翌日――
私は迎えに来たリオンと馬車に揺られていた。
「ユニス。その手に持っているのは何?」
向かい側に座るリオンが私の膝上に乗っているバスケットを指差してきた。
「これ? お母様が用意してくれたお土産よ。とても美味しい焼き菓子なの」
確か、リオンは隠れスイーツファンだった。きっと喜ぶはずだ。
「そうなの? どんな焼き菓子か見せてくれる?」
案の定、リオンは焼き菓子に興味を持ってきた。
「駄目よ。この焼き菓子は皆でお茶の時間に頂くつもりなのだから、それまではお楽しみにとっておかなくちゃ」
「ちぇっ。ユニスは生真面目だな。少しくらい見せてくれたって良いのに」
唇を尖らせるリオン。
その顔が何とも可愛らしく、思わず吹き出してしまった。
「ぷっ」
「何だよ。笑うことないじゃないか」
「だ、だって……フフフ……すごく可愛らしいんだもの」
その言葉にリオンの顔が真っ赤になる。
「お、男に可愛いらしいなんて言葉使っちゃいけないんだぞ?」
「ごめん、ごめん……もう言わないから。でも、この焼き菓子はリオンのお母様へのプレゼントでもあるから皆で頂くときに見せてあげたいのよ」
「まぁ、そういうことなら別にいいけどさ」
リオンは腕組みすると、窓の外を眺めながらポツリと呟いた。
「……最近、母様の食欲があまり無いんだ。半分は残すようになってしまったし」
「リオン……」
その横顔は悲しげだった。
『ロコス』の花がもたらした風土病は身体を弱らすだけでなく、徐々に五感を無くしていく症状も引き起こしていた。
リオンの母親は、彼が15歳のときに亡くなってしまう。
恐らく食欲がないのは匂いか、もしくは味。それとも両方の感覚を失っている可能性もある。
だけど……私には秘策がある。
「リオン、元気出して。きっと今日のお母様は、食欲が出ると思うから」
「ユニス……」
「大丈夫。私を信じて」
「うん、そうだね。ユニスを信じるよ」
リオンは笑顔で私を見つめた――
****
馬車で30分程走りつ続けると、美しい緑道が見えてきた
「わぁ! なんて素敵な場所なの!」
窓から外を覗き込み、その美しい光景に目を奪われてしまう。
緑の木々の隙間から太陽の光が差し込み、何本もの美しい光の筋が地面に差し込んでいる。左手には大きな湖が見え、まるでリゾート地に来たかのような気分になってしまう。
「この辺りは空気が澄んでいて綺麗な場所だからって父様が言ってたんだ。だから引っ越して来たんだよ。ここに来るように勧めてきたのはユニスのお父さんなんだよ。2人は親友なんだって」
「そうだったの……知らなかった」
何故ユニスがリオンの婚約者に選ばれたのかも、中途半端な時期に転校してきたのか理由が分かった。
全てはリオンのお母さんの為だったのだ。
「偉いのね。リオンは」
「え? 何が?」
「だってお母さんの為に、転校したんでしょう? こんな中途半端な時期にも関わらず」
「……うん」
コクリと頷くリオン。
「リオンのお父様は、とてもお母様のことを愛しているのね。それにリオンもお母様のことを大切に思っているのでしょ?」
「ユニス……ありがとう」
「何故お礼を言うの?」
「な、何となくだよ! あ、ほら。屋敷が見えてきたよ!」
リオンが指さした先に、真っ白な大きい洋館が見えてきた。
「あれが、リオンの住んでいる屋敷なのね……」
そして、リオンが12歳のときに……彼の魔力が暴走して焼け落ちてしまう屋敷。
何としても、それだけは絶対に阻止しなければ。
私はじっと近づいてくる屋敷を見つめた――