――17時半
「ユニス、本当に屋敷まで送らなくてもいいの?」
見送りに出てきたリオンが尋ねてきた。
「うん、大丈夫よ。だって馬車に乗って帰るだけだもの。それよりも明日は朝早くから『ロコス』の花をお父さんと摘みに出かけるのでしょう? 私のことはいいから、今日は早く休んで。見送りしたら遅くなっちゃうから」
明日、リオンとお父さんは『ロコス』の花を摘みに夫人の故郷へ行くことが決まったのだ。
夫人の故郷は、汽車で8時間かかる遠方にあるので始発に乗ることになるだろう。
「うん、分かった。ユニス、今日は本当にありがとう。母様があんなに美味しそうにお茶を飲んだり、ケーキを食べたりしている姿をみたのは久しぶりだよ。これもユニスのおかげだよ」
「そうなのね? リオンの役に立てて嬉しいわ」
これは心からの言葉だった。
何しろリオンは前世で私の一推しのキャラだったのだから。リオンが悪役令息となって、闇落ちするのを防ぐのが私の役目だと思っている。
「あのさ……ユニス」
「何?」
「そ、その……ユニスが僕の婚約者で、本当に良かったと思っているんだ」
リオンは照れくさいのか、顔を赤らめて視線をそらせる。
まさか一推しから、そんな言葉を貰えるとは思わなかった。でも、それはまだ彼が子供で、この世界のヒロインと出会っていないからだろう。
何しろゲーム中で、リオンは一目ヒロインを見たときから強く惹かれてしまうのだから。
今は、私が婚約者で良かったと言ってくれているが……いずれリオンにとって、私は邪魔な存在になってしまうのだろう。
じっとリオンの顔を見つめていると、突然彼は右手を差し出してきた。
「だから……これから先も、よろしく」
「リオン……」
夕日のせいだろうか? リオンの顔が赤く染まっていた。
「うん。私の方こそ、これからよろしくね」
私も手を差し出すと、リオンはしっかり握りしめてきた。
「ユニス、また遊びに来てよ」
「ええ、勿論。明日、『ロコス』の花、沢山見つかるといいわね」
「父様と頑張って探してくるよ」
そしてリオンは満面の笑みを浮かべた――
****
――ガラガラガラガラ……
「……」
馬車の中から、じっと茜色に染まる夕焼けを私は見つめていた。
今回のことでリオンの母親が風土病で死ぬことは無くなるだろう。
リオンが心に闇を抱える原因が一つ消える。
次に私が防がなくてはいけないのはリオンの魔力の暴走による、屋敷の火事。
あの事件はリオンが12歳の誕生日を迎えた日に発生する。
「どうして魔力の暴走が起きたのかしら……」
ゲーム中では何故魔力の暴走が起こったのかは記述が無かった……はず。
「それとも私が忘れているだけなのかしら……?」
はっきりしているのは、いずれリオンが自分の魔力をコントロール出来なくなってしまうということだ。
私自身には魔力が全く無いので、もしそうなった場合どうしてあげることも出来ない。
「何かリオンの為に出来ることをしなくちゃ……」
だって私の役目はリオンの闇落ちを防いで、ヒロインと結ばれる手伝いをすることなのだから――