学校から帰宅すると私は母の元へ向かった。
多分この時間なら母はサンルームにいるはずだ。
サンルームは中庭が良く見渡せる南向きの部屋で、日当たりがとても良い。
中を覗くと、母は揺り椅子に座ってレース編みをしていた。
「お母様、ただいま帰りました」
「あら、ユニス。お帰りなさい」
編み物の手を止めると、母が笑顔でこちらを向いた。
「お母様、明日リオンのお屋敷に招かれることになりました」
私は母の向かい側の席に座った。
「あら、そうなの。それじゃ、馬車を出さないとね」
「リオンが明日迎えに来てくれるから大丈夫です。私をお母さんに会わせたいのですって」
「まぁ、リオンのお母さんに会うの? でも具合はどうなのかしら……? とても身体の弱い人だと聞いているから早く良くなってくれるといいわね……」
母がため息をつく。
私はどうすればリオンの母親の病が治せるのか分かっているが、母にはその話を口にすることは出来なかった。
けれど……。
「大丈夫、きっと明日はいつもよりも良くなっていると思います。だって、将来の嫁に会うことになるのですから」
「ま、ユニスったら。言うようになったわね」
そして私と母は笑いあった――
****
「そうか、明日はリオンの母親に会いに行くのか」
夕食の席で父は上機嫌だった。
「はい、私に是非会いたいそうなので行ってきます」
「何時に迎えに来てくれることになっていたかしら?」
母が尋ねてくる。
「11時に迎えに来てくれます。昼食を一緒に食べることになっています」
「お昼を御馳走になるのだとしたら、何か我が家からも手土産を持っていったほうが良いわね。何が良いかしら」
「そうだな、何が良いだろう……」
父と母は手土産の話で盛り上がり、私は黙って2人の会話を聞いていた。
何しろ、私は明日とっておきの手土産を持参してリオンの屋敷に行くつもりだから。
「お父様、お母様。食事が終わったので、そろそろ部屋に戻りますね。」
頃合いを見て立ち上がった。
「ああ、そうか? 分かった」
「いいわよ。お行きなさい」
「はい。それでは失礼します」
両親に挨拶すると、私は足早に部屋へ戻った――
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「ふぅ……」
部屋に戻ると、部屋の鍵をかけるとカバンの中から瓶を取り出した。
中には紫色の美しい花が1輪入っている。
「でも、本当にあったのね……ロコスの花が」
この花は学園の花壇の片隅で自生していた花だった。普通に咲いている分には単なる美しい花で済まされるものの、ある条件が加わると大量に増えて毒を発生する恐ろしい花だった。
その条件とは湿気と霧だった。
『ロコス』の花は苔のように湿気を好む。湿った大地の上で大量に増え、霧が発生すると毒を吐き出すのだ。
リオンの母親は『ロコス』が大量に自生している場所で生まれ育ち、ここで暮らしていた人々は皆短命だった。
原因も治療方法も分からず亡くなっていく人が後を絶たなかったので、風土病として長い間恐れられていたのだ。
リオンの母は結婚を期に、この地を離れることが出来たけれども20年あまりも毒にさらされていた為に身体は弱かった。
彼女はリオンを出産後に、ますます病弱になっていったのだった。
結局原因が究明されることなく、リオンが12歳のときに母親は風土病で亡くなってしまう。
けれどその同じ年に風土病の原因と治療薬が発見され、それまでずっと病気で苦しんできた人々は全員救われたのだった。
もう少し治療法が早く見つかっていれば、母親は死なずに済んだのに……リオンは本当に不運な人物だった。
母親の死も、彼を歪ませる原因の一つとなってしまったのだ。
でも、大丈夫。
ゲームをプレイしてきた私なら、リオンのお母さんを助ける方法を知っているから。
リオンを決して不幸な目には遭わせない。
私は『ロコス』の花が入った瓶をじっと見つめた――