の目が私を射抜く。麗子、なんも悪くないのに。クスン。
あゝ、なんだか滝川の心の声が聞こえてくる――『憎しみで人が殺せたら!』って。