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第6話 麗子様はバレンタインチョコを作る。


 ——クリスマスパーティーから一ヶ月ひとつき


 あれから、お兄様はべったりくっつく私を、いつも笑って受け入れてくれるようになった。


 これって相思相愛よね?


 よーし、この熱い想いをお兄様に届けるために、今年のバレンタインは張り切っちゃうぞぉ!


 頑張って手作りチョコを贈っちゃる。待っててね、私の愛しのお兄様。


 当日サプライズしたいから、お兄様はもちろんお父様やお母様にも内緒。だけど六歳児が火や刃物を使う場所に入るのは、やっぱり危険と怒られそうなのでお抱えシェフの飯田さんは巻き込みます。


「麗子お嬢様、チョコなら私がお作り致しますのに」

「自分で作って渡さなければ意味ありませんわ」

「ですが、手作りチョコは意外と難しいですよ?」


 キッチンに行くと飯田さんが少し困り顔。ごめんねぇ我がままお嬢様で。でも、ちゃちゃっと作るから勘弁してね。


「あら、板チョコはクーベルチュールがあるんですのね」

「えっ、お嬢様はクーベルチュールをご存知で?」


 私がチョコ袋のパッケージを読んでいたら飯田さんビックリ。そうよねぇ、六歳児はフツー知らないわよねぇ。


 クーベルチュールは通常の市販板チョコと違って、お菓子作り専用のチョコレート。


 カカオ分が通常の市販チョコより多く、カカオバターの割合が高いので、滑らかで口溶けが良いの。後は余分な成分もほとんど入ってないから、カカオの風味たっぷりで高級感を演出しやすいのよ。


「だから、クーベルチュールの方が流動性がいいから湯煎がしやすいし、色んなチョコ菓子を作るのが可能なんですけど……市販の板チョコなら最初から味が整っているから作るのは簡単なんですのよね」

「お嬢様、天才ですか!?」

「ふふふ」


 この清涼院麗子様をもっと崇めなさい。


 あー、ごめんなさい。前世三十年のアドバンテージのおかげです。まさに十で神童十五で才子二十歳過ぎればただの人。いい気になっていられるのも今だけよね。あんま調子乗ってると後で痛い目にあうやつね。


 さて、板チョコを細かく刻む。ポイントは涼しい部屋で行うところ。これはチョコ、それもクーベルチュールがとてもデリケートだから。ふふ、まるで私の雪のように白い柔肌のようね。


 あー、はいはい、どうせ私の肌は雪焼けしまくってるわよ!


 先日、ちょっと都内で珍しい積雪に、はしゃいで遊び過ぎちゃったのよ。お兄様と一緒に雪だるまは楽しかったなぁ。


 年甲斐もなく子供みたいな遊びに夢中になるなって?


 良いのよ。今は六歳児なんだから。お母様には叱られちゃったけど。


「お嬢様、鍋のお湯が適温になりましたよ」


 飯田さんが温度計を見ながら教えてくれる。さあ、いよいよ湯煎よ。これでよくシロートさんがやる失敗は、チョコを入れたボールをザバっと直接お湯に浸けてしまうこと。


 湯煎は小さめの鍋に湯を張って、チョコを入れたボールを鍋の口にハメるの。優しく温度を上げてやるとともに、鍋口にボールがピッタリハマって安定感抜群。混ぜるのも簡単簡単、ちょー簡単♪


 決まった材料を混ぜて味を整えてっと。ペロっと味見。うん、美味しい。


「これは素晴らしい」


 凄い凄いと飯田さんからも太鼓判を頂いたわ。

 うんうん、おいしかろう、おいしかろう。


 どーよ、私これでも前世パティシエールを目指していたんだから。まあ、小学生の時の話だけど。でもでも、幼少期から良いもの食べてたせいなのか、この体がハイスペックなせいなのか、私ってば絶対味覚があるみたいなのよね。


 さあ、後は型に流し込みテンパリングして文字や絵を入れて完成!


 もっと凝ったのも作れなくはないけど今回はこれでヨシ。だって六歳児がいきなりフォンダンショコラみたいに凝ったものだとホントに私が作ったか疑われるでしょ。飯田さんに全部作ってもらったって思われるかもだし。


 だけど、その飯田さん、私が湯煎して型にチョコを流し込んでたとこまでは天才天才と私を囃し立てていたのに、それから微妙な顔で黙ってしまったわ。どうしたのかしら?


 私は褒められて伸びるタイプだから、もっと褒めて良いのよ?

 ほら、もっと私を讃えなさい。サスオジョ、サスオジョって。


 見て、このクマさんチョコを!

 もう、サイコーに可愛くない?


 超絶美味しいチョコを作れる上に前衛的芸術センス!

 これは将来、スイーツ専門店でもだせるんじゃない?


 パティスリーレイコ……良いわね。


 まず、東京で出店してから全国展開。さらにクープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリーで優勝して世界へ進出。夢が膨らむわぁ。


 さあ、ラッピングしたら、後はバレンタインデーに直接お兄様へ渡すだけ。


 ——そして、バレンタインデー当日――


 赤い紙に可愛くリボンでラッピング包みを手にお兄様のところへゴー!


「お兄様、これを受け取っていただけますか?」


 うーん、ドキドキするわ。


 チョコを渡す瞬間って、断られたらどうしよう、美味しいって言ってくれるかな、そんな考えが頭をよぎるのよ。もう不安と期待に心臓バックバク。これって青春よね。


「もしかして、チョコレートかい?」

「はい、お兄様への気持ちを篭めて作ったんですのよ」

「ふふ、ありがとう。麗子から貰えて嬉しいよ」


 ああ、にっこり笑って包みを受け取ってくださるお兄様……やっぱり私達は相思相愛なのですね。


「麗子、雅人にだけなのかい? 父さんにはないのかい?」


 出たよ、ぽんぽこメタボ親父が。


 段ボールの中からクンクン鳴きながら拾ってくれるのを期待する捨てられた子犬みたいに……いや、子犬みたいに可愛くないわね。大ダヌキだわ。


「はい、こちらがお父様の分ですわ」


 とは言え、こーなるだろーと読んでおりましたし、やっぱり育ててくれた親ですもの。できる娘はちゃーんと用意しておりますとも。


「おお、やっぱり私の分もあったか」


 顔をパアッと輝かせて、「雅人のより包みが大きいな」「やっぱり麗子はお父さん子なんだな」って世迷言よまいごとを垂れ流してますけど……


 それ余った材料で作ったヤツですからね。お兄様へ篭めた愛の残りカスです。私の愛はお兄様だけで手一杯。お父様はお母様から愛を貰ってください……って、お母様なに物欲しそうに見てるんです?


「麗子ちゃん、私には?」


 これは読めませんでした。


「さて、さっそく頂こうか……むっ、これは!?」

「へぇ、凄い上手じゃない」


 お父様もお兄様も私のチョコにご満悦ね。

 ふっふっふっ、私の最高傑作に驚き慄け。


「とても六歳の子供が作ったとは思えないよ」


 むっふー。そうだろそうだろ。お兄様、もっと褒めて良いのよ。麗子は誉められて伸びる子です。


「雅人の言う通り、とても可愛いブタさんだ」

「えっ?」


 ブタ?……どこにブタが?


「はっはっはっ、この潰れた鼻の再現度はさすがだな」


 何やら私のチョコを見ながら笑っていますが……


「……クマさんです」

「は?」

「それクマさんです」

「えっ!?」


 やっちまったって顔してますけど、もう手遅れですからね。


「あっ、そ、そうだそうだ、うん、とっても可愛いクマさんじゃないか」

「どうせ鼻の潰れた豚ですわ」


 ふんっ、ブタで悪かったわね。どーせ私の美術センスはゼロですよーだ。いいです、いいです。来年から、お父様には飯田さんのチョコをお渡しします。


 すまなかった許してくれって泣いて縋ってきたけど……お父様なんてもう知りません!


 その後、お兄様がカリッとチョコを一口かじると、笑顔で「とっても美味しいよ。麗子はお菓子作りが上手だね」ってヨシヨシしてくれたの。


 うわーん、お兄様ぁ!!!


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