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第19話 麗子様は北大路魯山人になる。

 ルンタッタ♪

 ルンタッタ♪


 la graceラ・グレイスでディナー、嬉しいなっと♪


 この店は代官山にあるんだけど、料理がと〜っても美味しいの。私のお気に入りの高級フレンチよ。


 ほら、見えてきた。


 昔の洋館をデザインした建物で、オシャレで落ち着いた雰囲気がグー。中に入れば、洗練されたアンティークの調度がまたセンス抜群。


 自然な感じで店内を見たお兄様がにっこり。


「相変わらず良い雰囲気の店だね」

「はい、お料理を飾る食器も一つ一つ洗練されていて、どれも素晴らしいですわ」


 ここのオーナーは食器にもこだわりがあるのよね。全部ベルナルドの特注品。しかも、建物に合わせてアンティーク風にしてるの。今のモダンなデザインのベルナルドも素敵だけど、やっぱり雰囲気に合わせるのが重要よね。


 こんな内装だだから、お客も一流ばかり。ドレスコードもあって、本来ならお子様は入店お断りなのだ。だって、騒いだり暴れる可能性のあるでしょ。


 じゃあ、お兄様や私がどうして入店できるのかって?


 そこは清涼院家の信頼と信用ね。私やお兄様は問題ないとのお墨付きを頂いているの。


 ふふん、日本広しと言えど、子供で入店を許されてるのって、私とお兄様くらいじゃない?


 まあ、私は三十年のアドバンテージがあるんだけどね。子供みたいに暴れたりしないわよ。そういう意味では、前世のある私とタメを張るお兄様は凄い。


 まだ十二歳なのに、落ち着きがあって大人っぽいわぁ……ハッ、まさか、私の方が子供っぽいの?


 いや、そんな、まさか……ね?


 お兄様がチートすぎなのよ。そうよ、そうに決まってるわ。


「お待たせ致しました」


 ウェイターが飲み物を置いていく。お父様とお母様にはシャンパン、私とお兄様には桜の花びらを使ったノンアルコールカクテル。


 続いて私達の前にお皿を並べられる。その上にはレンゲに似たスプーンが置かれ、中にはゼリーが盛られていた。


 アミューズね。


 そを見たお兄様の顔が柔らかく綻んだ。


「これは桜の花びらのゼリー寄せかな?」


 アミューズとは、日本で言うところの突き出しのこと。食前酒と共に出されるちょっとした料理よ。シェフの技量や料理に対する考えが表れる、重要な一品でもあるの。


「きっと、桜の花びらと緑で春をイメージされているのですわね」

「本当に桜に緑色のソースが映えるね」


 お兄様がスプーンに盛られたアミューズを、ぱくりと一口。私も続いて口に含む。口いっぱいに桜の香りと共に、春野菜の風味が広がる。


「これは空豆をメインに、春野菜をしたものをソースにされているみたいですわね」


 素材を活かした料理。ゼリーには数々の野菜を出汁にしたスープが使われている。フレンチと日本料理の見事な融合ね。


「よくそこまで分かるなぁ。毎度のことながら麗子の舌には驚かされるよ」


 料理の解説をしたら、お兄様が感心したみたい。


「そんな……褒めそやしすぎですわ。私なんて大したことありませんわ」


 うっそぴょーん。お兄様、もっと褒めて褒めて。プリーズ!


「麗子ちゃんは耳も良いのよ。ピアノの先生が驚いていたわ」


 えへへ、いやぁ、そんなに褒められるとテレるなぁ。

 まあ、それほどのことも、ありありなんですけどぉ。


 実は、原作で清涼院麗子は傲慢で怠惰なんで成績は悪いんだけど、天賦の才が三つあるのよね。絶対味覚と絶対音感、そしてバツグンの記憶力。


 絶対味覚のせいで、贅沢な料理しか受け付けないって設定なの。今なら「女将を呼べ!」「私にこんな物を食べさせるのか!」で有名な、息子にツンデレで陶芸家の美食家さんとだってタメ張れるわ。私も食通を集めた倶楽部でも作ろうかしら?


 それにしても、意外と麗子は能力値高いわよね。こんだけ記憶力も良いんだし、マジメに勉強してれば成績も裏金使う必要なかっただろうに。


 その点、私はちゃーんと勉学に勤しんでいるから成績超優秀よ。ちっちゃい時からお兄様と遊び回ってたから、原作と違って運動神経も良いし。


 ふふん、今世の清涼院麗子様に死角は無いわ。


 まさに私は完璧で究極のお嬢様――


「しかし、これだけ麗子は優秀なのに、芸術関係は軒並み苦手なんだよなあ」


 なぬっ!?


「そう言えば、麗子ちゃんはピアノ苦手だったわねぇ」


 お母様まで!


「ピアノの先生が嘆いていたわ」

「せっかくの絶対音感も宝の持ち腐れだものな」


 ふんっだ、ふんっだ、どうせ猫踏んじゃったくらいしか弾けませんよーだ。


「まあ、麗子の芸術的センスはクマがブタだからなぁ」


 わっはっはっは、と笑ってらっしゃるけど……お父様、来年のバレンタインは一個二十三円(税込)のチロチョコ確定ですからね。


 おかしいなぁ。清涼院麗子は頭は悪いけど、芸術センスは抜群なはずなのに。音楽、絵画、食通と、その分野だけは一流なのに。どうして私の手先はこんなに不器用なの!?


 どこ? どこ? どこに行ったのよ、私の芸術の才能は?

 私のチョコがブタさんからクマさんに昇格する日はいつ?


「そんなに落ち込まないで。麗子の作ったスイーツはどれも美味しいよ」


 絶対味覚がとっても役に立っているね、ってお兄様がにっこり笑って、イジケる私をよしよしと慰めてくれる。


 お兄様、来年のバレンタインは腕によりをかけて超巨大チョコを製作しますわ!


 私のお兄様への果てしなく重〜い愛を受け取ってください!


 なんて来年のチョコへ想いを馳せていたら、急に私に大きな影が差した。


「清涼院家のお嬢さんはお菓子作りが得意なのですね」

「えっ?」


 突然、背後から低く渋い声に振り向けば、そこにいたのは身なりの良いイケオジ。


 いったいどこのどなた様?


「奇遇ですね、清涼院さん」


 にっこりと笑うイケオジ。

 三十代後半くらいかしら?


 うちのお父様と同じくらいの年齢よね?


 すらりと引き締まった体型、清潔感のある容貌、お腹の底にズンとくる良い声、そして優しげに微笑む紳士。


 何コレ!?


 悪人顔のうちのお父様とダンチじゃん!

 ふわわわわ、大人の魅力がムンムンよ。


 ス・テ・キ♡


「これはこれは滝川さんではないですか」


 まぁ、滝川様とおっしゃいますの。

 名前までス・テ・キ――ん、滝川?


 なぬっ、T・A・K・I・G・A・W・A、ですとぉ!?

 ま、ま、まさか、この素敵にダンディなおじ様は……


「清涼院さんご家族で?」


 って言った?

 今、って!?


「ええ、愚息の卒業祝いなんですよ」

「ああ、雅人君はもう中学生ですか」


 おめでとう、とお兄様に微笑みかける滝川のおじ様。ふわぁ、なんて絵になるの。いやん、麗子もこんなお父様が欲しかった。


「立派な後継あとつぎがいて、清涼院さんもさぞかし鼻が高いでしょう」

「いやいや、雅人はまだまだですよ」


 ワッハッハっと笑って謙遜なさるお父様。だけど、鼻をヒクヒクさせて自慢げなのがバレバレですよ?


 まあ、我がお兄様は超優秀だからぁ、無理ありませんけどもぉ――私もドヤァ!


「雅人君が生徒会長を立派に勤めていたのは聞いていますよ。成績も常にトップだとか。うちの愚息にも見習わせてやりたいくらいです」


 ほら、挨拶しなさいと滝川のおじ様に背を押されて前に出てきたのは、見覚えのある美少年――滝川和也!


 やっぱりぃぃぃ!!!

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