「あら、ユニス。あなたはお客様なのよ? お茶ならメイドに淹れてもらうからいいのよ?」
「そうだよ。ユニスは僕たちが呼んだお客なのだから」
思っていた通りの反応をするテレーゼ夫人とリオン。だけど、ここで引くわけにはいかない。
「実は、身体に良いと言われているハーブを用意させていただきました。是非、リオンのお母様に飲んで頂きたいのです」
「まぁ、身体に良いお茶をわざわざ私の為に?」
「はい、そうです」
「そうね……なら試してみましょうか。折角ユニスが私のために用意してくれたのだから」
フフフと笑う夫人。
恐らく、私の話を信じてはいないだろう。でも折角用意してくれたのだから飲んであげようとしているだけだ。
けれど、きっと飲めば驚くに違いない。
「ありがとうございます。ではポットとお湯、それに3人分のティーカップをお願いします」
「分かったわ、それでは彼女の言う通り用意して頂戴」
夫人は呼びつけたメイドに命じた。
「かしこまりました」
メイドが下がると、夫人が話しかけてきた。
「それじゃ、テラスに移動しましょう? リオン」
「はい、母様」
リオンは車椅子の背後に周るとハンドルを握りしめて、テラスへ移動していく。
私もバスケットを持ってついていくと、真っ白な円形のテーブルに2つの椅子が用意されていた。
テーブルの中央には日除けの大きなパラソルも立ててある。
3人でテーブルにつくと、私は早速夫人に話しかけた。
「とても素敵な眺めですね」
この屋敷は周囲を林に囲まれている。テラスからは緑の美しい木々が良く見えた。
「ええ、そうでしょう? 私の一番お気に入りの場所なのよ。身体が弱くて、あまり外出することが出来ない私の為に引っ越しまでしてくれたの。家族には本当に感謝しているわ」
穏やかな顔でリオンを見つめる夫人。
「母様……」
リオンは恥ずかしそうに夫人の視線を受け止めている。
ゲーム中で病弱だったリオンの母親は、頼りだった夫を火事で亡くしてから増々病気が悪化してリオンを遠ざけた。
醜い火傷を負った上に、母親から拒絶されたリオン。挙げ句に母は亡くなってしまう。
これではリオンが歪んで悪役令息になってしまうのも無理はないだろう。
その時。
「奥様、お茶の用意が出来ました」
先程のメイドが戻ってきた。
「ありがとう、あなたはもう下がって良いわ」
「はい、失礼致します」
メイドが下がると、早速私は申し出た。
「それでは、私が持参したハーブティーを淹れさせて下さい」
バスケットの蓋を開けると、ガラス瓶を取り出した。この中には乾燥させた『ロコス』の花を粉末にした物が茶葉と混ぜられている。
早速ティーポットに茶葉を淹れてお湯を注ぐと、少しの間蒸らす。
その後、カップにハーブティーを注ぎ入れた。
「へ〜……良い香りだね」
リオンがハーブティーの香りに気づいた。
「ええ、そうでしょう?」
この香りは勿論『ロコス』の花の香りだ。
「母様も、良い香りだと思いませんか?」
リオンが母親に尋ねた。
「え? ええ、そうね」
笑みを浮かべて夫人は返事をするけれど、恐らくそれは嘘だろう。
多分、もう嗅覚は失われている。
この風土病は、嗅覚から失われていくと言われている。もう何年もこの病気を患っている夫人。今は味覚もないはずだ。
「それではどうぞ、お飲み下さい」
私は2人に特製ハーブティーを勧めた――