静まり返った図書室で、私とリオンは机を挟んで向かい合わせに座っている。
「……」
私は何とも気まずい思いで、本を読むふりをしながらリオンの様子を伺った。
「子供たちだけで話をするといい」
父はそう言い残し、私とリオンを残して図書室を出ていってしまったものの何を話せばよいのだろう?
何しろリオンは「話しかけるな」と言わんばかりに、私と目も合わせずに本を読んでいるからだ。
はぁ〜……やっぱり、私じゃ駄目なのか。
ゲーム中でのリオンはヒロイン一筋だった。
そのため、彼の婚約者は完全なモブキャラ扱いで顔も名前も登場していない。
だから私は自分がリオンの婚約者に転生していることに気付けかなったのだ。
それにしても……。
私は再びチラリとリオンを見た。
少年時代のリオンは本当に可愛らしい外見をしている。
ゲーム中の彼は18歳の美しい青年だったが、顔の左半分は髪で隠していた。
何故かと言うと、少年時代に自分の炎の魔力が暴走して自分の屋敷が燃え落ちてしまう事件が起きたからだ。
その際にリオンを助けようとした父親が死亡してしまう。
リオンは命は助かったものの顔の左半分は火傷を負ってしまった。
愛する夫を失い、我が子には一生消えることのない火傷の傷が残ってしまったリオンに母親は絶望する。
我が子であるリオンを徹底的に避け、自分の前に姿を現すなと言い放つのだ。
そのため、リオンは前髪で自分の顔を隠し、息を殺すように生きていくことになった。
顔の半分には醜い傷が残ったリオン。父を失い、愛する母親から拒絶された彼は徐々に歪んでいった。
それ故人々から恐れられるようになり、さらに彼の心は深い闇に染まっていく。
当然リオンの婚約者も彼を避け、唯一彼に親切に接してくれたのが学院で知り合ったヒロインだったのだ。
彼女はこの世界でも希少な神聖魔法を使うことが出来た。
当然、そんな特別な女性を男性たちが放って置くはずがない。
そこで主要キャラたちとヒロインの多種多様な恋愛模様がゲーム中で描かれるのだが……リオンは悪役令息としてヒロインたちの前に立ちはだかる。
リオンもまたヒロインに強烈な恋心を抱くも、どのルートでも決してその恋が報われることはない。
何故なら、彼は「ニルヴァーナ」のゲーム中に登場する悪役令息だからだ。
ヒロインを手に入れるためには手段を選ばないリオン。
その強引さ故、結局はヒロインに恐れられ、最終的には彼女を取り巻く主要男性キャラたちによって断罪される。
ルートによっては、モブ婚約者まで断罪に巻き込まれてしまうこともあるのだ。
単に、リオンの婚約者だということだけで。
……本当に、救いようのない話だ。
けれどリオンはその薄幸ぶりから、ゲーム中では絶大な人気があった。そして何を隠そう。
彼は私の一推しキャラでもあったのだ――
「ねぇ、一体何なのさ。人の顔をそんなにジロジロ見て」
不意に声をかけられて我に返ると、リオンが不審そうな目を私に向けてくる。
いけない! ゲームの内容を思い出しながら、ついリオンの顔をじっと見つめてしまっていた。
「あ! ご、ごめんなさい! つい……あなたの髪がとても綺麗だったから、見てしまったの!」
咄嗟に言い訳をした。
まさか、天使のような可愛らしい顔に見惚れていたとは口が裂けても言えない。それにリオンは確かゲーム中では母親譲りの自分の髪を気に入っていたと書かれていた気がする。
「え?」
私の言葉にリオンは一瞬驚いたように目を見開く。
「あ、あの……」
まずい……失言したかもしれない。 そう思った次の瞬間。
「そ、そうかな? ありがとう……。僕の母様も同じ、髪の色なんだ……」
リオンは少し照れたように視線をそらせると、口元に笑みを浮かべた。
まさか、あのリオンが笑うなんて思いもしなかった。
「いえ……どういたしまして……」
これがリオンと私が交わした初めての会話だった――