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第7話

「あれがムラクモだ、フージェ」

 フードを被り杖を握った少女に、アーソングが言った。

 小高い丘の上で、アカシアの森を越えて、海岸沿いに構築物が建てられてい

るのが見渡せた。

 「あそこに我が主がおられるのですね?」

 「ああ、いた」

 「ならば、来た甲斐がありました。私が主を解放しなければ……」

 「おいおい、慌てんじゃねぇぜ? もし、そんな気なら、ムラクモの連中と

やり合わなきゃならない」

 「大丈夫です。私は予言者。主、神の力を委ねられた者。それに天使のお二

方もいらっしゃる」

 アーソングは、頭を掻いて、参ったという目でエーレルを見た。

 彼女は、おやつ代わりに干し肉を口で千切り千切り、咀嚼していた。

 「……敵は多分、神聖銃士隊だ。別に恐れるに足りねぇ」

 妙な自信を放つ彼女だった。

 「それだけじゃねぇな……」

 回転演算機を見ながら、アーソングは言った。

 「あの森、怪しいぜ?」

 「森? 確かに意志を持った巨木はあったけどな。それだけじゃねぇの

か?」

 エーレルは、簡潔に訊く。

 「今は、全体が意志を持ってやがる。ムラクモに行くのに、まずあそこを通

らなきゃならないんだがな」

 「なら簡単だ」

 水筒から水を飲んだエーレルは、続けた。

 「燃やしてしまえ」

 緑色の瞳で見下ろしながら、はっきりと言い切る。

 「ふむ。いいかもしれねぇな。ただ、出てくるぜ?」

 「堕天した者ね。余裕だよ」

 「まてよ、相手の正体はわかるが、何が相手かわからねぇぞ?」

 「何だって構いやしねー」

 干し肉を歯と手で食い千切りながら、エーレルはいう。      

「我らには、ティルモアがいます」

 都市と分離されていた、フージェが自信たっぷりと宣言するように言う。

 彼らの背後からその姿を、巨大な影が覆った。


炎が上がり黒煙が風にながれていくと、 アカシアから次々と黒い影が飛び

出してきた。

 丘の上にいる三人は既に発見されているらしく、から等は真っ直ぐ、向かっ

てくる。

 ダークエルフの群れだ。

 一定の距離まで来ると、彼らは弓で矢を雨のように放ってきた。

 鋭く一直線に飛来する矢は、アーソングの電磁シールドで、全て防がれてい

た。

 「神ならぬ存在よりい出し、邪悪な存在め……」

 フージェは憎々しさを隠しもしていなかった。

 「ティルモアよ。滅ぼせっ!」

 少女は杖をダークエルフに向けて突き出した。

 「なんだよ、もうあいつの出番か? あれぐらいのダークエルフぐらい、堕

としてもいいんだが」

 「邪悪な存在は、生かしておかず、滅ぼすべしです」

 どうやらこの少女は、かなりの激情家らしいと、隣にいた二人は思った。

 咆吼がした。

  人に似た姿の割に、足が短く腕が長い堕天士となったティルモアはゴリラ

のように手を地面に着けていた。灰色と赤の肌は何も着ていず、ずんぐりとし

た身体は、五メートルはあった。まるで、獣人といってもよかった。

 ティルモアの周囲から、猫背で腕の垂らした群衆が現れた。

 彼らはやや遅い足取りで、矢の降る中をダークエルフに近づいてゆく。まる

でゾンビだ。

 ゾンビのような彼らは頭が三つで六本の腕を持ち、矢を喰らっても倒れず、

相手の真木かまで迫った。

 ダークエルフ達は腰の剣を抜き、彼らに一斉に踊り掛かった。だが、ゾンビ

は、腕を切られても首をはねられても、動けるならば全くダメージとならない

家のように、手に持ったそれぞれの武器を使う。

 ティルモアが咆吼するたびに、ゾンビは殖え、彼は、やや姿勢を前のめりに

した。

 口を開くと、喉の奥から輝きが灯った。

 轟音が響くと、ティルモアの口から巨大電磁波砲が放たれ、森の一部が削り

取られるように吹き飛ぶ。

 ダークエルフ達の一部は、それをみて動揺した。

 そこに森の各地から、地響きが鳴だした。

 単座で対堕天システム対抗装置をはめた重装甲と無限軌道の、巨砲を持つラ

イディング・タンクが、森のあちこちから、姿を現した。

 「なんだ、あいつ等……」

 フージェが、砲を警戒する。

 アーソングが舌打ちする。

 「神聖銃士隊だ。ムラクモの奴ら、出てきやがったか」

 「……丁度良いじゃねぇか。どうせ、ムラクモ堕としに着たところだ」

 珍しい小石を見つけたかのような程度の調子でエーレルは言う。

 「行くのか?」

 アーソングが、軽く目をやる。エーレルなら、あのライディング・タンクを

生身でも相手出来るだろう。

 「神に反逆する悪魔達め。相手は私共にまかせて貰います」

 フージェが激しかけているのがわかる。

 猪突猛進タイプだなと、アーソングは思う。

 だが、これが神が言ったティルモアに行けの結果かと思うと彼は考えざるを

得ない。

まだ、全くその意図が読めないでいるのだ。

 挙げ句、戻ってみれば森が堕とされており、ムラクモに近づけない。

 アーソングは、軽く混乱していた。

 ティルモアが全身に光を瞬き走らせながら、電磁波砲を連発する。

 ライディング・タンクが、数両、爆発炎上する。

 接近してきた戦車は、次々に砲撃を始めた。

 ティルモアの身体の一部が爆縁にがかき消えるが、煙がはれてみると、全く

ダメージになっていないのがわかる。

 そこに電磁波砲が稲妻のように下され、ライディング・タンクが破壊され

た。


 「あーあ。これは、もう、大変だ……」

 ムラクモの城門から離れた場所まできたユウトが、まるで他人事のように呟

く。

 「大変などという場合を過ぎているっ!」

 キリトは怒鳴った。

 「俺たちも急いでいくぞっ!」

 浮遊ディスプレイでを二個開き、前線と相手の三人を映しだすと、早速飛び

ださんばかりになった。

 「まてよ……」

 ディスプレイを操作始めたユウトが、彼を止める。

 ミカルを連れてくる分けにはいかない。いまいるのは、もう一人、カアーナ

だった。

 その彼女は、森が燃えているというのに以外なほど、冷静な様子だった。

 明きらかに、ユウトの落ち着きの影響だとわかると、キリトは機嫌が悪くな

った。

 だからといって、幼なじみの元戦友で今は監視役兼相棒の邪魔をする気には

全くならなかったが。むしろ、こういうときこそ冷静に、ユウトと相手出来

た。

 「相手の解析か」

 「それだけじゃないけどねぇ」

 ユウトは、しばらくの間、といっても十分もかからなかったが、タッチパネ

ルを素速く操作して、唐突に指をとめた。

 「よし、準備完了」

 彼らは一台だけ、ムラクモからライディング・ホースを持ってきていた。

それは、神聖銃士隊の物ではなく、ユウトが個人的に所蔵しているおものだ。

 全員、上に座り込み、操作は浮遊ディスプレイで行う。

 「相手は神と通じる者とかなりの腕の少女、最後に堕天師でカロキ所属だ。

大物だぞ」

 「神と通じる者……だと?」

 「多分、このティルモアの化け物と関係ある存在だな」

 ユウトは短時間でそこまで調べていた。

 カアーナは、無言でディスプレイのティルモアを睨む。

 黙って大人しくしているが、相当に激してることがわかる。

 「カロキと神と通じてるって、どういう関係なんだ?」

 「さてね。全くわかんないわ」

 キリトにユウトがあっけなく簡単に答える。

 「まぁ、行ってみればわかる」

 ライディング・ホースは高速で既に森の中、半ばまで進んでいた。

轟音と喧噪が、外に近づくにつれ、辺りの音を満たしだす。

 森の外。ムラクモの神聖銃士隊とダークエルフの最後尾に姿を現した彼ら

は、ライディング・ホースを止めた。

 ユウトが立ち上がる。

 「カロキの堕天師が、ムラクモ破壊にでもきたのですか?」

 敵対者でもというより、敵対相手のほうが敬語になるユウトである。

 「ほう、何者かね? 私を知っているのか?」

 アーソングは多少警戒しながら、知られていたことに多少の喜びを感じてい

るようだった。

 「……俗物が」

 エーレルが呟いたが、聞こえなかったらしい。

 「元神聖銃士隊のものですよ」

 答えると、アーソングは戦場と化した一面を見渡した。

 「その銃士隊はそろそろ、限界のようだが。おっとダークエルフもいたか。

そろって、我々に降伏にでも?」

 「目的次第で、話し合いが出来るかも知れません。とりあえず、要求を」

 ユウトが言ったがと、その時ライディング・タンクからカアーナが走り出し

ていた。

 彼女は、腰の後ろに吊した長めの鉈のような刃物を抜き、ゾンビを斬り、相

手に向かって道を造っていった。

 森を焼かれた怒りは、抑えがたがたかったのだ。

 だが、死ぬことの無いゾンビ達は、彼女に群がって、その駆け足がだんだん

とゆっくりになり、やがて立ち止まって、鉈を必死に振り回す事態になった。

 「馬鹿野郎が……援護を頼む」

 キリトもユウトの側を離れ、カアーナの救出に走り出した。

 ライディング・タンクは、カアーナの周囲に砲弾を手中した。

 操作を片手で視線もやらずにやってのけているユウトは、神聖銃士隊のタン

クの様子を確認した。

 五分の一がやられているが、戦力としては十分なものではある。問題はティ

ルモアだが。

 キリトは手にしたブロード・ソードですさまじい剣技をみせ、ゾンビ等の手

足を一瞬で断し続け、次々に肉塊を造っていった。

 それをみて、エーレルがニヤリと笑った。

 「私は行くぞ」

 彼女は刀を肩に掛け、丘を歩いて降りていった。

 「……勝手なことを」

 アーソングは不快気に舌打ちした。

 このまま放って置いて、ティルモアにまかせておけば、何の問題もないのだ

 奥におるままの男は、見るからに弱々しい。元銃士隊だとは、とても思えな

い。

 キリトはカアーナのところまで来ると、群がるゾンビを、なぎ払った。

 「一人で無理するなっ!」

 「黙ってられるかっ!」

 怒りに満ちた声が返ってきた。

 「それでもだっ! さっきまでの自分の惨状を見ろっ!」

 「別に貴様などに助けを求めていないっ! 恩擬せがましいのだ、いね

っ!」

 「そんなわけにはいかないだろうがっ!」

 「痴話喧嘩はその辺にして、私と一番、相手してくれないか、青年?」

 見ると、紅い余裕のある衣服を着た、背の高い少女が、彼らの前に立ってい

た。

 キリトは向かい直り、相手をじっと睨むと、ブロード・ソードを構えた。

 エーレルは、身体を低くすると、そのまま一気に跳び込んできた。

 上からのキリトの斬撃を半身になってかわすと、鞘を後方に引き、刀を抜い

て腰から斜めに斬りおとそうと振ってきた。

 キリトは、彼女が鞘を引き抜いたところで三歩以上、後ろに下がっていて、

その一刀を避けていた。

 あまりに早い、太刀筋だった。

 二人は互いに剣と刀を振りながら、その前段階でよけるという、舞のような

争いを始めた。

 「ほう、やるじゃないか、あの若いの」

 アーソングは見下ろしながら、一人呟いた。

 完全に彼の意識からは、ユウトは抜いていた。

 「ティルモア、あいつだ。消し去れ」

 フージェはそんなことはないらしく、巨大な獣人に命令した。

 ティルモアから視線をくれると、ユウトは慌てたかのように、一瞬無限軌道

を空転させつつ、その場から移動を始めた。

 「おい、無駄だ、止めておけ」

 アーソングは嗤って言う。

 「神が彼こそムラクモで、始末するべき人物とおっしゃっている」

 フーフェは答えた。

 「あー、あれが……?」

 どっちにしろ、圧倒的なのは、アーソング達だった。

 ムラクモとアカシア勢が撃退されるのも時間の問題だろう。

 ユウトはキリトを無視することにした。最初は説明するつもりだったが。

 「出番か?」

 彼自身の口が動いて言った。

 「そうだ。やってくれ」

 「わかったぜ」

 一人芝居めいた確認のあと、急に神聖銃士達の様子に変化が見られた。

 「なんだとっ!?」

 アーソングは、彼が何を始めたのか理解して、驚きの声を上げた。

 ユウトは神聖銃士隊をライディング・ホースごと、堕としたのだ。

 彼らの形状が歪むように変化してゆく。

 「どうしたっ!?」

 飛び回りながら、キリトは仲間の様子に気づいた。

 「おやおや~」

 すとんと、一時足を止めて、エーレルは辺りを見渡した。

 「なんか、やばいかね?」

 自問した。完全に勘だったが、外れたためしの無いものだった。

 神聖銃士隊を載せたライディング・ホースは、しょう気を放ちながら、装甲

の身体は明らかに生物のそれとなっていた。無限軌道は六本の足に成り、砲身

は鋭く尖って鋭い眼球とのこぎりのように歯が並んだ正面の底に端から端まで

裂けるような口が涎をたらしていた。

 「ユウト……っ!?」

 キリトは怒りと驚きのため、名前を叫ぶのがやっとだった。

 よりにもよって、敵ではなく神聖銃士隊を堕とすとは、何を考えているの

だ!?

 「貴様っ!?」

 彼はユウトのほうを振り返ろうとした。その目の前を、ふらりとエーレルが

塞ぐ。

 「おっと。相手は私じゃなかったのか?」

 嗤っている。

 キリトは怒りにまかせてブロード・ソードを振る。

 常に間合いの一歩後ろを確保しながら、エーレルは余裕の態度で刀を眼前に

突きつけて、切っ先をくるくると回した。

 「動きが雑になってるぞ? 死にたいか?」

 「うるさいっ!」

 「あー、キリト~、悪いね。これしか方法がなかったんだよ」

 それは弁明というより、説明だった。

 神聖銃士隊は、砲撃をやめその足で、わらわらとティルモアに接近していっ

た。

 近づくゾンビも至近距離に限って砲を放ち、その身体を四散させる。

 ティルモアが、電磁波砲を放つ。

 数体のライディング・タンクが吹き飛ぶが、残りの部隊は全く構わずに至近

まで来る。

 鋭い砲身の狙いを付け、彼らは続々とティルモアに跳び付いた。

 身体の至る所に砲身が突き刺さり、ティルモアはもがきながら、細かく一体

一体を手ではぎ取ろうとする。

 だが、鈎上の切っ先を持つ足が深くめり込み、なかなか身体から離れない。

 そうしているうちに、ライディング・タンクは零距離射撃を次々と行った。

 ティルモアの全身至る所で、血と肉が破裂する。

 「おい、やべぇんじゃないのか?」

 アーソングが、フージェに心配げに言う。

 少女の顔をのぞき込むと、怒りに燃えた表情がそこに浮かんでいた。

 「悪魔め……。仲間まで堕天させ、神の御心から隔離した上に、その御使い

でもあるティルモアを、あんな目に……」

 ティルモアも堕天した姿だが、フージェには関係無かったようである。

 「ティルモアの方、もしよろしければ、お話しませんか?」

 唯一のライディング・タンクを戦場の縁に走らせながら、ユウトが提案して

くる。

 「あ、話しは訊くから、この虫みたいなのをどうにかしてくれ……!」

 アーソングは、とうとう声に反応した。

 「張り付かせたまま、攻撃をしないというなら、できます。その代わりティ

ルモアも動きを止めるように。そして、森の炎を消すように」

 「クソっ!フージェ、一旦停戦だ」

 フージェは返事をしなかった。

 「フージェっ!」

 アーソングが強く叱るように言うと、歯軋りが聞こえたと同じくして、少女

は頷いた。

 「停戦だ。一旦、双方、戻れっ!」

 彼は大声で、戦場に向かって行った。

 ゾンビ達は動きを止めて、エルフ達も立ちすくむようにしてから、森の近く

に帰って来た。

 炎は、ティルモアの電磁波砲で打ち消された。

 もちろん、ユウトの許可が下りてからだった。

 「ふん。褒めてやる。なかなかやりやがるな、おまえ」

 エーレルは、刀を背負っていた鞘に収めた。

 彼女の相手にとても生きた心地がずっとしなかったキリトは、脱力するよう

な息を吐いた。二度とやりたくない、とてつもない刀の使い手だ。

 だが、すぐ我に返ると、カアーナに近づいた。

 「大丈夫か?」

 「……ああ、すまない……」

 カアーナは素直に言うが、彼に視線をやらなかった。

 「気にするな。……さあ、ユウトのところに行こう」

 頷いた彼女は、はっとしたように青年を捜した。

 両陣営の真ん中を進み、ティルモアの足元にゆっくり進んでいるライディン

グ・タンクを見つけたとき、安心した様子で肩の力を抜いた。キリトは、そん

な彼女をチラリと見下ろしながら、一抹の寂しさを味わっていた。

 三人は集まって、ライティング・タンクに乗り上がった。

 「……貴様、今度のはミルカ様の件に匹敵、いや、問題として浮き出る以

上、覚悟を決めて貰わなきゃならないものだぞ」

 カアーナの手前、「死」に関連する言葉を選んで使わず、キリトはユトレに

警告した。

 「しかし、他に手はなかった」

 「大丈夫か? ちゃんと保険は掛けてあるんだろうな?」

 カアーナはいつの間にか、ユウトだけに意識を集中するようになっていた。

 「問題ないよ。これから作るからさ」

 のん気に言う、ユウトだった。

 ライディング・タンクは、アーソング等の立つ丘の上に到達した。

 「さて、初めまして。私はユウト、堕天師業を行っている者です。そちら

は、カロキ統一戦線の幹部、アーソング様とお見受けしますが……」

 物腰柔らかいユウトに、アーソングは思わず警戒を忘れるところだった。

 だが、どうも強くは出れない。

 「よく知ってるな」

 「有名な方ですから……」

 笑みに邪気はない。

 「そちらは、神の予言者フージェ様ですな。初めまして。汚れた者として、

お会いするのは恐れ多いことです」

 先ほどフードを被った少女は無言だった。

 「停戦は、わかるが我々は神に導かれやってきた者だ。貴様等とは多少立場

が異なると、、認識してほしいな」

 牽制するようにアーソングは居丈高丸出しにした。

 「理解しております」

 ユウトはそつない。

 「そして、何故、フージェ様が選ばれたかも」

 この言葉に疑問を覚え、フージェは顔を上げた。

 「フージェ様。突然の質問をお許し下さい。本来、神に選ばれ、堕天とはこ

の悪魔が作った世界から見れば、祝福に近いもののはずです。だというのに、

ティルモアはなぜ、このようなまるで獣人の姿をしているのです?」

 「……それは……」

 思わず、アーソングに目をくれる。

 彼もその点は、理解外で意識しなかった意外な事実だった。

 「……天使様が堕天されたのです。こうなるのは当たり前かと……」

 フージェはやっと答えた。

 「アーソング様。妥当ですか? 貴方は悪魔としてティルモアを堕天させた

のですか?」

 すぐには回答出来なかった。

 困っている中年男性を見て、ユウトは頷いた。

 「問題はフージェ様にあるのです。貴方の心が、ティルモアをこのような姿

にしたのです」

 「……何を突然、わかった風な口をするのですか、堕天師風情がっ」

 いきなり、フージェは鋭いが弱々し気な口調で抗議した。

 激した少女を相手にせず、ユウトは、アーソングに目を移した。

 「ある意味、我々に神が遣わせたのが、貴方がたでしょうね。神はムラクモ

に居るのですから」

 「貴様、どこまで何を知っている……?」

 警戒せざるを得なかった。この無害そうに見える青年は、何かを持ってい

る。アーソングに、危険なものだと直感させた。

 「クライにイプジーザが入りました。たぶんカロキに、全面協力するでしょ

う」

 「……それで?」

 「あなたが、神を求めた理由は何だったでしょう?」

 全てを見透かすような言い方に、アーソングは相手に嫌悪感も加えた。

 「確かに、我々の街、ムラクモに神は仰されております。しかし、望みの立

場では無いらしい。力も使えず、無力な存在になっております。」

ユウトは続ける。

 「神を捉えたのは、我が街の総督で潜行艦ムラクモ艦長、エジンブラ」

 次々と変わる話しの主題に、皆がついて行けない。だが、アーソングだけ

は、わかっているようだった。その為か、ユウトの口は止まらない。

 「そして、フージェ様。過酷な役割をお疲れ様です。決して報われることが

ありませんが、あなたの存在は無駄ではありません」

 「……どういうことです?」

 「あなたは、犠牲になる寸前だったのです。堕としたはずの神を、人体に堕

とす。そんな目的を持った存在が居るのです。あなたは、代わりとしてムラク

モに連れてこられたのです」

 「代わり? 私は予言者だっ! それに代わりもなにもありませんっ! 神

は私と共に居ますっ!」

 フージェは必死になって叫んだ。

 「このままでは、身代わりとして、あなたは身を滅ぼします。その前に本来

の役割の人物に戻って貰い、エジンブラの意図を阻止する必要があります。も

ちろん、戻ったあとにもやることはあるのですがね、アーソングさん」

 ユウトは聞いてなかった。

 頭を掻いたアーソングは、フージェの頭に手を置いた。

 「で、その本物は誰だ? そしてエジンブラの意図というのは?」

 「本物は、ミカル。エジンブラの娘です。そしてエジンブラの意図というの

は、神を人間に堕とし、神人を作ること。天使でも悪魔でもない、新たな地上

の支配者として」

 「神人……だと?」

 「不老不死で創造の力を持った、天使を超える存在ですね。それこそアダム

ですよ」

 「……私は……」

フージェは明らかに困惑していた。

 選ばれた預言者と自称するには、その神人とならねばならない。それは、度

を超えた欲望に思えたのだ。

 「だから、あなた方の役目はティルモアに住む、預言者フージェを我々の元

に返して貰うことだったのです」

 「……そういうことか」

 アーソングは納得したように頷いた。

 「よって、これ以上、我々が争う理由はありません。お互いに剣を納めよう

ではありませんか」

 「良いのか?」

 今まで黙って聞いていたエーレルが、アーソングに聞いた。

 「構わない」

 「だが、フージェは不満だろう」

 言われた少女は、複雑な表情になった。

 「で、イプジーザのことで、アーソング様に相談がありす」

 「……乗ろうじゃないか」

 正体を把握されているアーソングには頷くしかなかった。

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