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第9話

 潜行艇から、ミカルを降ろすと、神聖銃士隊とティルモアを連結した貨物用

トレーラーにのせていたが、新たに貨物トレーラー一台を加えた。

 中身の存在を確認したとき、ユウトは一人で頷いた。

 しばらく経って、クライ島に近づいた時、彼はリビングで全員が落ち着いて

居る中で、言った。

 「ところで、アーソングさん。あなたカロキの幹部だったよね?」

 「なんだと!?」

 何気ないユウトの言葉に、いつものように泥酔していたキリトが激しい反応

を見せた。

 「こんなところまで来た時に、ここに相手の幹部が……!」

 キリトの視線に殺気が宿る。

 慌てて落ち着かない様子のアーソングに、エーレルが笑いをこらえていた。

 「いい加減にしろっ!!」

 怒声が、キリトのもとに落ちた。カアーナのものだった。

 キリトは、しかしや、でもなどを口ごもりながら、やがて黙った。

 「あんた、どこまで調べてるんだ?」

 アーソングは呆れたようだった。

 「勤勉でしょ? 認めてくれない人もいるけど」

 ちらりとキリトを見る。

 「で、正解だが、何か問題でも?」

 「クライに着いたら、指導者に会うのに手を貸してもらいたいんだよ」

 「ああ、構わんよ」

 「また何か、考えてる」

 カアーナは、悪戯っぽ気な笑みをユウトに向けた。

 「失礼な。俺はいつも、正々堂々としてるじゃないか」

 「正々堂々とするために、小細工を頑張ってると言え。その勤勉さなら認め

てやる」

 キリトが、無下に言う。

 「あー、それいえるな」

 カアーナも同意する。

 「酷いよ、おまえら……」

 ユウトはいじけた振りをする。

 「可愛くないから」

 カアーナが即、彼の様子を拒絶した。

 「あー、はいはい。わかりましたよ」

 ユウトはいきなり開き直り、酒をあおった。

 「どっちにしろ明日の午前には到着だ。全員、頼むよ」

 ソファに身を落ち着かせ、今にも寝そうな様子だった。


 海底からのいくつもの柱とパイプで海面上に突き上げられた中心部。そこの

周りに様々な船が繋げられて広く空間を作られ、今や直径十七キロにわたる半

分鉄錆の陸地をつくっているのが、クライ島だった。

 雲は早めに流れ、風も強めの日、当然波も高かった。

 水中から海面にでた潜行艇は、揺られに揺られ、カアーナが酔ってグロッキ

ー状態になった。

 「早く、着いて……」

 気持ち悪さの極限にいる彼女は、何とか呟いた。

 「あとちょっとだからねー」

 どこかの医者のような気休めめいた言葉を投げかけ、ユトレは浮遊ディスプ

レイで、艇を操作した。

 潜行艇はクライの海岸の一郭に停留した。ここでは隙間があるところが、港

なのだ。

 普通なら誰も気にもとめないで有ろうが、今回は違った。

 彼らが入港? するや、至る所から人々が集まり出してきた。

 潜行艇はどこからか現れた可動式のかぎ爪で固定され、コンテナも一瞬にし

て金属のバンドで巻かれて、開かないように拘束される。

 さらには、砲塔を持った艦は一斉に、彼らに向かって砲身を向けてくる。

 「いい歓迎ぶりだなぁ……」

 言う割にユウトは物憂げに立ち上がった

 「どういうことでしょうか……?」

艇外を映したディスプレイに、フージェが心配そうに言う。

 「外に出てみりゃばわかるさ」

エーレルは簡単だった。

 「出よう、早く……」

 事態よりも船酔いの苦痛のほうが、カアーナには重かったらしく、必死めい

ていた。

 ハッチから彼らが出てくると、あっという間に囲まれた。

 その中から一人、女性が進み出てきた。

 「……ムラクモからの皆様、私はクライ島の管理をしているクライ十二世と

いう者です」

 「よくご存じですね?」

 ユウトが感心するように言った。

 「なら、こちらは名乗らなくともわかってらっしゃるでしょう」

 「ええ。ここ、クライ島に近づく者に対しては、透射線で全てチェックをさ

せていただいております、ユトレさん」

 「我々の目的も?」

 クライは、伏し目がちになって首を振った。

 「こちらの最新鋭透射機を使っても、コンテナの中までは見れませんでし

た。しかも、あなた方は、皆関係性がバラバラな存在です。わからないからこ

そ、警戒させていただいたのです」

 「では、お話があるので、カロキの代表を呼んでください」

 「すでにここにいます」

 皆驚くなか、ユウトは苦笑した。

 「クライはカロキ統一戦線と一体化したのです。我々が、悪魔と神から人間

の世界を造るのです。ムラクモは、神の存在を肯定している」

 クライはここで言葉をきって、一行を鋭く睨んだ。

 「許すべからざる勢力の一つです。冒涜的な計画を持った、ね」

 彼女がそういうと、辺りを埋め尽くして居た、人々がそれぞれカトラスや、

拳銃を抜いていた。

 「裏切り者のアーソングもついでに、あなた方をここで処理させてもらいま

す」

 その時、コンテナの一つが拘束帯を破って開いた。

 中なら、六本の足で鋭句尖った砲身をもった神聖銃士隊が跳び出てきたの

だ。

 途端に銃弾が各地で放たれた。

 「どれ……」

 エーレルは電磁斬刀のほうを手に、一同から進み出ると、クライに向かって

走り込んだ。

 電磁斬刀は、クライが下がって張った電子シールドをいとも簡単に斬り裂

き、クライに間合いまで近づかせた。

 だが、その両側から、拳銃で狙われる。

 背を低くして銃口を避けると、今居た頭部の部分に弾丸が放たれた。

 鞘に納められた刀を部下から渡されクライは一気に引き抜き、不敵な笑みで

エーレルに向き直る。

 斬撃が交差する。

 振るわれる刀はそれぞれ避けられ、新たな攻撃の支点となる。

 激しいやり取りは、二人の周りでまさしく火花を散らしていた。

 「もどかしい」

 剣を手にしたキリトは二人の戦いに参入した。

 三人は、舞を踊るかのように、刃物を振るった。

 轟音が鳴って水柱が上がる。

 砲塔の一つが警告射撃を行ったのだ。

 だが、それは挑発行為の危険物として逆効果に認識刺せられた。

 散った神聖銃士隊が次々と砲を放ち、クライ島の砲塔を破壊してゆく。

 砲塔は目標を変えて、彼らを補足する為に旋回する。

 近くのカロキ統一戦線の者達には、そそり立つティルモアが睨みを効かせ

て、動きを封じて居た。

 クライはエーレルが舌打ちするほど、二人を相手にしながら、見事な太刀捌

きを見せていた。

 エーレルの上段振りを跳ねて避け先きにいるキリトに、横薙ぎの刀を振る

う。ブロード・ソードで叩き下げられるが、そのまま距離を詰めて、顔面に肘

鉄を見舞う。

 怯んだ彼に懐からの突きを狙うが、その横でエーレルが電磁斬刀をのばしか

けた腕を切り落とす勢いで刀を切り下げられる。

 突きをすぐに脇に引っ込め、再び二、三歩後ろに後ずさり、態勢を整える。

 「お二方、なかなかやりますね」

 クライは、刀を下げて笑んだ。

 「何者だ、貴様……」

 自分の剣技に絶対の自信を持っているエーレルが、思わず尋ねる。

 「では、本気で行きましょう」

 クライの姿が、薄い闇に包まれた。

 闇は、その背に何枚もの翼状に集まり。彼女は牙をはやし、瞳が真っ赤に染

まった。

 「悪魔……っ!」

 フージェが叫ぶ。

 ふむと、ユウトが唸った。カアーナは鉈を腕に、三人の護衛役を自ら務めて

いる。

 「堕とせる?」

 彼はアーソングに尋ねた。

 回転演算機をみて、アーソングは首を振った。

 「無理だ、でかすぎる」

 「わたしに任せてください……」

 言ったのは、フージェだった。

 その瞳は憎悪に燃え、杖を握った手に力が入って白くなっていた。

 「ティルモアっ!」

 彼女は獣人に命令した。

 ティルモアは答えて、口から電磁波砲をクライにはなった。

 その一瞬前で、三人が跳ぶ。

 金属に穴が空き、そこから水柱が大きく立ち上がった。

 巨大なティルモアは動きだし、クライに近づいて行った。

 「ふはは……ティルモアか」

 嗤ったクライは、両手を広げて、獣人を迎えるようにした。

 黒い翼が円描くようにはためかせて、逆に近づいて行った。

 「予言者よ、今こそ見せてやろう、真実を」

 クライの姿はティルモアの中にめり込むように入った。



 「天に坐す我らが神よ」

 街の教会で、神父が祈りを上げる。

 礼拝場は、信者で満たされていた。

 その中に、傷だらけの少女の姿があった。

 巻き毛で人種不明だが端正な容姿をしている。

 「どうか、悪魔の蔓延る世界より、我らをお救い下さい」

 何を言っているのか。打撲と擦り傷だらけのフージェは思った。悪魔が今の

世界の支配者ではないか。人間が不幸な目に遭うのも、約束を違って二回も大

洪水をおこした神の砲だ。

 祈るのなら悪魔にだろう。

 だが、人々は一心に神に念じていた。

 何奴もこいつも偽善者だ。

 フージェら貧民窟に住む人々は、街の住人達の気まぐれにより、豚狩りと表

される襲撃を月に何度か受けていた。

 加害者はここで神の名を呼ぶ者達だった。

 フージェは寝る場が無く、仕方なく教会に泊まった朝だった。

 少女は朝の祈りの途中、興味もないといった風で、外にでた。

 もう、両親の激情も冷めた頃だろう。

 往来を通り、真っ直ぐ貧民窟に向かう。

 そこに、バラックの荒ら屋があった。

 修理工を開業している汚れた看板はあるが、客など来ない。

 常に酔っている父親は、まだ寝ているだろうか。

 金の亡者になった母親は、どこかに出かけただろうか。

 そういった期待を込めながら、フージェは小屋に裏口から入った。

 しかし、中では激しい諍いが起こっている最中だった。

 グルーピーが、玄関で尻尾を股に挟んで丸まっている。

 フージェは子犬を撫でてやり、自室に戻ろうとした。

 できれば、風呂にも入りたい。

 「帰ってきたのか?」

 それは低い、ドスの効いた声だった。

 「馬鹿娘、どこ行ってたんだい!?」

 両親の争いが、途端に自分に向けられる。

 「どら、ちょっと躾をしなきゃならないようだな」

 居間から階段のある廊下に父親が現れたとき、彼女は素速く階段を昇った。

 躾とは、木槌で殴打することを言う。

 あれで何度か骨にひびが入りかけたこともある、凶暴な武器だ。

 部屋のドアに鍵をかけ、ベットに入って布団を被ると、ノックとは言い難い

までに力図良く叩く音が連発した。

 「開けろ、小娘っ!」

 フージェは震えた。

 「あなた、就職先が決まったわよ」

 同時に母親の声もする。

 「明日から三丁目のところにある、ジェレミーママのところでお世話になっ

てくるんだよ」

 ジェレミーママの店とは、売春宿である。

 「なー、行きたくないよなぁ、フージェ。お父さんが何とかしてあげるから

開けろよっ!」

 何とかするの意味がわかっていた。父親は、フージェを不具にして、それを

見せ物に哀れな少女へ恵む金を目的としているのだ。

 以前から話されては夫婦で怒鳴り合いになっている話題だった。

 「お助け下さい、お助け下さい……」

 その時、黒い雲が街を多い始めた。

 天から稲妻が何度も轟き、やがて家に非難したティルモアの人々に対して、

声が伝わった。

 「神を妄信する街の邪教徒共よ。これより、我々が天罰を下す」

 空から降りてきたのは槍を持った、黒い羽根で野獣の顔を持った、見るから

に悪魔の姿だった。

 ドアの向こうから悲鳴がした。

 ルージェは布団からでて、街の混乱も意識に入れず、ドアをあけてみた。

 そこには、心臓を貫かれた両親が、血の溜まりの真ん中に二人そろって倒れ

ていた。

 何の感慨もなかった。

 廊下に立つ悪魔が、彼女のほうを見る。

 「少女よ。良き心を持っているな。見ていたぞ、毎日のおまえを」

 廊下には白い光の球が二つ、当て所なく浮遊していた。

 「さぞ辛かったであろう。これからは、我らの預言者として街の管理を任せ

よう」

 フージェは、途端に身体に不思議な感覚が宿るのを感じた。



 「……違う……私は神の預言者だ……決して悪魔などではないっ!」

 フージェは言ったが、クライ島の人間もムラクモ側も映像を見ていた。

 「悪魔だ。悪魔の預言者だ……」

 クライ島の住民が、次々に口にする。

 ティルモアから姿を抜け出したクライは、彼らの側に戻った。

 「うるさい、黙れっ!」

 ティルモアが少女に合わせて、咆吼する。

 「さあ、正体も知れたことです。あなた方に我々をどうこうする権利はな

い。

命が惜しければ、お引き取り願いましょう。いずれ我々からムラクモには接触

するでしょう」

 一同は、黙った。

 その中で、ユウトが一人、進みでた。

 「……それなんですが、良い提案があります」

 いつも通り超然としていた様子だ。

 「提案?」

 「我々も、神の存在にはウンザリしているところでした。それで、神人など

という戯言はこれまでにしたいのです」

 「ほう」

 クライは興味深げに息をついた。

 「一体、なんでしょうか、それは?」

 「神堕としです。同時に悪魔も堕とします」

 「……神堕としと悪魔を……?」

 クライはさすがに意表を突かれたといった表情になった。

 「はい。神を堕とせば、神は悪魔になり、人の手から離れます。そして悪魔

達は勝手に争うでしょう。我々はそれを傍観しながら、暮らせばいいのです」

 少しクライは考えた。

 「それは、人間の世界を造るといってもいいのですか?」

 「ええ」

 「ちょっと、ユウトっ!」

 抗議の声を上げたのはフージェだった。

 「私は、神の悪魔化などには反対よっ!」

まだ、自分の立場の把握をしようとしない。

 「安心しな。そうなれば、悪魔が神の位置になる。君に届く慈愛の声は、相

変わらずさ」 ユウトは彼女の心情に合わせて言ったが、フージェは半信半疑

だった。

 「だが、神ほどの存在を堕とせる力量を誰がもっています?」

 「俺が持ってるんだよ」

 急に声質持ちがう言葉がユウトから発せられた。

 一同が、怪しむなか、再びユウトは苦笑する。

 「わたしが実行します」

 「今のは?」

 カアーナは森でも見られた、ユウトの別の声に、疑問を投げかけた。

 「すぐにわかるさ」

 軽い調子で答えた彼は、準備に取りかかった。

 「じゃ、頼むわ」

 「わかったぜ」

 また一人で二人役をやる。

 と、周りが不思議に思っていると、彼の片の背から光が放射され、黒い羽根

があらわれた。同時に、反対側から、金色の輝く羽根が広がる。

 「なんだ、どういうことだ?」

 カアーナは呟くと、アーソングのほうをみた。

 回転演算機を覗いてた彼は、驚きの顔をしている。

 「待てよ、あいつ神人だぞ……」

 「……まさか!?」

 コンテナの一つが、破裂し、そこから鎖に繋がれた老人が立った姿で空中に

浮き上がってきた。

 ルエジェーンも、光の翼をはやし、頭上に輪を載せた姿でその脇に控えてい

た。

 「我が子等よ、再び私に、罪悪を託すか……」

 鎖がほどけ、ゆっくりと天に昇っていく姿はだんだんと黒ずんできていた。

 「それも良かろう。私は、罪悪を背負い、子等を救おう……」

 やがて、空で白い雲と黒い雲が渦巻き、稲妻が轟く。

 波は荒れ、クライ島は大きく揺れた。

 ティルモアの姿が、獣人から巨大な神像となって、フージェを見下ろした。

 彼女は、鬱積した黒い心が晴れていく感覚を味わった。

 悪魔は堕とされ、その代わり、神も堕とされたのだった。



 ムラクモに帰り、元に戻った神聖銃士隊と、一行を降ろすとユウトは、その

まま、潜行艇から出ようとはしなかった。

 「エジンブラ総督へ、説明の為に……」

 キリトが毎度のように言ったが、ユウトは首を振った。

 「せっかくだけど、もう、ムラクモでの役割も終わったよ。その必要は無い

ね」

 笑顔の癖に、ぴしゃりと反論をさせずに言い切った彼は、潜行艇の中に戻っ

ていった。

 彼は補給のために三時間、港に停泊すると潜行艇を再び懐中に潜らせた。

 「さて、どこに行くかな……」

 リビングのソファに座り、ディスプレイに、海底街の地図を映しだした彼

は、呟いた。

 「どこ行こうか?」

 突然、背後から声をかけられ、ユウトは跳び上がりかけた。

 振り向くと、カアーナだった。

 「おまえ、どうしてここに……森はどうしたのさっ!?」

 カアーナは涼しい顔をしている。

 「別に、わたしがいなくとも、森は何とかなる。それよりも、わたしを森か

ら堕としたことに対する責任もとってもらわなくてはならないしな」

 「責任……」

 「そうだ」

 重い言葉にユウトは押し黙る。

 「とりあえず、早くどこか行こう。おまえが消えたとなると、ムラクモの人

間がうるさい」

「……そうだな」

 ユウトは同意した。

 今は面倒くさいことを考えないようにする。

 とりあえずの自由はできた。

 カアーナが一緒だが、どこにでも行ける。

 再び浮遊ディスプレイを見る。

 さて、どこに行こう。この神無き世界の。



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