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第6話

 「クライ島?」

 カアーナは聞き返した。

 相変わらず、ムラクモの水面下を回遊する潜水艇の中である。

 時計は午前二時。酒に潰れて目を覚ましたキリトが訊いてきたのだ。

 「ああ、あの島のことでどれぐらい知っている?」

 疑問という、確認めいた問いの様子だ。

 アルコールはすでに抜けているらしい。

 起きてから、狭いシャワーを浴びてきたばかりだ。黒い髪が、濡れて艶やか

に光っている。

 「確かに伝聞では訊いている。が、おまえのほうが詳しいのではないの

か?」

 「……今、偵察に行くこともできないし、情報は三ヶ月前の古いものだ。そ

れで、確認のために知っておきたい」

 カアーナは、少し思い出すように間をおいて頷いた。

 「もともと、油田採掘場を改造した船の集合体。そこには様々な人々がいる

が、治安は最低レベルだ。そして、お前らの言うカロキ何たらが、勢力を振る

っている様子だな」

 「近いうちに出向した船はないか? もしくは合流した船」

 「合流した船ならある。大型客船だな。それもド級の」

 「……イプジーザ号……」

 「文字は?」

 キリトは、テーブルに水滴で描いてみせる。

 「それだな」

 カアーナは頷いた。

 「ところで、寝ないのか? おれが起きるまで待ってるなんて……」

 彼女に尋ねる。

 「なにか、勘違いした?」

 「勘違いとか、そんな……」

 キリトは、思わず俯いて水滴を拭いた。

 後頭部を見下ろして含んだ笑みを浮かべた。

 「ごめんね。私には、決まった人がいる」

 「え? 決まった人って……昨日生まれたばかりだろう。確か」

 生まれた時期など、妙なところで鋭い。ユウトは確かにはっきりと言っては

いない。

 「よくわかったな。昨日生まれたと」

 「あの森にエルフもダークエルフもいない。それが突然、おまえが番人とし

てでてきた。恐らく、アカシアとして堕とされた時に、出現した者だろう」

 「その推理力が、何故、さっき生かされなかったか……」

 抉るような言葉に、プライドの高いキリトは顔を紅くして、一気に不機嫌な

顔になった。

 「私はただ、貴様がユウトに妙な行動に出ないか、監視してただけだ。」

 「……誰だよ、決まった奴って」

 今度の問いはワザとだった。彼のもう一つの任務が見透かされているが、敢

えて言及するとヘタな核心を与え兼ねない。

 「あー、良い湯だった」

 部屋に突然、こちらも肌をほんのりと紅に染めた、茶色っぽい髪の少女が、

依然といろ違いのタンクトップにホットパンツで入ってきた。

 「あ、キリト、起きてたの?」

 「これは、ミカル様。お風呂でしたか」

 「うん」

 「しかし、遅いですぞ。もうお眠りになったほうが……」

 ミカルは鬱陶しげに、首に巻いたタオルを取る。

 「うるさいなぁ。昼夜逆転してるんだから仕方ないじゃない」

 「おやおや、賑やかだな」

 後を追うように、ユウトも姿を見せた。

 「おまえ、やましいことしてないだろうな?」

 カアーナが、彼に言う。

 ユウトは疑問系に顔を緩めた。

 「やだなぁ。さすがに……でも一緒に入りたいなら別に悪くは……」

 「ミカル様っ!!」

 キリトが強い口調でたしなめる。

 「そうだ。私の婿だ。変なことはやめてもらおう」

 「婿っ!?」

 言ったカアーナ以外の二人の視線が、ユウトに突き刺さる。

 「ちょ……どういう……っていうか、ふざけるなっ!!」

 ミカルが腰を折り、カアーナに顔を寄せて怒鳴る。

 「ミカル様……」

 「昨日会ったってさっき聞いたわよ、それなのに婿だなんて、おこがましい

っ!!」

 「うるさいな。貴様は何なのだ?」

 細い眉も動かさず、カアーナは平然とした口調で訊く。

 「何って……ユウトっ!!」

 今度は相手を変えて、正面から怒気をぶつけた。

 「は!? え!?」

 まったくわからないといったままで、叱りつけられるような声を浴びせられ

ユウトは一歩、後ずさった。

 「説明して貰いましょうか?」

 ミカルの低い声は、充分、恫喝といった範疇に入る。

 「……それは、俺が訊きたい……」

 言ってカアーナのほうを向く。

 ダークエルフは、妙に艶のある笑みをたたえた。

 「私をこの世界に勝手に引きずり出したのだ。それなりの責任を取ってもら

わなきゃな」

 「……たかが、そんな理由でっ!!」

 ミカルにカアーナは表情をそのままに目を向けた。

 「なにか、問題でも?」

 「ももももも、問題って、あんた……」

 少女はそこで、押し黙る。

 「俺は知らんぞ、カアーナっ!」

 ユウトがやっと口を開く。

 「なにか、問題でも?」

 全く同じ調子で彼にも問う。

 タンブラーに壜が打ち付けられる音が響いた。キリトが新たにウォッカを注

ぎ出したのだ。

 「……鬱陶しいにも程があるぞ、おまえらっ!!今、どんな事態が起こって

るかわかっているのかっ!!」

 煽るように一気に飲み干した彼は、口では正論を怒鳴った。

 「わからん……」

 「わからないわ……」

 「わからないわね」

 ユウトからミカル、カアーナと三人の意見が一致する。

 キリトは熱い息を吐き、ソファにもたれた。

 「イプジーザ号が、クライ島に入港した。カアーナが確認済みだ」

 多少、座った目で彼は言った。

 「ほほぅ……」

 一人楽しそうに顎に手をやったユウトに比べ、ミカルが深刻そうにキリトの

向かいのソファに座って足を組む。

 「……意外と、早いわね、あの船」

 「話しが見えない。説明しろ」

 取り残されたようなカアーナが言った。傍観者であることを、すでに放棄し

たような態度だった。

 実際、放棄している。森に知らされた情報が少しでも関係あるとすると、黙

っているわけにはいかない。

 「このムラクモが潜行艦だと知っているな、カアーナ?」

 ユウトが話し出した。

 「ムラクモは潜行艦隊の一隻で、本隊は別に存在する。水の中を放浪する民

達のものでもある。正確には第四潜行艦隊と言うが、別の艦隊と敵対関係にも

ある

第八潜行艦隊だ。その住民を主にのせているのが、イプージーザ号さ」

 「つまり?」

 ダークエルフは先を促す。彼は立ったまま頷いた。

 「クライにはカロキ支持の連中が集まっている。イプージーザがそこに入港

したということは第八艦隊がカロキに味方している証拠だ。そして、確実にク

ライは我々の敵対勢力になっている。ここでこまるのが、我々も、クライに興

味があるという点でね」

 ユウトは黙って二杯目を飲んでいるキリトの側までいって、自分用に一杯、

グラスに入れて、軽く飲んだ。

 その間にカアーナは口を開いた。

 「カロキって何の集団なのだ?」

 「純正の人間を守り、後世に残す為の集団だよ」

 「おまえ達も人間だろう。どうして敵対する?」

 「それは、俺達がムラクモに来た理由と一緒になっている」

 カアーナは少し考えた。

 「純真の人間じゃないのか、おまえ達は?」

 「ンー……」

 ユウトは言葉を濁した。

 彼が言葉を選びながら答えようとした時、突然テーブルの上に浮遊ディスプ

レイが浮かび上がり、警告を発した。

 彼はすぐに、内容を映しだすように、タッチパネルの数個を押す。

 それは、ムラクモが敵対者を発見ものだった。

 「説明は、また今度。至急、ムラクモ本土に戻る」

 映像には、三人の人影が映しだされていた。

 ユウトはリビング代わりの広間から、操縦室へ早足で向かった。



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