――とうとう、この日が来てしまった。
「お兄様、ご卒業おめでとうございます」
ひらり、ひらり――
桜の花びらが舞う、穏やかな季節。
それは同時に、別れと出会の季節。
「ありがとう、麗子」
「お兄様がいなくなると寂しくないますわ」
あゝ、今日お兄様が初等部を巣立ち、中等部へと飛び立ってしまう。もう学園で、お兄様とお会いできなくなってしまうなんて。麗子、心細い!
卒業式だけあって、あちらこちらで別れを惜しむ
春の陽射しが優しいのは、別れの悲しみを慰めるため、春に命が芽吹くのは、出会いを祝福しているから、とは誰の言であったろうか。
前世の私か。ずいぶん私は詩人であったらしい。それも頭にヘボが付く。もっと詩の勉強をするべきだったわ。
昨年のヒーロー達との出会いは呪われていたし、今年の別れは春の陽射しごときで癒されるものではない。真に出会いと別れを経験していない者の
きっと、前世の私は夢と妄想の
ホント、この世は地獄だぜ。フゥハハハーハァー!
お兄様の庇護のおかげで、この一年つつがなく私は学園生活を満喫してきた。平穏無事で楽しい一年だったなぁ。だけどそれも今日この日限り。
ああ、くそっ!
なんてこったい。ついに私の安全安心の
これから私は滝川、早見コンビからの猛攻に晒されてしまうの?
心の壁を失った、か弱き私に抗う術が果たしてあるのだろうか?
美咲様や舞香様は優しく素敵なお姉様だけど、にっこり微笑んで後ろから刺されてしまうと警戒した方がよい。なんせ彼女達は滝川早見派閥の人間。
数こそ清涼院派閥の方が多いが、いかんせんお兄様のカリスマを失えば結束力が弱い。女の子は早々に滝川、早見に寝返りそうである。
まったく、たくさんの呂布に囲まれている気分だ。
ちっ、ちゃんと忠誠心を上げておくんだったぜ。
いや、呂布はいくら忠誠を上げてもムダだった。アイツはホイホイ裏切りやがる。そのくせ敵に回したら最強の武力で、こっちの兵をポイポイ斬り飛ばしやがる。前世でさんざん私を苦しめた恨みは忘れんぞ。
それに比べて滝川、早見派閥は少数精鋭。
滝川和也、早見瑞樹の両名は言うに及ばず。久条美咲様、千種舞香様などそうそうたるメンバーが揃っている。
それに向こうは二大コンツェルンの御曹司。清涼院グループだけでは弱いか。加えて両名は超イケメンの人気者。悪役お嬢様でボッチの私とは土台が違う。こっちの呂布どももすぐに向こうへ寝返りそうだ。
なんてこったい!
こっちは
あゝ、董卓よ。いまの私なら、当時のあなたの気持ちが良く理解できる。こんなん無理ゲーやんけ!
だけど、私は逃げるわけにはいかない。別に私が良く訓練されたベトナムの兵士だからではない。大鳳学園の生徒だからだ。
転校すればいいじゃないかって?
それができれば苦労はないわよ!
ちょっと遠いけど、聖浄学園って神学校の超お嬢様校はあるわよ。だけど、名門中の名門、大鳳学園に受かったのに、今さらどんな理由で転校するのよ!
下手に転校したいなんて言ったら、お父様やお母様がどんな顔をなさるか。
今となっては大鳳学園卒業は、私の明るい未来にとってマストよ、マスト。
そんな心の葛藤を私がしてたら、お兄様がくすくす笑い出した。やだっ、また百面相してたかしら?
「家ではいつも会えるじゃないか」
「うんもう! お兄様、そういうことではございませんわ!」
まったく、乙女心を理解されていないんだから。
「ごめんごめん、ちゃんと分かっているよ」
「ホントですの?」
ちょっと
「麗子は不安なんだよね」
「それは……だって、お兄様がお側にいないと……」
お兄様印の最強最高の盾
人は他人との境界に心の壁を築かねば生きていけない生き物なんです。
「大丈夫だよ。麗子は麗子が思っているよりも、ずっと周りに麗子の味方がいるんだから」
そうでしょうか?
「いつかきっと、麗子にも分かるよ」
つい先日までは小学生だったお兄様。来月から中等部だけど、別に急に成長したわけじゃない。わずかな差でしかないのに。だけど、どうしてだか、お兄様がぐっと大人びて見える。
なんだか、お兄様が遠くに行ってしまわれたような、そんな寂しさに麗子の小さな胸がキュウっと締め付けられるのです。
あゝ、私の避難所が鳳凰となって巣立っていく。
こうして私は
拝啓お兄様、あなたがいなくなって、麗子は明日から孤立無援の戦場へ赴きます。今なら戦地に取り残されたエリアスの気持ちが理解できる。この場合、バーンズはいったい誰なんだろう?
悪役なんだからお前だろって?
くそっ、董卓もバーンズも私の役割なのか。
そりゃ、みんなの嫌われ者になるわけよね。
「まあまあ、雅人がいなくて麗子が不安になるのもわかるが、今日は雅人のハレの日なんだ。ちゃんと門出を祝ってやらんとな」
むぅ、しゃしゃり出てきても、ぜんぜん上手くまとめていませんよ、お父様。今は、私の悪役お嬢様になるかどうかの重要な瀬戸際なんです!
「そうよねぇ、麗子ちゃんも自分のことだけじゃなく、きちんと雅人さんを祝福してあげないと。じゃないと大好きなお兄ちゃんに嫌われてしまうわよ」
ぐっ、それはイヤだ。お兄様にはずっとシスコンでいてもらいたい。
「これくらいで嫌ったりしないから安心して」
お兄様は笑って許してくださいますが、心情は理性でコントロールできないもの。気持ちを繋ぎ止めておくためにも可愛い妹でいないと。最愛の妹ポジは絶対死守よ!
「申し訳ございません。ワガママばかり言って……」
「本当に怒ってないから」
よしよし頭を撫でてくれるお兄様。あゝ、麗子はお兄様のためなら身も心も捧げます。だから、滝川早見に寝返らないでくださいね。絶対ですよ。
「さあ、それじゃ雅人のお祝いをしようじゃないか」
なんですお父様、いま大事なとこなんです。くだらない事で邪魔しないでくださいまし。
「実は、今日のために
えっ!?
代官山の予約半年待ち必須の人気フレンチ店のあのla grace?
「麗子、好きだったよな?」
お父様……好き♡