問題は神聖銃士隊だった。
「また総督に叱責を受けるというのではすまないぞ。保険といったが、話を
聞いていると、また危ない橋を渡りそうだ。今度こそ、覚悟しておけよ」
キリトは突き放すように、帰りにユウトに言った。
「あー、また呼び出されるのかー、俺」
帰りのタンクの上で、彼は面倒くさそうに彼方を眺める。
走るタンクには、無言の新たな三人が加わっていた。
「保険をかけると行ったはずだが?」
「だれが呼び出すの?」
「俺だ」
キリトは当然のような態度だった。
ふと、微妙な動きがあった。カアーナの手を、エーレルが抑えたのだ。その
右手は鉈の柄にあった。
「見逃してよ? この三人でいいじゃない?」
新たな同行人を売るような言葉を吐く。
「だめだ。何より、神聖銃士隊は我がムラクモの主力陸戦力だ。それをあの
ざまにした説明はおまえからしなければならない」
宣告を読み上げるように言うキリトは、カアーナ達の動きに気づいていなか
った。
ユウトはため息を吐いた。
「いいけどさぁ、おまえも何か言われるんじゃないの?」
「……何かじゃ済まないだろうな」
キリトは覚悟を決めているかのようだった。
そんな態度や心情は、ユウトには身を破滅させるだけのものとしか思えな
い。
「損な奴だなぁ、相変わらず」
「おまえのせこい身の振り方も変わらないよな」
二人はお互いをみて、ワザと悪意を露わにし嗤った。
ムラクモについた六人は、キリト誘導の元、再び総督官邸に向かった。
ティルモアは、街の外まで付いてきて、そこでムラクモを見下ろすように、
待っていた。
今回は森や焼け、神聖銃士隊も出動したことから、戦いのあらましを浮遊デ
ィスプレイで見た住人が多く、ライディング・タンクは目立った。
彼らを敵対者と見る者、ティルモアに対する勝利者と見る者、様々な視線が
建物や通行人から送られる。
それらを無視して、タンクは進み、中央部の扉をくぐり抜けて、官邸街に入
った。
キリトが先導して、総督官邸に入ると、十分と待たされることなく、執務室
へ来るように秘書に言われた。
ユウトは五人を引き連れて、悠々と絨毯張りの廊下を進み、執務室に姿を現
した。
スラブ系と見られる筋肉太りをしたエジンブラは、不機嫌に煙草を吸いつ
つ、目の前に並んだ面々に険のある目で一人一人を睨み付けた。
「私は、大いに不満である」
挨拶も抜きに、彼は吐き捨てるような口調で言った。
「キリト、一体おまえは何をしていたっ!?」
「申し訳ございません」
「あの、失礼ですが、謝罪する必要があるでしょうか?」
場違いに飄々としたユウトが、口を挟んだ。
「貴様、ユウトっ! 己の所業も理解できんというのかっ!」
エジンブラは怒鳴りつけた。だが、相手に効果は無く、涼しい顔をしてい
る。
「神聖銃士隊のことでしょうか?」
「色々あるが、それが最も重要な点だ。我が神聖銃士隊を堕とすとは、どう
いうつもりで行ったっ!? 事と次第によれば貴様は即刻、銃殺だっ!」
大声を張り上げると、荒い息をして、なんとか自分を落ち着かせようとする
様子を見せる。
「ティルモアに対する、最後の手段でした。我らに敵対する街の堕とされた
獣人です。森の手前で阻止出来たのは幸いでした」
「そんなことは、聞いてはいないっ!」
「ムラクモのこの島での驚異といえば、ティルモアでしたから。今回、そこ
から来た方々を、私が我らムラクモの友人として迎入れることになりました」
「何だとっ!?」
「つまり、ティルモアも私達の味方です」
「……貴様、森の次はティルモアか……っ!?」
「ティルモアは、自分の意志でムラクモを制圧しようとしてました。私が敵
対者として招き入れたわけではありません」
「……貴様ら、名前は?」
エジンブラは何とか落ち着き、新しい面々の三人に尋ねた。
彼らはおのおの答えた。
唯一、アーソングだけは、ソルレールという偽名を名乗ったが。
「控えよ、私はティルモアの予言者フージェなるぞっ!」
最後に、少女は尊大な態度を示す。
「予言者……?」
エジンブラは、思わずユウトに鋭い眼光を浴びせた。
「必要でしょう、総督閣下も。予言者という存在は」
落ち着いているユウトは、フージェにフードを脱ぐように指示した。
巻き毛で白磁の容姿を眼前に晒された時、エジンブラは一瞬、唾を飲み込ん
で喉をならした。
ミカルの面影を思い出される容貌をしていたからだった。
「……何を考えている、ユウト?」
彼は再び元神聖銃士隊の堕天師に顔をやった。
「それは、こちらがお尋ねしたいですね、総督閣下?」
ユウトはわざとらしくとぼけた。
「ティルモアに予言者。それが、我がムラクモの支配下に入ったというのだ
な?」
「その通りです」
「キリト」
「はっ!」
ずっと直立不動だった彼は、呼ばれて勢い良く返事をした。
「本当の話か?」
「……はい。事実です」
エジンブラはそう答えられると、難しく考える様子で煙草を吸って押し黙っ
た。
「我々は、カロキをどうにか、抑えなければなりません」
ユウトの言葉だが、娘とカロキに関係があると匂わせたのは、エジンブラ本
人である。 「それは、わかっている」
「では、予言者が我々の味方になるという点のメリットをご理解なされます
ね?」
「……一応な」
すでにユウトペースだった。
「今まで火の粉を払って来ただけですが、私は最終的にはクライのカロキを
一掃します」 「貴様が……?」
「はい」
青年は力んだ様子を一片も見せなかった。
エジンブラは再び沈黙すると、やがてルージェに向き直った。
「フージェ様、予言者様とは知らず、信仰の欠片なく冒涜めいた言葉を吐い
たことをお許しください。私はエジンブラ。ここ、ムラクモを管理統括させて
いただいている者です」
フージェは頷いた。
「哀れなるエジンブラよ。私はそなたの無知を許そう」
「それで、ここにいらっしゃっていただけるのでしょうか?」
「それは、ユウト次第だな」
聞いて、エジンブラは瞬間、苦い顔になったが、すぐに生真面目な表情を作
る。
「わかりました」
彼は再び煙を吸って吐き出すと、青年にチラリと目をやって戻した。
「ところで罪深き姿となった神聖銃士隊ですが……」
「あれはあれで良いのだ。しかし、支配権は堕としたユウトにある」
「……貴様……」
エジンブラは、ユウトを殺意を感じるほどに睨み付けた。
「仕方なかったのです」
彼は視線を真っ向から受けてもたじろがず、その上からまだ被害者じみた言
葉を吐いた。
「……いいだろう。特別に、今回も不問に処す。そのかわりユウト、貴様は
キリトの指示を仰ぐように。キリト、貴様は逐一この男の行動を報告するよう
に」
まだ油断してないことを示すように、エジンブラは煙草の匂いを執務室に充
満させながら、そう命令した。
キリトは背を伸ばすとかかとをカチリと鳴らして敬礼した。
青空からさす太陽の光の下、道ばたでは子供達が、集まってはしゃいでい
る。
今日もティルモアは時間がくると、各商店が店を開き、客引きの声に余念が
ない。
フージェは、その頃にやっと目を覚ました。
「おはよう、クールピー」
部屋飼いの黒毛雑種の子犬に挨拶する。
両親で町外れに修理屋を開業しており、客が様々な壊れた品を持ってきて
は、彼らは慣れた様子で元の動く者は稼働し、汚れた者は綺麗に直していた。
「おはよう、フージェ。忙しいから、ご飯だけ用意してあるよ。ちゃんと食
べなさいね」
母親は彼女がリビングに降りてくると、作業場から声を投げかけてきた。
「はーい」
いつもと変わらない日だ。
だが、それも午後までだった。
天候が急に悪くなった。どす黒い雲が、空を覆い出したのだ。
そこに黒い羽根を持ち、野獣の頭を持った獣人のような存在が、多数、降り
てきた。
「この土地を誰の土地と考える、人間どもよ」
獣人の一人が、そんなに大音量ではないはずな声なのに、街中に聞こえる声
を出した。
唐突に、路上の人々が悶え出した。
フージェは、窓からその様子を見ていた。
やがて外の人々は、急に土気色の肌に成ったかと思うと猫背に背中を丸め、
近くの者に腕を振り回し、道端の棒を拾い、互いに襲いかかりあった。
「何事なの!?」
クールピーが、激しく吠える。
みると、同じくまるで魂を抜かれたような両親が、それぞれ手に金槌とノコ
ギリをもって、フージェの部屋に入ってきた。
「邪魔するな愚か者がっ!」
苛立った声が外から響いた。
「パパ、ママ、どうしたの!?」
フージェは混乱して、壁際まで引いた。
父親は金槌を振り上げて、フージェに近づいてきた。
その時、窓が割れて光が差した。
「お助けを……悪魔が、悪魔が来ている」
それは、光の羽根をまとい、頭上に輪を載せた姿の性別不明な人の姿だっ
た。
悪魔が来ている!?
フージェは、両親と天使、互いに目をやった。
「主よ……我らを救い給え……」
フージェは、決心する。
「…主よ…我らを救い給えっ!」
フージェは叫ぶと、机の横にあった護身用のナイフを、金槌を持ったゾンビ
の顔に突き立てた。
ゾンビは悲鳴を上げて、後ずさり外に出て行った。もう一体には、うち捨て
られた金槌で、動かなくなるまで何度も頭を叩きつけた。
血に染まって荒い息をしている少女に、天使は目を向けた。
「……哀れな子よ。せめて、主の言葉だけでも聞かせてやろう」
天使は彼女の額にキスをした。
途端、フージェの頭の中に見知らぬ声がした。
「フージェよ。ティルモアは堕落しかけている。おまえが守るのだ……」
「主よ……」
フージェは、涙が止まらなかった。
それは、街が悪魔に襲われたからではない。神の言葉を聞いたからでもなか
った。
潜行艇の中で、フージェは跳ね起きた。
気がつくと、目が涙で濡れていた。
彼女は、Tシャツにロングスカートとという姿のまま、ベットの上で寝てし
まっていたようだった。
時計を見ると、午後二十三時だった。
お腹が減っている。
部屋を出ると、キッチンのあるリビングに入った。
そこには、エーレル以外の全員が集まっていた。彼女の代わりに知らない子
が一人いる。
どうやら、酒を飲んでいるらしい。
「おはよう、フージェ」
ユトレが気さくに声をかけてきた。
「あなたが……ね」
初めて見る少女が、無遠慮な視線を向けて来ながら言った。
「はじめまして。フージェといいます」
対抗するように丁寧に挨拶する。
「はじめまして。私はミルカよ。気楽にそう呼んでね。ちゃんもさんもいら
ないから」
タンクトップでショートパンツの少女は、言うと身体をソファに再びもたれ
させた。
どうやら、キリトは悪酔いしているらしく、赤い顔に怒りの表情を浮かべて
いる。
ユウトはいつものごとく飄々と、アーソングは呆れたようにしていた。
「無謀かなぁ?」
とぼけた風もなく、本気でそう思っているかのように、ユウトは途切れてい
た話しを再開した。
「当たり前だ。しかも、神を引き連れていくなんて狂気の沙汰だ」
今日も、キリトの飲酒には遠慮が無い。
酒癖の悪さにも変わりはない。
「でも、それしか方法は無いんだよ~」
ユウトのは、ひらひらと形容するのが最も表現に、似合った口調だった。
「しっかし、似てるね、あたしと」
ミカルはそんな騒ぎを気にもとめずにフージェに言った。
「うん。なんか失礼だけど、他人の気がしないね」
「失礼なんかじゃないよ。うれしいな、そういってくれて」
フージェのしゃべり方は、いつの間にか砕けて、頷いていた。
満面の笑みでミカルも同じ動作をする。
キリトとユウトの会話が聞こえてくる。
「それに、実際問題、神聖銃士隊もいる。堕天師もいる。問題ないじゃな
い?」
「……おまえ、最終的に何を企んでいる?カロキを潰すだけとは思えん
ぞ?」
「仕事だよ。依頼人のね。それ以上でも以下でもない」
キリトは、ミカルに目をやってから、押し黙った。
「何の話しをしてたの?」
フージェが空いているソファに座り、彼女に訊く。
ミカルは、フルーツ・ジュースを彼女に運んできて、正面の同じソファに腰
をかけた。
「クライ島に行くって言うのよ、ユウトが」
訊いたことがある。というより、有名だった。
最近、カロキ統一戦線と協力態勢に成ったこともフージェは知っている。
「それで、キリトがいつものごとく、反対してるわけ」
うんざりと、ミカルは首を振る。
「クライ島にカロキかぁ。微妙よねぇ……」
予言者として、フージェが言った。
人間支配の世界とは、大洪水以前に戻ることだ。
そこには、神も悪魔も予言者もいる。
「ミカルには、この島に残ってもらうよ」
「ちょ、どういうこと、それ!?」
ユウトにミカルは抗議の声を上げる。
「君が帰るべきところはムラクモだ。それに、今回のエジンブラの思惑から
したら、そのほうが都合が良いんだ」
「父上の思惑って何よ?」
「……なるほど。帰したほうがいいかもね」
フージェは頷く。
「あなたまで!? 説明してよ!」
ユウトはソファにもたれて楽な姿勢になり、キリトと同じウォッカの壜から
自分のタンブラーに中身を注いだ。
そして、一気に半分ほど飲むと、息を吐く。
「はー。知りたいの?」
「知りたい!」
「変なことしないって約束する?」
「変なことって何よ?」
「非常識なことだよ」
「いいよ、約束する」
ミカルは話しを聞きたくて、返事を早めていた。
ユウトはさらに、酒に口をつけた。
「……エジンブラがどうして、ムラクモの島に来たか。それは、一時の作業
のための時間稼ぎなんだよ。彼は神を水底で捕らえた。そして、堕天させる方
法も学んだ。いよいよ、彼は、次のステップに向かおうとしている。それは、
人に神を堕とすこと。神人を作ることだ。だが、それは、普通の人間には耐え
られない。ミカル、君にはフージェと同じ、天使の血が混じっているんだ。神
を堕せるとしたら、天使の血を持つ人間じゃないとならない」
「わたしに、神を堕とす……?」
「そうだ。エジンブラは神人を娘に持つ父として、彼は神の父になる。そし
て、艦隊だけじゃない。カロキをも支配しようとしているんだ」
ミカルは、とてつもない話しに、言葉がなかった。
やがて、変なことをするなという意味がわかるほどに怒りが沸いて来た。
だが、感情を押し殺し、なんとか平静を保つ。
「じゃあ、ユウト達はクライに行って、何するの?」
「神を見せる」
「そして?」
「カロキの過激闘争を止めさせる。クライに入ったイプージーザ号は、豪華
客船に見せた、ミサイル艇母艦なんだよ。そして、うちらは争いあっている」
「……わかったわ。私を協力者に仕立てあげようとしたカロキから助けると
いう依頼は、ちゃんと果たすのね?」
「もちろんだとも」
「もう一つ依頼するわ」
「ミカル……」
「安心して、無理難題じゃないから」
彼女は続けた。
「ちゃんと、ムラクモに帰ってくること。逃げちゃだめだからね」
ユウトが何も言えないでいると、突然、顔をちかづかせて、少女は彼にキス
を
した。
「約束ね」
言って、リビングから部屋に戻っていった。
「参ったな……」
カアーナの冷たい視線を避けながら、ユウトは呟いた。