翌日――
「フワァ……」
私は欠伸を噛み殺しながら、学校の門をくぐり抜けた。昨日は図書室で借りてきた魔法書を夜遅くまで読んでいたので寝不足気味だ。
結局魔法書には、魔力の暴走についての記述は一切無く空振りとなってしまった。
「どうすれば、魔力の暴走を抑えることが出来るのかしら」
うつむき加減で歩いていると、突然名前を呼ばれた。
「おはよう、ユニス・ウェルナー」
「え?」
顔を上げると、ロザリンだった。彼女は怒りの眼差しを私に向けている。
「SSクラスの私がどうして底辺に所属する、あんたに声をかけたか分かる?」
「……ええ、分かるわ。リオンのことでしょう?」
昨日、私とリオンの婚約解消について話をしているのだ。何故声をかけられたのかなんて考えなくても分かる。
「そうよ。一体リオンに何てこと言うのよ! 大体……」
そこで、ロザリンは口を閉ざした。周囲を見れば、遠巻きに様子を見ている生徒たちがいる。
「あれはSSクラスの人よね」
「何で一般生徒と一緒にいるのかしら?」
一般生徒……勿論、私のことだ。この学園ではSSクラスの生徒は私達とは別格扱いなので、交流することが珍しいのだろう。
「……まったく鬱陶しい連中ね。あんたのような劣等生を相手にしていると、私まで同レベルと思われてしまうわ。ちょっと、顔貸しなさいよ。ひと目がつかないところへ移動するわよ」
まるで貴族令嬢とは思えない乱暴な口調だ。だけど、私が彼女の言うことに従う義理はない。
「いやよ」
「は? 何ですって?」
信じられないと言わんばかりにロザリンの目が見開かれる。
「どうして私が、あなたの言う通りにしないといけないの? 話があるなら、この場でして」
「何ですって? 随分生意気な口を叩くじゃないの! 劣等生のくせに、SSクラスに所属する私に歯向かうっていうの!?」
SSクラスに所属する者は、一般生徒を言いなりに出来るとでも思っているのだろうか?」
「だって、用があるのはあなたでしょう? なのに何故言うことを聞かないといけないの? 話は聞くからここでしてよ」
いつの間にか、私達の周りには人だかりが出来ていた。けれど、頭に血が登っているのかロザリンはそのことに気づいていない。
「だったら、言うわ。あんた、リオンに婚約解消は誕生日パーティーが終わるまで待って欲しいと言ったそうね? 何て図々しいの? あんたなんかお呼びじゃないのよ! 言っておきますけどね、誕生パーティーにあんたの居場所はないわよ? だってリオンは言ったのよ。パーティーには皆を招待するよって」
「え?」
知らなかった。
まさかリオンがSSクラスの人たちを全員誕生パーティーに呼ぼうとしているなんて。
この日はリオンの魔力暴走で火災が起きる。皆が巻き込まれてしまうかもしれない!
「駄目よ! 誕生パーティーには来ないで!」
するとロザリンが意地悪そうに笑った。
「やっぱり、あんたは独占欲が強い女だったのね。私達が来れば、リオンの側にいられないから参加するなって言うんでしょう? あ〜やだやだ。なんて嫉妬深いのかしら。そんなだからリオンに相手にされなくなるのよ」
「違うわ。この日は……」
そこで私は言葉を飲み込んだ。
この日リオンの魔力暴走が起こって火災が起こるからだと話しても、誰が信じてくれるだろう。
仮に本当に火災が発生したとすれば、何故分かったのかと問い詰められる。
下手すれば、私が火災を起こした犯人と思われてしまうかもしれない。
「言いかけてやめるってどういうこと? やっぱりリオンを独占したいからなんでしょう?」
どうせリオンは私のことなど、何とも思っていない。だったらもう……構うものか。
「そうよ、この日で私はリオンと婚約解消するのだから最後の思い出作りを2人でしたいの。だから来ないで欲しいわ」
魔力暴走を防ぐ手段は未だに見つかっていない以上、大勢誕生パーティーに集まるのは危険だ。
「ついに本音を言ったわね。リオンはあんたのことを、大人びた婚約者だと言っていたけど、とんだ我儘じゃない。まるで子供ね」
「……」
リオンは、私のことをそんな風に言ってたのか。
黙って唇を噛んでいると、ロザリンが笑った。
「まぁいいわ。どうせ、リオンの誕生パーティーの日に婚約解消するのだから。最後くらい、あんたの望みを叶えさせてあげても」
「それじゃ……」
「ただし! 私との勝負に勝てたらね!」
突然ロザリンは私を指さした。
「勝負……?」
「来週、学力試験が行われるわ。私達よりもあんたが良い点数を取れたら、誕生パーティーに参加するのをやめてあげる。ただし、あんたのほうが悪い点数だったら誕生パーティーに参加させないからね!」
その言葉に、周囲にいた生徒たちがざわめいた。
「そんなの無理に決まってるだろう」
「そうね、SSクラスの人より良い点なんか取れるはず無いわ」
「これは勝負にもならないな……」
ロザリンは腕組みして、勝ち誇ったように私を見ている。
「……いいわ」
「え? 何ですって?」
ロザリンが首を傾げる。
「今度の試験で、私が良い点を取ればいいのよね? そうしたら誕生パーティーに参加しないでくれるのでしょう?」
「はぁ? 本気で言ってるの?」
「ええ、本気よ。それじゃ、話は終ね。私、教室に行くから」
それだけ告げると、背を向けると教室へ向かって歩き始めた。
「馬鹿じゃないの!! 気でも狂ったんじゃないの!? 絶対にあんたが私より良い点数なんか取れるはずないんだから!」
ヒステリックに叫ぶロザリン。
きっとこの件はすぐにリオンに伝わり、ますます私を疎ましく思うだろう。
けれど、それでも構わない。
SSクラスの人たちを、リオンの魔力暴走にまきこむわけにはいかないのだから――