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「魔人族と屍族」

 魔人族。クィンが以前この世界について解説くれた内容に、そんな名の種族は出て来なかった。


 「魔人族……!?そんな種族名は、私が知っている限りの歴史書には書かれていません。絶滅した魔族は、鬼族と海棲族の二つだったはずです」


 ミーシャは戸惑った様子で呟くように言う。クィンも同じような反応をしている。


 「何だ?俺の種族のこと何も知らないのか?見たところ二人とも若いな。親世代から魔人のことについて全く教えられてこなかったそうだな。じゃあ、そこの女はどうだ?」


 ザイートは首を少し回して離れたところにいる王妃に話しかける。彼女は深刻そうな顔をしていた。


 「お母様?何か……知っているのですか?」

 「………魔人族。このことを知る人は、代々限られています。それは国王の血筋を持つ者、それも成人した者にしか、そのことを知らされてはならない掟があります」


 王妃の言葉にミーシャはたいそう驚く。


 「ドラグニア王国で魔人族について知っているのは私と国王であるあの人だけ。そしていずれはミーシャとマルスにも知らせることになっていたの」


 王妃はザイートに恐怖しながらもミーシャに隠していたことを話す。


 「おそらく…各大国の先祖どもは、魔人族についての歴史を闇に葬ったのだろう。ちょうどお前らの世代には一切知ることがないように徹底的にな。

 アレはお前ら人族や他の魔族全てにとって忌々しい、恐怖に彩られた記憶であり、歴史であったのだろうから」

 「その、通りです。先代の国王様も私とあの人に、私たちの後継者以外には話さないようにと厳しく命じました」


 ザイートが昔を懐かしむように言ったことを王妃は静かに肯定する。つまりは、魔人族に関する歴史は全て隠蔽もしくは抹消、無かったことにされたということ。

 ヤバい歴史の隠蔽・抹消は、あってもおかしくはない。漫画ネタにもよくあることだし、現実の世界だって、もしかすると俺の知らない出来事があったかもしれない。その主な内容は、知られたらマズイ不祥事やあまりにも残虐で非人道過ぎて明るみに出すのも憚られるほどの事件などだ。

 で、今回のは、たぶん後者だろう。魔人族がかつて世界を恐怖のどん底に陥れた、みたいな。


 「では、そんな俺たち魔人族について少し教えようか」


 そしてザイートによる魔人族についてのお話が始まった。


 「魔人族は魔族の中で唯一魔物を使役させることができる種族だ。はるか昔から魔人族は魔物を使って他種族と争い、領地を広げてきた。今から五百年くらい前には、俺たちの領地はこの世界の半分ほどだったそうだぞ。自慢になるが、魔人族は強い。他種族を圧倒する程に。他種族同士が手を組んで魔人族を倒そうとしていたくらいだからな」

 「魔族への支配がある程度進んだ後、今度は人族を完全に滅ぼそうとその領地への侵略を始めた。人族にもいくつかの国があったが、その時奴らは初めて国と国との境界を越えて手を組んで、魔人族と戦争した」

 「何百年も続き、次第に魔人族が人族を追い詰めた。因みに魔族は、魔人族への侵略で疲弊していて、人族への救援どころではなかったようだ」

 「だが…百年くらい前になると、戦況が変わった。その時代には俺も戦争に参加していた。魔人族陣営の総大将、魔王の右腕としてな。

 あと少しで人族を終わらせるというところで、奴らの戦力が急に強くなった。いや、圧倒的力を持った戦士が数十人、突然現れたのだ」

 「そいつらの進撃により、俺を含む同胞たちは次々に討伐された。

 そして、その戦士たちに、俺たちの総大将の魔王様は討たれて、この世界から消滅した。そこからドミノ倒しのごとく、俺たち魔人族はお前ら人族と、俺たちが崩れたところを狙って出てきた魔族どもによってほぼ絶滅に追いやられ、そこからしばらくは日を見ることがなくなってしまった...と、ひとまずはここで区切ろうか」


 そこまで言って、ザイートは手を叩いて話を区切った。


 「圧倒的力を持った戦士...それってまさか...!?」


 ザイートの話に出てきた、人族陣営から突然現れた戦士たちのことでミーシャは何かに気付いたようだ。俺も彼女と同じことに気づいたかもしれない。


 「少し前にお姫さんがこの場で言ってた、百数年前に行われていた詳細不明の異世界召喚。あれが今の話に出たやつのことだったのか」


(資料に書かれていたものによると、異世界召喚は、あの時以外にも、過去に一度行われていたとのこと。それも百年以上も前に。

 ただ...詳しい内容が無くて、召喚が行われたこと以外については全く知ることができませんでした...)


 少し前にミーシャが言ったことが脳裏に浮かぶ。


 「俺たちの先駆者たちが、テメーら魔人族を退けて、この世界に平和を取り戻した、というわけか。だが、魔人族は絶滅してはいなかった。


 ザイート、テメーがその生き残りの筆頭だってわけだ」


 俺の視線を受けてザイートはまたも不敵に笑う。


 「そうだ。あの忌まわしくも強大だった人族戦士どもによって、当時の俺は死にかけたが、どうにか生き延びて地下深くへ逃げた。その間に、魔王様を筆頭に、たくさんの同胞が奴らと魔族どもに消された。あの時の魔人族は滅んだも同然だった。生き残った魔人族は俺を含めてどいつも深手を負っていて死んでもおかしくない奴ばかりだった。流石に絶滅を覚悟したぜ。

 お前、この国の王妃だったな。流石にこのことは知らなかったんじゃないか?」

 「……………」


 話を振られた王妃は相変わらずザイートから距離を取って警戒しながら頷いて肯定する。


 「テメーがこうやって表舞台に再び現れたのは、自分たちを絶滅寸前まで追い詰めた人族と他の魔族…いや、この世界そのものへの復讐か何かのためか?」

 「まぁそれもあるが、この世界を完全に魔人族の支配下におくこと。俺は魔王様の遺志を継いで、の方が大きいな。俺自身もこの世界を潰して支配することは楽しみにしているからな」


 復讐よりも支配がお望みのモンストール現トップ。それを聞いたミーシャは戦慄していた。無理もない。Sランクモンストールを圧倒した俺を圧倒した奴が今暴れ出したら、この世界など簡単に終わるだろう。それくらいの力が、今のこいつにはある。


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