お兄様の言う通り、六歳児には文字通り十年早い話よね。
それに、考えてみたら私には三十年近い前世の記憶があるのよねぇ。さすがに小学生や中学生のお子ちゃま相手に恋愛もないだろーし。かと言って六歳児に手を出すような二十代男性なんて犯罪臭しかないし。
「そうなると、やっぱ真っ先に片付けなきゃいけない問題はこっちよねぇ」
「ん?」
私の視線に気がついたのか、小首を傾げながらも穏やかに微笑むお兄様。だけど、その表情はどこか嘘くさい。
私には分かる。前世三十年の経験は伊達じゃない。お兄様は決して怒らず、声を荒げず、穏やかで、親に対してとっても良い子で通している。だけど、それは逆に言えば感情を隠しているってこと。
お兄様は家族に心を許していないんだと思う。時折、お父様やお母様へ向けるお兄様の目に侮蔑の色が見えるもの。きっと、それは私に対しても同じ。
なんでかなぁ?
嫌われるようなことはしてないと思うんだけど……
だけど、将来お兄様は清涼院家を背負って立たれるんだし、今後のことを考えるとお兄様を味方にしておくべきよね。ほら、養ってもらわないといけなくなるかもだし。ここは何とかお兄様との関係を改善しておかないと。
さて、これをどうしたものか。
ふむ、ここはやっぱりあれか。
「お~に~い~さ~ま~」
私はとっても素敵なお兄様の隣に座ってピタッと体をくっつけた。それは妹が優しい兄に甘えるような微笑ましい一幕。
「どうしたんだい急に」
「あのですね」
スリスリ……必要以上にスキンシップと。
「ふふふ、お兄様だ~い好き…ですわ」
「ありがとう、僕も麗子が大好きだよ」
ああ、いつもの柔らかい微笑みを
でもね、私には最強の切り札がある!
「将来、私はお兄様のお嫁さんになりますわ」
これぞ世のお父さんお兄さんの娘や妹から一度は言われたいセリフ一位『おっきくなったらお父さん(お兄ちゃん)と結婚する』よ!
しかも、こんなビスクドールのごとき美幼女に言われたら、世のお父さん、お兄ちゃんはみんなイチコロよね。
ふっふっふっ、これできっとお兄様も私にメロメロ……って、あれ?
なんだかお兄様の目が呆れているわ。おっかしいなぁ。どうして?
「なんか今の麗子、とってもあざとかったよ」
「ソンアコトアリマセンワヨ?」
「ふーん」
お兄様が頬杖を突いてくすりと笑う。これはバレバレですか?
「どうして、そんな酷い事をおっしゃいますの。私はただお兄様をお慕いしてるだけですのに」
「ふふっ、僕も可愛い麗子がとっても好きだよ」
ヨヨヨと泣きマネをしてしなだれると、お兄様が私の頭をヨシヨシしてくれる。ああ、癒しですわぁ。
そんな風にお兄様と楽しい(?)ひと時に浸っていたら、いきなりお父様が横からひょいっと登場。メタボ腹をズイッて近づけない!
「なんだ、麗子は雅人にフラれたのか」
「もう、フラれてなんておりませんわ!」
失礼しちゃうわ!
こんな相思相愛の兄妹捕まえて何て暴言を吐くんだ、このぽんぽこタヌキ親父は!
「それじゃあ、父さんと結婚しような」
なっ、なっ、て自分を指差して嬉しそうに主張してやがりますが、何ぬかしていやがるんですか?
「えーっ、お父様とはご遠慮致しますわ」
「なっ!?」
この世の終わりのような顔をしないでくださいまし。仕方がないじゃありませんか。私の体は一つなんです。だから選べるのも一人。だったら、優しく素敵なお兄様と悪人ヅラのメタボお父様のどちらを選ぶかなんて考えるまでもないでしょうが。
さて、お嫁さんになる作戦は失敗ね。
うーん、何がいけなかったのかしら?
「お兄様はこんな可愛い妹がお嫌いですの?」
こーんな超絶カワイイ妹の求愛を袖にするなんて、この世全ての父兄から恨まれますよお兄様。
「それともお兄様は女性がお嫌いなのでしょうか?」
くっ、こんなハイパーラブリーな妹から送られるラブコールに
はっ、もしかしてお兄様ってソッチの気が!?
まあ! まあ! まあ!
お兄様がまさかまさか。
「麗子、いま何か失礼なこと考えているだろ?」
お兄様のような勘のいいガキは嫌いだよ——嘘です大好きですお兄様。
「いえいえ、お兄様は空海のごとき聡明な方だと思いましたの」
「空海真言宗高野山金剛峯寺のあの空海かい?」
ソラで言いやがりますか、小学生がそれを。
「ええ、若くして遣唐使に選ばれた鋭才ですわ」
「麗子は難しいこと知っているんだね」
「お兄様ほどではございませんわ」
まったく、前世の記憶を持つ私と違って素の小学生であるお兄様の教養の深さには舌を巻きます。
「しかし、不世出の天才である弘法大師を引き合いに出されるのは恐れ多いけど……どうして、空海なんだい?」
あっ、いけません。そんなに見つめられては。ポッ、私たち兄妹でしてよ。まあ、お兄様となら禁断の恋も素敵でアリアリですが。
さしずめ、ラヴァレ家のマルグリットとジュリアンでしてよ。
まあでも、どうせ禁断の恋に走られるのなら空海のごとき……
「まさか徒然草じゃないだろうね」
ギクッ!
「ツレヅレグサとはナンノコトでございましょう?」
「
ギクギクッ!
「うわぁ、さすがお兄様。とっても難しいことをご存知なのですのね」
「麗子、言っとくけど僕はノーマルだからね」
腐ッ腐ッ腐ッ……衆道こそ最高に素晴らしき禁断の恋!
「何その笑い方!?」
「そんなに強く否定なさらなくとも、ちゃーんと分かっておりますわ」
「本当に違うからね!」
最近では、こんな風に気安く話せるようにはなってきたけど。微笑まれるお兄様の目が冷たく感じられて……うーん、まだまだ壁をかんじるなぁ。
どうしたらお兄様ともっと仲良くなれるのかしら?