様々な精霊の球が浮遊して回り、薄暗く照らす長い石造りの空間に、二人の
男女が立っていた。
「さすがに複雑だな……」
手に持った方位盤の様な物をかがみ気味に見ながら、足音の響く中を進む男
は、ダークグリーンのコートに白と黒のハンチング帽を被っていた。
男はやや背が高く肉付きがよく。年齢は35歳くらい。アングロ・サクソン
系風の顔で顎の髭をのばしたそれは、歳の割に苦み走っている。
無言で、彼の後ろから十七歳前後の幼さの残る女性が続いていた。
男の肩口まで、百六十を越えるあたりのスレンダーな身体つきをしており、
その上から、ゆったりとした紺色の上衣とハーフパンツ。足元はバスケットシ
ューズだった。
日本刀を二本、腰に佩いた姿は凛々しい。月を模したブローチで髪を後ろで
縛り、サイドは降ろして肩口で真っ直ぐに切っている。大きな瞳は緑色、顔立
ちは東洋と西洋が見事に混ざった容貌をしていた。
二人は、ムラクモ郊外の地下に居た。
海面部からかなり潜った所で、彼らは二時間ほど底辺部を目指し、迷路のよ
うな通路を歩き回っていた。
「ホントに着くんだろうな。ピクニックって風景じゃねぇぞ、アーソング」
そういう女性が皮肉気な笑みは、地下道へ入ってから絶える事がない。
「エーレルよ、ウチの回転盤演算器は狂い無く動くんだよ。こんなところで
ピクニックとかいうな」
ぼやくように言いつつ、アーソングと呼ばれた中年男は進む。
「ウチのって、それも組織の物だろう?もうウチじゃないじゃんか」
エーレル はまた嗤う。
「うるせぇなぁ。流してくれてる奴がいるんだし、いつかは復帰できるかも
知れないんだよ」
「なんだそれ。未練がましいな。もう落ち着けよ」
「ちったぁ、黙ってろ」
エーレルは鼻を鳴らして、回転式演算器という物をのぞき込んだ。
手のひらサイズで、様々な幾何学的な円盤が重なり、文字が連なった物であ
る。
正直、エーレルには何が何だか解らない。
「それにも憑き物を堕としたりできるわけか?」
訊かれたアーソングは頷いた。
「そのための仕様にしてある。器としては完璧だ。今は主を捜すために方位
を示しているだけだがな」
「へぇ」
エーレルは興味無さげな口調になった。
アーソングの堕天師としての力量は並みの者など及びもつかない程だと十分
に解っているが、今回はターゲットが一つに絞られているため、エーレルに仕
事が回ってきた。
アーソングは元カロキ統一戦線の中堅幹部だった。
だが、最近の品性を求める風潮のなか素行の悪さで、一方的に除名処分にな
ったのだ。
エーレルはわざわざカロキ統一戦線の広報部に連絡して彼の素行を調べてい
た。
会議場で泥酔して幹部に絡む。女性構成員に対する日常的なセクハラ。公金
の無断使用の多さ―借金も含む。などなど確かに面倒くさい相手だ。
肌の露出は多めな方の彼女は、卑猥な視線を向けられた事もたびたびあり、
正直気分が悪くなる。
それでも依頼を受けたのは彼の目的に興味がでたからだ。
彼女の事務所といっても純然とした自宅だが、アーソングが酒の匂いをさせ
たまま、コート姿で現れた。
「このムラクモの地下には、旧戦艦時代の遺物が多く放置されてある。その
中に、核ミサイルもあるらしい。ただ、それは今、放置されている間に憑き物
が憑いたらしい」
ありそうな話しだった。
エーレルは陰で囁かれている噂話の真意を確かめようと、ムラクモの地下に
興味を持った。
「話としてはあったらしいが?」
「それを確認して、もしそうだったなら堕とそうと思う。それで復帰できた
なら、したいと思ってな」
アーソングの答えはとても曖昧なものだった。
どんな話しでもこの業界、持っていても損はない。その代わり思わせないの
が重要だが。
彼が依頼を持まっている間エーレルは依頼の返答を待っている間に、再びカ
ロキ統一戦線に通信をいれた。
「万が一、何かあってアーソングの復帰の可能性はありますか?」
ちょっと待ってくれとの、広報の対応者は言って、暫く経ってから、別の人
物が通話口に現れた。
「はじめまして。名前は伏せさせていただきます」
多少かすれた低い男性の声だった。大体40代半ばといったところだ。
「アーソングが、貴方のところに来たのですか? 失礼ながら、あなたの身
元を調べさせていただきました」
淡々といった口調だった。
「随分な経歴をお持ちなようで感服しましたよ。言い意味でも悪い意味で
も」
含みを持たせた言い方は何かあるなとエーレルは直感した。
彼女は仕事柄、合法非合法関係無く依頼を受ける事がままある。大抵は闇と
いう蓋に封じられているが、探られて痛い所があるのは確かだった。
だからといって、そのような事件の相手に対して後悔めいた感情はない。そ
のような憐憫を持っていては仕事にならない。
何しろ斬った張ったが仕事だ。
彼女の稼業は、始末屋といったもので、気性にあったものだ。
彼女の気性にあっているのだ。
斬って斬って斬りまくる。
時折り、どうしようもなくそんな感情が沸く。
「そこでこちらから、頼みがあるのですが」
「お願いは聴く気はありませんねぇ」
エーレルは冷たく言いはなった。
「無論、報酬は出しますよ」
「それなら、結果として貰うが、約束はできないな」
「まあ、聴いていただけるだけでよろしいですよ」
「聴くだけなら問題ない」
「アーソングが妙な事をしたら、始末していただきたい」
エーレルは瞬間の間、考えて1人頷いた。
「わかった。では、その線で」
「聞き入れてくれるとは、ありがたい。こちらも、余計な手間を省けること
になります。では、よろしくお願いします」
どこかの営業マンのように言われて通話は切られた。
余計な手間とは、エーレル殺害の意図だろう。
カロキ統一戦線を敵に回すのに興味はないが、そうなると仕事が増えるかも
しれない。
そんな事を考え自身の身の危険については考慮していないエーレルだった。
アーソングは無防備に背を見せながら、通路を進む。
核を堕としたとしたら、アーソングの首は飛ぶ。エーレルは決めていた。
地下にうごめくもの達、精霊の様子が変わってきた。
段々、殺気立って来ている。形状も禍々しさが現れはじめた。
「アーソング、明かりの用意はしてあるか?」
「闇目のデバイスならある」
それなら、エーレルも持っている。
「なら、そっちを起動させな」
言って、エーレルはアーソングの背に瞬間手をおいて跳んだ。
光が乱反射し、彼女の姿がストロボ状に浮き上がる。すると周辺から精霊の
灯火が消えた。
闇目でアーソングが見ると、精霊を斬って、妖斬刀を鞘に収めるエーレルの
姿があった。
その時。通路の奧から生暖かい風が吹いて来た。
「なんだ? 別の物か・・・・・?」
アーソングが方位盤と、風の向こうを目比べた。
それは落胆しながらも、好奇が混ざった声だった。
「ほう、武装が元の憑き物と一緒だ」
彼は、興味のほうが勝ったらしい。
エーレルも闇目を最大限にして、通路の奧を見る。
遙か向こうで、何かが蠢く様子を感じる。
「行ってみよう」
彼女は言った。
アーソングも頷いて、足を進める。
妖精達が再びあちこちから現れだした。
ここから先に行くな。
帰れ帰れ。
これ以上は、人間は通る事を許されていないぞ。
そういった濁った言葉が、頭に響く。
確実に、二人を歓迎せず、殺意に満ちた意志を送ってきていた。
通路に唸り声と風が再び二人の所から後ろに吹き抜けた。
「近いぞ」
アーソングの身が固まった。
金属音が遠くから響いて来た。
やがて闇目の視界まで入ってくると、姿はいかにも機械的に作られた半端な
アンドロイドじみたものだった。
実際、上半身は人の骨格をを模しているが下半身は長く昆虫のようである。
「あれは?」
エーレルに動じた様子は無い。
「憑き物(レプリカント)だ。狙いのものじゃない」
アーソングは取りあえずそう答えてから、本題に入る。
「多弾頭ミサイル発射装置を抱えている。この空間でやられたら、ひとたま
りもないぞ」
「それは核ミサイルでも同じだろう」
エーレルは彼の前に進んで相手を見据えた。」
廃棄物の塊のような外見をしている。憑き物の動きは、一度腕を伸ばして身
体を引き摺り上げた腕をと別々に交互でうごかして、決して俊敏とはいえな
い。発射装置も腹部に垂れ下がっているという感じで、発射口は後ろに向いて
いる。
いまの状態で撃てば、憑き物も巻き添えなので、ミサイル攻撃の場合は次の
モーションがあるだろう。
ただ気になるのは天井に擦り傷のようなものが、憑き物の後ろから続いてい
ることだった。そして相変わらず生ぬるい風が吹いて来る。
どっちにしろ素早く細かく、かつ正確に動けばいい。
エーレルにはイメージ通りの動作を行える自信がある。狭くとも、刀を振る
える技術はもっている。
彼女は身体の血が沸きたつのを感じた。反面、頭はヒヤリと小さな物音も逃
さない位に冷静でいて、一気に覚醒する。
思わず、笑みがもれて舌なめずりをした。
一気に、刀の間合いにしては近いと思われる所まで跳ぶ。
相手は真正面。また一歩踏み出すと、背中部分が目の前に現れる。
柄を後ろに下げるようにして刀を抜くと、その勢いを利用して、胴体の脇、
脆そうに配線が露出した部分を薙いだ。
火花が散り、放電の輝きが瞬く。
見事に、金属やチューブの塊が、エーレルの刀によって切断された。
正確には刀とはいえない代物だ。先に行くほど重量がある。
細腕で扱う為に、微細に刀身は分割され、合金ワイヤーで繋がれていた。斧
と鞭にノコギリを掛け合わせ、刀状にしたものが、金属をも易々と切断させる
ものだ。もちろん、持ち主の技量もあるが。
憑き物の廃棄機械に、これといった反応はなかった。
風の流れが瞬間に乱れたのを、エーレルは敏感に感じ取った。天井から、彼
女の背中に何かが振り下ろされるように、空気が割れる。
エーレルは、しゃがむと同時に、素早く後ろ向きに三歩さがった。
ちょうど、憑き物機械の真正面に立つ位置になる。
よどんだ空気は変わらず彼女を包み、天井には、擦り傷が増えた所以外、何
も見えない。
「アーソング、こいつの正体を早く調べろよっ」
後ろで小型の演算器を弄っている中年男に怒鳴る。
「もしくは、堕とせっ! アーソング」
「いま、構造を解析してるっ」
「呑気にのぞき見してる場合かっ!」
石の床から鋭い爪が、重い身体を引き摺らせ、エーレルに振り下ろされた。
動作が読めたので 半身に反って軽くかわした。
動きの止まった瞬間を狙い、腕の付け根に刀を振るう。
弾けるようにして、右腕部分が切り口から彼女の背中を越えて行った。
風がまた乱れる。今度は真正面から、何かの圧力が来た。
目に見えないが、エーレルは飛び退いて、距離をとり念のためにしゃがん
だ。
驚いたようなうなり声が聞こえる。
「おい、バカ野郎っ!」
アーソングの怒号が響き渡った。
一瞥しても何があったかは、彼女には解らなかった。
彼の持つ回転盤演算器が、探査機能よりも、防御機能を優先させ、何かの打
撃を電子レベルで振り払っていのだ。
「こっちの作業を邪魔するような真似してんじゃねぇぞっ!」
「うっせぇっ!」
言葉を交わしていると隙ができるので、罵倒だけでエーレルは身構えた。
天井に何かがいることは、確かだった。だが優先的に憑き物の機械から、ミ
サイル発射口を切り離してて置かなければならない。
アーソング達が免れたのは、確実に物理的な攻撃だった。
普通、用意に近づけるものではないが、エーレルは易々と再び床の相手の懐
に入った。
肩口を踏み台にして背中に昇り、胸部と腹部の間を一瞬で見つける。打撃を
与えようと肘を折ったままで回転させるように刀をしならせた。
だが、接合点に触れるかどうかのところで、何かが頭付近に高速で近付いて
来るのを察し、刀を片手に残すようして、壁側に身体をくっつけた。
当然、刀は空を切る。
エーレルは遠心力を利用して、引き摺った跡のある頭の上の部分に刀を振る
った。
こちらも、手応えはなかった。
「下は物理的に憑き物として動いているが、本体は、ちがう」
アーソングが叫んだ。
「風だ。その中に奴の本体が隠れているっ!」
「なら天井のひっかき傷は?」
エーレルは、疑問を口にした。
「たまに物理的に具現化したときの跡だ、気にするなっ!」
「わかったなら、堕とせっ!」
「許容量オーバーだ。何もないここじゃ、あれだけの機能回路を持つ憑き物
(システム)を堕とせない。おれのこれは本体用で、少しは余裕はあるが足りた
物ではなんだよエーレルっ!」
これとは、回転盤演算器のことだろう。
「なら、走りながらでいい、言うとおりにしろ」
エーレルが最も懸念していた事はこの風向きでミサイルを発射せずにその場
で多弾頭の爆弾が爆発される事だった。
「ミサイルを発射させて爆発させろ、ウチらが被害を最小限に止められる
所まで遠のいてから」
言った彼女はもう刀を鞘に収めて憑き物を背にし、駆けだしていた。
無様な身体の動かしかたたの彼は、鮮やかにエーレルに追い抜かれていた。
すぐにでも彼は全力で両足を動かしながら、演算機で憑き物に侵入(はつく)し
た。
もう、二百メートル近くまで走ったか。
容易に相手を乗っ取ったアーソングは、その距離で憑き物のシステムを操作
した。
金属の廃棄人形が身体を震わせたかと思うと、腹部からミサイルが放たれ
た。爆音を轟かせ炎で闇よりも目を曇らせる明かりの軌道を残して。
直後だった。
通路 に派手な軋みを起こさせる揺れと共に爆音と大上音が鳴り響いて、鼓
膜を激しく叩き、爆風が脇を通り抜けた。
衝撃の大部分は回転盤演算器のシールドで何とか防げたようだった。だがそ
れでも、二人はかなりの物理的な打撃を受け、通路を転げた。
「……ぶっ壊れてねぇだっろうなぁ……」
頬と手に擦り傷を付けたアーソングが、暫くしてから言った。
すでに爆風の余韻も消え、風が止まっていた。
どうやらあの爆発で憑き物は丸々と消滅したらしい。エーレルの狙い通りだ
った。
身軽に受け身を取っていたので、エーレルは派手に転んだように見えて髪も
乱れず、露出した脚にも傷一つない。
「壊れるって、 演算器のことか?」
転んだままに石の上で座って訊いた。
アーソングは首を振った。
「この通路だよ」
「壊れたら、海水が溢れてくるんじゃないのか? あんな爆発だったなら」
「ないな。通路はこの演算器が探査波を出すして反応があるところに同時に
造られているから」
元からあった地下道かとエーレルが思っていた通路は、アーソングの演算器
が造り出していたものだったようだ。
「通路が造れたなら、さっきの奴を壁で囲むこともできたんじゃないの
か?」
エーレルは訊いた。
「いや、目標に向かって掘っていっているだけだから、そこまでは無理だ」
難しそうに眉間に皺をよせる。
「なるほど」
少しの間のあいだ、アーソングは演算器を操作していた。
二人の声だけが響く静か過ぎるといっていい空間に、精霊達のぼやけた明か
りが、ゆっくりとだが確実に以前より増えだしていた。
「なー、こいつ等は、構築物の一部なのか?」
エーレルは猫背になって作業する中年男に訊いた。
「……いや、精霊達の侵入は防げなかったな。というか、半分精霊をつかっ
て、探知しているので……必要悪といったところだ、気にする事でもないだろ
う……大した害はないだろうしな」
顔を上げないまま集中しているのか、とぎれとぎれ気味な返事だった。
害は無い。アーソングは言ったが、精霊の数は以前よりも増えている。
通路は爆発で崩壊しなかったのか、復旧させたのか相変わらずつづいている
が、明かりの規模が違った。
緑がかった光りに変わっている点と、何処かからか不審な声の様な物が聞こ
えてくる。
エーレルは耳鳴りでも起きたかと最初思ったが、確実に声そのものだと、時
間が経つにつれてわかった。
人の子供のものだ。
模しているのかともエーレルは感じたが、嫌にリアルだった。
「くそ面倒くさい……」
アーソングが憎々しげに呟いた。
それはエーレルの琴線に触れる程に、不快な声だった。
起ち上がった状態で、冷たい視線をくれてやったが、当人は全く知らぬ様子
だった。
「クソガキが。怨霊が混ざってるぞ、あの中に」
「クソガキというのは、人間のってことか?」
落ち着きを取り戻したエーレルは冷たい雰囲気で超然としている。
「そのガキだよ。鬱陶しいから、みんなやっちまってくれないか?」
精霊は、それぞれいろいろな国の子供の姿をとって、廊下に不気味に立ち
並んでいた。
彼らは、好奇に満ちたもの、恨みがましいもの、敵意をむきだしにしている
ものと、それぞれだ。
「敵対行為が見られたらな」
エーレルは答えた。
「敵対もなにもあいつ等、邪魔じゃないのかよ?」
アーソングは、信じられないといった面持ちで言った。
「特には」
「もう精霊じゃない、怨霊だぞ完全にっ」
「反対だ」
彼女は短くハッキリと拒否した。
「なんだと?」
白目部分が黄みがている、不快気な双眸でアーソングはエーレルを睨んだ。
エーレルは怨霊とはいえ、無害の相手に刀を振るうつもりはなかった。特に
アーソングが感情的になっているので、やる 気はますます無くなっている。
「ふざけるなよ? あれはどう見たって、無害じゃないっ。それに、おれは
おまえの雇い主だぞっ?」
彼は、低い声で圧力を掛けるように低く強い声を出した。
だが、エーレルは動じることなく知らぬ顔した。
アーソングは舌打ちして、手の中の物を操作する。
すると、子供の数人が呻くようにして消滅した。
演算器で解体したのだ。
残った怨霊たちは、明らかに敵意をこちらにむけてきた。
静かで安定していた、石の通路が、軽く震えるように揺れ出した。
エーレルは、相手を凍らすような目で、アーソングを見下ろした。
「……余計なことするから、変な事になったじゃねぇか」
「うっせぇなぁ、こいつ等はやばいんだよ」
「どうやばいんだ?」
そんな会話をしていると、怨霊の子供達がゆっくりと近付いてきた。
途端に障気に当てられたように、二人は気分が悪くなる。
落ち込みそうになるところを、それぞれの方法でなんとか耐えた。
「ほらみろ」
アーソングが言ったが、後付感が強いのでエーレルは無視した。
彼が唸った。
みると、彼の首を締めている手の跡が付いていた。
すぐに消えた。アーソングは相手ごと消したらしい。
「これは、利用しょうとしない手はないな」
多少咳き込みながらアーソングが呟いた。
表情には、皮肉とも嗜虐とも思えるものが浮かんでいる。
エーレルもさすがに子供達に黙っている訳にはいかない。
アーソングになにか考えがあるらしく、取りあえず警戒して注意を向けるこ
とにした。
「利用ってなんだよ?」
彼女は訊く。気になる言葉だったからだ。
「こいつ等を改造して、戦力にするのさ」
アーソングは嗤った。
エーレルは言葉も発さずに、再び子供達の方に目を向けた。
通路の揺れは納まらない。
彼女は冷たい何かに両腕と両足を握られた。
姿が見えないそれは、幾つもの手だと解る。意外と強力で身動きができなく
なった。
「やばいかもしれない」
淡々と言う彼女に、アーソングは様子を調べるために演算器をいじった。
「こいつらって、さっきの奴を破壊したから怒っているのか? てか、変な
ところ触るなよ?」
エーレルは眉をしかめつつ過剰な触り方をする過剰な手に耐えた。
「……ちがうなぁ」
1人1人、回転盤で解体しつつ、アーソングは言った。
「こいつら、核の奴の影響を受けている。いわゆる、オマケという奴だ」
「んー、だが、、みみっちぃな」
「同感だ」
アービングは、身動きができない状態のエーレルを解放した。
「一応の害はあるだろう?」
誇るような態度だった。恰好がが恰好な為に、中年臭さがどっと出ていた。
エーレルは何も言わない。
怨霊とはいえ、子供を利用しようとする根性が気に入らない
代わりに別のことを訊く。
「ところで核のやつ。もう名付けられてるのか?」
「いや、まだだ」
名付け作業に忙しそうにしている彼は、回転盤演算器をのぞき込みこむ。
「……今のうちに付けておくか」
十分ほどして、アーソングが舌打ちする。
「……処理仕切れないのがいるな」
アーソングの視線の先に、白い髪の白い肌をしている、車椅子に乗った着物
姿の少女だった。
少女は横向きでこちらを見ると笑顔になった。
半眼の睨んでいるような目だが、むしろそれが逆に愛嬌ある表情に見える。
今のところ、少女はこちらを窺っているだけだった。
それにしてもと、エーレルは思った。
元精霊で子供の怨霊とはいえ、あれだけの数をすぐにでも堕としてしまうア
ーソングの実力は確かに尋常なレベルではない。間違いなく一流以上の能力を
持っている。
あの回転板演算器も、侮れない。ひょっとしたら、こちらの微かな殺気を容
易に関知できるかもしれない。
エーレルも実力に自分はあるが、いざとなれば盲目的に感覚を解放してしま
うため、殺気をまっさらに消す事まではできない。
「あれは、おまえにまかせた。エーレル。精霊ではない確かな、憑き物だ」
エーレルは闇目で、あらためて少女を確認した。アービングも相手を解析し
ていた。
「どんな憑き物だ?」
彼女はまだ、刀の柄に手を当てず少女を見つめている。
「くそっ、わからねぇ……どれほどの奴なんだよっ!」
悪態をつきながら、アーソングは答えた。
彼に解らないとは、相当なものだろう。
「お兄さん、お姉さん。捜し物はみつかった?」
近くにいて言葉を発したようなくらいに、澄んでいて良く通る声だった。
「問答無用だ。やっ ちまえ、エーレル」
アーソングが小声で命令した。
エーレルは、戸惑っていた。
「どこかに目指しているなら、僕が案内するよ」
男の子?いや、違う。エーレルは相手がたしかに少女だと感じていた。
車椅子が背を向け始め、彼女はこちらに肩を傾けるようにして、首を回し
た。
「ついて来てね」
そういうと、正面を向いてゆっくりと進み始めた。
アーソングとエーレルは顔を見合わせた。エーレルが警戒気味に歩を進める
と、中年男も黙って続いた。