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第11話 麗子様はヒーローと邂逅する。


 私の前に現れた二人の美少年。


「彼が滝川家直系の和也君」


 さらさらの黒髪に長いまつ毛。恐ろしいほど整った容姿。しかも、小学生のくせに王者オーラハンパなし。知ってたけど。


 動揺がバレないよう平静を装って、と。

 はーい、にっこりスマ〜イル。ニコッ。


「清涼院雅人の妹、麗子でございます」

「ああ……」


 おいっ!


 まったく、挨拶くらいちゃんと返しなさいよ。むすっと生返事って、あんたはコミュ障か。


 ちっ、私の笑顔を返せ。私のスマイルは0円じゃないのよ。


「で、こっちが早見家の瑞樹君だよ」


 すーはー、すーはー、平常心、平常心……


 はーい、内心を隠すお兄様スマ〜イル。

 可愛らしくペコッとお辞儀も忘れずに。


「お二人とも、今後ともよしなによろしくお願いしますわ」

「うん、僕は早見瑞樹だよ。よろしくね、清涼院さん」


 ちょっと柔らかい、くせっ毛の眼鏡をかけた美少年。こっちは打って変わって、にこやかな微笑を絶やさずキチンと挨拶。はい、良く出来ました。ちょっと腹黒さを感じるけど。まあ、実際こいつは黒いんだけどね。


 だけど、うん……間違いないわ。

 幼いけど、ちゃんと面影がある。


 滝川家も早見家も世界的グループ企業。そして、二人とも超がつく美少年。みんなから送られる秋波がすっごいわ。お母様のおっしゃっていたことに偽り無し。


 フツーの女子なら王子様登場って、夢に夢見て恋に恋するハイテンション。実際、周囲の女の子達がチラチラこっち見て頬染めてるもん。


 だけど私はどっちも関わるのはノーサンキュー!


 ここは三十六計逃げるにしかず。それではまた後ほど、ごきげんよう、と残してささっと二人の前から退散。


 あー、驚いた。

 心臓バクバク。


 えっ、何にそんなに驚いたのかって?


 私、この二人を知ってるのよ。前世の知識でね。


 私は全てを思い出したのだ。


 ここって少女マンガの『君にジャスミンの花束を』の世界だったんだわ。なに言ってんだこの電波女って、思うかもしれないけどこれは事実なのよ。


 ――『君にジャスミンの花束を』


 ファンの間では『君ジャス』と略されてた少女マンガ。アニメ化やドラマ化もした超人気作。


 気になるその内容は、名士名家の子女が通う私立大鳳学園高等科を舞台にしたシンデレラストーリー。


 特待生で入学してきた庶民の女の子が、学園でも屈指の名家で大企業の御曹司であるイケメンヒーローと恋に落ちる。だけど当然、平凡な家庭の主人公と大企業の御曹司の組み合わせには軋轢が生じるの。定番通り嫉妬した女生徒たちから、執拗に嫌がらせを受けるのよ。


 最終的には御曹司と主人公が結ばれてハッピーエンド。まさに庶民の主人公が成り上がるシンデレラってわけよ。そして、そのヒーロー王子役御曹司がさっきの滝川和也その人である。


 ちなみに早見瑞樹は滝川和也の親友として恋のキューピッドになったり、主人公を影から助けたり、主人公との仲を疑われ滝川和也の恋敵になったりする準ヒーローポジ。最後は主人公と親友の仲を祝福するんだけどね。


 そして、シンデレラにつきものなのが継母、義姉に相当するいじめっ子。その役こそ何を隠そう私、清涼院麗子なのだ。


 麗子は和也の婚約者で、ヒロインに嫉妬して影に日向に陰険ないじめを行う。それを和也や瑞樹が助け、彼らとヒロインはさらに急接近。ついには麗子が和也から卒業後のパーティーで婚約破棄され、天誅とばかりに清涼院家も滝川家と早見家から総攻撃を食らってあえなく没落。


 選民意識の塊でヒロインを見下していた麗子は、上流階級から落ちぶれて自分が見下していた庶民に落ちちゃうって展開よ。


 極悪非道な麗子の惨めな凋落ぶりに、読者は「麗子ザマァ!」とニンマリしたのだ。かく言う私も電車の中で「よっしゃーっ!」と叫びそうになり、慌てて必死に抑えたもんよ。拳を握ってガッツポーズしたけど。


 そっかー。君ジャスだったのかー。

 あー、なんだかスッキリしたわぁ。


 以前からおかしいとは思ってたのよねぇ。

 微妙に私の知ってる日本と違うんだもん。


 そっかそっか、ここマンガの世界だったんだぁ……って、待って待って、断罪される清涼院麗子って私じゃない!


 悪役、ヒール、ヴィラン、憎まれ役、私。

 つまり、断罪されてザマァされるの私!?


 私、破滅じゃないのよ!

 やべぇよ! やべぇよ!


 とにかく、この場は波風立てずに退散よ!


 …………と、ここまで数秒で思考して逃げてきたってのが、さっきの顛末ってわけ。


 そんな私の様子にお兄様は首を傾げて訝しんでいたけど、この二人とはあんまり仲良くはしたくない。


 滝川和也、早見瑞樹、今後この両名とは距離を置かないと。同じクリザンテームで同じサロンにいるからなかなか難しいかもだけど。


 それより目下もっと切実な問題があるわ。


 それはお兄様――清涼院雅人よ。


 いかに滝川グループ、早見グループが大企業と言ったって、清涼院グループだって同じくらい大きいのよ。将来企業のトップになると言っても、高校生の持つ権限で清涼院グループを潰すなんて不可能でしょ。


 では、滝川和也と早見瑞樹はどうやったのか?

 答えは簡単。清涼院家に裏切り者がいるのよ。


 そう、それが何を隠そう清涼院雅人、お兄様ってわけ。


 お兄様……いえ、君ジャスの清涼院雅人は、選民思想の強い両親を快く思っていなかった。だから、将来は清涼院家を出て独立し、会社を設立することを目論んでいたの。


 そんな折、主人公に対し麗子が傲慢な振る舞いで色々と不祥事を起こす。もう我慢の限界だと、麗子と婚約破棄して主人公と結ばれたい滝川和也と結託。清涼院家を潰す計画に加担するのよ。


 内部から呼応されて同格の二つの大グループから攻められたら、さすがの清涼院家もひとたまりもない。不正を暴かれたお父様は放逐され、あえなく清涼院家が乗っ取られるの。そして、私は公衆の面前で滝川和也から婚約破棄を告げられるのよ!


 つまり、お兄様こそ清涼院家、引いては清涼院麗子を没落させる張本人ってわけ。


 まさに現代に蘇ったトロイの木馬!

 まったくシュリーマンも真っ青よ。


 だけど、そんなの阻止よ阻止、絶対阻止よ!


 この私が絶対お兄様を更生して裏切り者になんてさせないんだから。お兄様、目先の利益に惑わされてはいけませんわ!


 よーし、これから毎日お兄様を洗脳して、真っ当な人間になってもらうわよ。


 他人を裏切らないようなね。主に私を!

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