目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第2話

 コンクリートと廃材のごった煮、名はムラクモと教えられた。

 砂の上に建築された街に、カアーナは海岸近くの街にそんな印象をうけた。

 一応、鉄筋で組 んだ城壁のようなものがあり、軽機関銃を持った見張りが

数人居た。

 「帰りましたよ」

 ユウトはかすかな潮風をうけながら見張りの1人に声をかけた。

 すると彼は口元の通信機で何か一言呟くと、ユウトたちに銃を向けてきた。

 「提督の許可がおりるまで、そこを動くななよ、ユウト。そこのエルフも

だ」

 カアーナが青年を見上げた。

 「ちょっと、どういうこと?」

 小声でいう。

 彼女の耳には、「奴が不審なモノをつれてもどりました、どうします?」と

いう通信機への声が聴けた。

 「いやぁ、嫌われ者なんだよ、俺」

 ユウトは普段の口調に戻ったようにして言った。

 「嫌いってレベルで、街に入るのに許可待ちなんて扱いあるかっ」

 カアーナは不機嫌な雰囲気で、不信感を放ちながら言った。

 「何があったか話せよ」

 彼女は青年の外衣を細い手で掴んで、引っ張った。

 「おい、妙な真似するなと言っているっ!」

 見張りが叫んだ。

 「うるさいっ、クソガキがっ!」

 カアーナは自分の姿を良く分かっていないかのように、怒鳴り返した。

 見張り員は、意外な怒号に呆気にとられたようだった。

 引っ張られるままにしゃがみ込んで、ユウトは逆に少女姿の華奢なダークエ

ルフを見上げた。

 「んー、説明すると長いんだけどもねぇ。簡単にいうと俺は総督の家族の1

人を匿っているので嫌われ、反意を疑われたんだな。まあ警察組織もあるんだ

が、憲兵隊っていうね。そいつ等が、誘拐の罪で俺を捕まえようとしたん だ

な」

 「あんた、そんなんで、どうして森の失踪事件なんか請け負ったの? その

匿った人が1人混ざってた?」

 彼女は呆れきったように訊いた。

 「いやあ、私欲が1割、街の利益9割がのためだよ。森に子供が失踪なんて

してないよ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべるユウトに、カアーナの目は点になった。すっかり

意気を削がれてしまったようだ。

 「なかった? その子たちを助ける為に行ったんじゃなかったのか?」

 「それは俺が仕掛けて置いた口実造りのダミー。本当はアカシアを堕とした

かっただけ」

 「……おま……え……っ」


 のほほんとしているが、意外にゲスっぽさがありやがると思いつつも、カア

ーナは虚脱した。

 完全にこの男の都合に利用された。

 もしかしたら、自分が連れてこられたのも、何か意図があるのではないかと

勘ぐりたくなるくらいだった。

 そのとき、見張りが声を上げた。

 「入っていい。その代わり、迎えが来るからそれまでそこで待っていろ!」

 「了解」

 ユウトは立ち上がり、羽根の団扇で足元を払った。

 すぐに鉄筋でできたゲートが開いた。

 門は二重の物になっていて、手前にあるのは雑多な建物群だった。

 多少、装甲を施して横広で車高が高く、タイヤが奧に引っ込んだリムジン

が、わざわざバックで二人の元に横付けされた。

 ドアが自動的にスライドすると、ステップがあらわれた。

 「どうぞ……」

 中から若い男の声がした。

 ユウトはカアーナに手招きしてから昇っていった。

 二階建て仕様らしいリムジンは、どうやら車というよりなにか別のものの様

だった。

 内装は意外と狭く、車体の四分の一しか使っていないかのようだった。

 そこは、革と織物で飾られたソファーに、簡易なバーが添えられ、壁と天井

はヴェルベットが張られ、明かりは優しげな燈色だった。

 入り口の横で立っていた男は、ユウトと同じぐらい。

 生真面目でやや釣り気味の目に太めの眉。必要な事以外は喋らないかのよう

に結ばれた口。アジア系というのもユウトと同じだが背が頭半分ほど高い。白

皙な肌をして額はひろく、髪はオールバックにして、ネクタイのない詰め襟の

スーツを着ていた。

 「キリイか、久しぶりだね」

 ユウトは親しげに声をかけながら、奧のバー近くの位置に座っ た。   


 カアーナも様子を見ながら、その横に座ろうとした。

 「折角ですが、ここはユウトのみが招かれてますので」

 キリイが静かだが、確固たる口調でカアーナに言った。

 「まあ、待て。俺の客だ。彼女が駄目だというなら、総督に会わないぞ」

 間髪もあけずに挑発的な声をあげたユウトは微笑んでいた。いや、冷笑と嘲

笑と皮肉がまざっているのか。

 「……相変わらず、無理を言うな、おまえは」

 仕方がないという風に、キリイが認めたらしく、ドアが手も触れていないの

に閉まった。

 そして、ユウトの正面に座る。

 リムジンは、今度は真っ直ぐ前に発車しだした。

 ユウトは、バーから勝手に自分用に黒ビールを注いで、口をつける。

 「カアーナもなにか飲むか?」

 ダークエルフの少女は首を横に振った。喉が渇く雰囲気があったが―キリイ

の様子でとても飲む気分にはならなかった。

 「総督閣下は、不快がってらっしゃるぞ、ユウト」

 彼は重い雰囲気のまま言った。

 「おまえも元は、忠誠と献身を誓った神聖第一銃士隊の一員だったはずだ。

なぜ、こうも総督閣下を悩ませる? なにか恨みでもあるかのように」

 「困っているのは総督だけじゃないってことさ」

 ユウトは窓のない空間で、ソファにもたれて団扇で首筋を扇ぎながら、黒ビ

ールのコップを上から掴んだ手を相手に向かって振る。

 「だが、現体制に反するような行動ばかりが目立つのは確かだ」

 「それは、現体制が腐ってるからさ」

 「馴染みで同期だからって、何でも言えると思うなよ?」

 キリイは軽くテーブルを指さした。

 会話は記録されているということだと、カアーナにもわかった。彼女は一

体、何をそこまで警戒をしているのか、全くわからなかった。

 「別におまえだからって特別じゃないさ。総督相手にだって、必要があるな

ら遠慮しないよ」

 ユウトは無防備で気さくに言う。

 彼のアカシアに対する慇懃無礼さは、元々の性格だったらしい。カアーナは

納得した。

 「あまり俺を困らせないでくれよ、ユウト。今回のミサイルの準備だって後

処理が大変だったんだぜ?」

 キリイは頭痛がするのか、こめかみを押さえた。

 「別に頼んだ訳じゃないぜ? ちょっと総督から金を前借りしたがな」

 「払うとも言っていないのに、前借りもないだろう……」

 「ケチ臭いことを言うなよ。問題はそれより、クライ島だろうに」

 「金だけの話じゃない。あんな大規模なミサイルを撃って、クライの連中を

刺激したらどうするんだ?」

 敵対とまでは行かないまでも、互いに警戒し合っている同じ水上都市国家の

名前を出した。

 「生真面目すぎるなぁ。一時、びっくりするだけだろうよ。時間が経てば忘

れるさ」

 キリイはユウトの呑気な返答に、まったくと呟いて呆れたように首を振る。

 「これから総督閣下の所に連れて行くと思うと、ホントに心配だよ」

 「おもしろがる余裕を持てよ、キリイ~」

 「持てるかっ!」

 ぶちまけるかのような声だった。

 だが、ユウトは気にした様子もない。カアーナにウィンクをして、黒ビール

を飲んでいる。

 カアーナは、こうしてみればたちの悪い酔っぱらいのおっさんみたいだと思

った。

 無論、彼はそんな歳とはまだまだ遠く離れているが。たしか20歳丁度のは

ずだ。

 「……おっさんぽい」

 彼女は思わず口に出した。

 ユウトは鼻で嗤った。

 「総督閣下の所に行くまでに酔うんじゃないぞ」

 せめてもの訴えかのように、キリイは言った。

 「こんなんで酔うかよ。だから、わざわざビールにしたんだろうに」

 ユウトはせせら嗤う。  

 二つ目の城門のところに到着したらしく一端停止して、それが開くと再びリ

ムジンのエンジンは唸りだした。

 普通のものとちがって、その駆動音は良く聞こえた。

 何か接地面が急に柔らかくなり、軽い揺れがたまにおこったが、二人は気に

しなかった。

 カアーナは、完全防電になっている空間を改めて認識した。外との接触が閉

じられているのだ。

 ならば、相手次第では、ここでは何が起こってもおかしくはないということ

になる。

 二人の態度を見ていると、まさかの事態にはならないだろうが、硬そうな性

格から見て、いざとなったら冷酷さを発揮しての行動もとるかもしれない。

 彼女は改めて警戒し、キリイの様子を逐一と細かく観察することにした。

 キリイもその視線に気付いて、カアーナと目を合わせる。

 「安心しろ、丸腰だ。俺の任務はユウトを無事に提督官邸に送り届ける事

だ。君が知っているかどうかわからないが、ユウトは艦橋部都市では、敵が多

いだよ」

 艦橋部都市とは、中心部のことらしい。

 それから、しばらくは無言だった。

 ユウトはすっかりとリラックスした様子で、もう一方は、祈るかのように、

肘をついて組んだ指の上に額をのせている。

 リムジンのエンジンが止まるとキリイは顔をあげて、テーブルに手を着いて

立った。 「到着だ。行くぞ」

 ドアが開いて、彼が先導した。

 そこは、第一の城門のスラムぶりからは想像もつかない風景だった。

 きらびやかなビル群が、水面から伸びて居る。花のつく木だけの庭園兼公園

のような島もあり、主に水路で移動するらしい。

 ユウトが撃ったはずのミサイル発射台など、軍事的な施設は見あたらず、第

二洪水前の科学電子都市といった印象があった。

 総督官邸は、波が少ない水路の奧で中心部にあった。

 こちらはレンガ造りの白いもので、せいぜい二階建てといったとことろの、

縦と横に伸びた十字型になってる。

 軽機関銃を持った赤い服の衛兵が立つ入り口を礼で迎えられつつ、中に入る

と太陽光のよく差す絨毯敷きの廊下が延びていた。

 扉と窓が等間隔にならび、合間の壁には絵画や生け花が飾られてる。

 総督執務室らしき衛兵が再び立つ、巨大な扉のまえまで、キリ イは二人を

連れてきた。

 「総督閣下に報告だ。ユウトを連れてきたと」

 ちらりと、カアーナを一瞥し、これは客だと付け加えた。

 これ呼ばわりされて、カアーナは多少不機嫌になる。

 衛兵が頷くと、キリイはノックした。

 「キリイです、閣下。おっしゃっていた者を連れて参りました」

 「……入れ」

 少し間があり、中から低い明らかに気分の悪そうな声がした。

 キリイはノブをまわして、先導して入室した。二人も続く。

 海軍の軍服を着た男が、旧大陸アメリカのホワイトハウスを模した執務室の

机に座っていた。

 五十代後半。薄い白髪の薄いスラブ系なのが、どこか皮肉である。鋭い目付

きで、精悍な顔つきをして、制服の上からも筋肉太りしているのが解る。

 彼らを迎えると、咥えていた葉巻を灰皿に置く。

 匂いにカアーナは思わず顔をしかめた。

 「おや、お嬢さん失礼したみたいだね」

 喉の焼けた声が言う。

 ムラクモ総督で名をエジンブラという。

 「いえ、別に……」

 カアーナは曖昧に答えた。

 「まあ、細かい事無しで本題に行くか。ユウト、一体何をしてくれたん

だ?」

 途端に厳しい顔になって言った。

 「おまえには、ウチの娘の失踪を手伝った疑いがある。下手な行動をしたの

なら、いくら元私の元にいたエリートといえど、考えざるを得ないぞ?」

 団扇で扇ぎながら、言われた方は涼しい顔だった。

 「疑いだけで考えざるをえないとは、とんでもない扱いですね。もっと、調

べてからにしたほうが良いんじゃないです?」

 ユウトはむしろ挑発的だった。

 「すでに貴様の家には捜索隊を差し向けたところだっ」

 「疑いだけで?」

 「きさまは、ウチの娘を匿っている可能性があるだろうっ!」

 「ただの噂だと言っているじゃないですか」

 「信用なるかっ! ただでさえ、あいつがカロキ統一戦線と繋がりがあかわ

からないんだ」

 「娘さんを信用してあげてなっしゃらないんですね?」

 「親だからこその心配というものがあるっ。貴様にはわからんだろうがな」

 不機嫌な彼に、ユウトはわざと皮肉げな哀れみを見せた表情になった。

 「わかりますが……貴方の親の気持ちの職権乱用には、納得しえませんね。

その被害者としては」

 冷ややかな対応に思われたのか、エジンブラは机を大きな手で勢いよく叩い

た。

 「職権乱用だとっ? 上等ではないか。権力者の家族を狙うのは、犯罪では

ないのか? テロではないのかねっ?」

 ユウトはその怒号を超然と聴いていた。

 「だいたい、今はカロキ統一戦線とクライが手を組んだ直後の危機的状況

だ。これが私へのテロだという、可能性が無いとも限らないだろう?」

 「では、私を相当な危険分子として認識してらっしゃる?」

 「可能性があると踏んでいる」

 ムラクモは真剣な様子で、ユウトを睨むような目で見据えた。

 「貴様、昨日の晩から、街から消えていたようだが、どこへ行っていた?」

 「娘さんが家を出たのは、昨日の朝ですね」

 「良く分かってるな?機密だぞ」

 「堕天師業を甘く見ないでくさいな。それも権力に警戒されている」

 ユウトは今までに見せていなかった、少々の凄みを利かせる。

 だが、相手には通じなかったようだ。

 「で、都市の重要な機密も知っている元神聖銃士隊か。堕天師など、法ギリ

ギリの俗な職業だ。おまえは、マークされて当然の危険人物なのだよ。自覚し

たまえ」

 「それは、十分承知ですが……」

 青年は、嗤った。

 「不平不満をぶちまけられているようにも聞こえますね。どうしろと仰られ

るのです?」

 エジンブラは多少、顔を赤らめ、額には青筋が浮かんだ。

 「気を付けろと、忠告してやっているのだよっ」

 彼は怒鳴った。

 言外の意味がよくわかる。

 「それなら、問題ありません」

 「なにがだ?」

 相変わらず誰に対しても態度を変えないユウトに、威圧する声でムラクモは

訊いて来る。

 「いえ、山の神木を堕として来たんですよ。街に必要かと思いまして」

 「……なんだと……っ?」

 エジンブラは眉を寄せた顔を一層歪めて呟いた。

 「それでこちらはカアーナといい、アカシアと名付けた神木の管理者です。

同時に私の助手です。宜しくお願いしますね」

 「あの森が貴様の物となっただとっ……?」

 「ええ」

 絶句しかけた相手に、ユウトは涼しげに即答した。

 エジンブラは、押し黙り考えてえこむ。

 歴代艦長の肖像画が、総督代わりのように飾られた天井の高い執務室には、

重い空気が降りたように、カアーナは感じられた。

 見れば、キリトが無表情よそいつつ吹き出る脂汗をハンカチで拭きながら、

先ほどからのやりとりに、気をもんでいたのが、確実な心配となったのが手に

取るように解った。

 どうやら、カアーナの身体は人の機敏に敏感らしい。

 即、連想されたのが『暗殺』という文字だったからだ。

 カアーナが視線だけを動かすと、ユウトは超然としている。

 ようやくといった様子で、ユウトは暫く間を置いた。エジンブラが口を開く

まえに言う。

 「……娘さんの保護を目的とした捜索依頼なら引き受けますが、どうでしょ

うか?」

 不快気な表情のまま、エジンブラはキリトを一瞥した。

 「都合のいい話だな……?」

 どうにか平静を保ってエジンブラは声を絞りだした。

 「……なら、一つ質問とともに依頼内容を伝えようか?」

 絞り出すという感じは変わらずにつづける。

 「娘をみつけて、もし帰らないと言ったなら、何も訊く前に……全ての跡を

残さないようにしてくれ」

 「わかりました」

 言いたいことを瞬間で飲み込んで、ユウトは答えた。

 「報酬は、キリトに好きなだけ要求すればいい」

 言った彼はもう一人の青年に向かって、言った。

 「おまえは、この男についておけ。命令だ」

 キリトは表面、規律正しく敬礼した。


 カアーナは、水の街と呼んで良い中心街が意外と狭いことに、外に出て解っ

た。

 どうやら、何区画かに別れていて、メインは水中にあるようだ。

 そこまではわかるが、細かい構造まではまだ解らない。

 だが、一つ確実な事があった。

 彼女は取りあえず、ユウトの身を守らなければならないといった役目がある

らしい。

 特別な感情もあるわけではない。個体としての意識をはじめてもってから感

じた、唯一のものである。

 今、ユウトはアカシアを支配しているため、森は強制的だが、それによって

結果的に運命共同体となっている。

 なぜならここでユウトの命が亡くなれば、都市を支配しているエジンブラは

森に対して苛烈な行為に出かねないのだ。

 それはユウトが狡猾に仕組んだものだった。

 カアーナは森の番人にされて巻きこまれた形にされている事実に吐き気もす

る。歓迎するべき理由もない。

 「卑怯物め……」

 水陸両用で水中に武装を主に施してあるリムジンで、中心部首都圏から、外

縁部に送られている途中、思わず彼女は呟いた。

 耳ざといキリトも、小さな声を拾って一瞥し、頷いた。

 「冷や冷やものなんてものじゃなかったぞ、ユウト」

 彼はやってられないとでも言いたげに、ジンをタンブラーに入れるとライム

ジュースを加えると一口飲んだ。

 「……他に選択肢がなかったからなぁ。事は総督自身まで及んでるじゃない

か。それなら、それでこっちも考えさせられるってものだ」

 ユウトは、半分本音、半分軽口という風な口調だった。

 だが、どうやら、ぼやいているらしいと、カアーナには理解する。

 この青年は、まだ本当の性格をだしていない。確信した彼女は、余計な言葉

を吐かずにもう少し様子を観ることにした。

 「バカかっ。もう少し、やり方があるだろう? おまえのやり方は肉食の猛

獣相手にアメと鞭をもって言い聞かせたようなものだ。文字通りのアメ玉で

な。肉食獣がそれで満足するか? とてつもない脅しだぞ、今回のはっ!」

 キリイは吐き出すように吠えた。

 「一歩間違えば、総督閣下がどんな決断をしていたかっ!」

 カアーナは、彼がそこまで言う理由が、いまいち飲み込めない。

 ユウトは具体的に何から身を守ろうとしているのか。

 重大な事件に関わりあるかのような疑念がかけられているユウト。

 わざわざ、あのような手段をとってまで、森の力を背後に脅しをかける程の

物とはなんなのか?

 具体的な話しが見えてこない。

 ほとんどが起こりうる可能性の範囲で、総督との話も進められていた。

 キリイの言葉の意味同様、ユウトは自ら危険に飛び込んだとしか思えない。

 「ユウト、話しがみえない」

 カアーナは、正直に彼に言ってみた。

 すると青年は頷いて、団扇を扇ぎながら優しげな口調で諭すかのように答え

る。

 「まあ、細かい事はウチの事務所に着いてからだよ」

 それほど重大なのだろうと、彼女は敏感に感じ取った。

 カアーナは口を閉じて、黙っている事にした。なにしろ、このリムジンは盗

聴されている。

 「着いたら、仕事の話しをゆっくりしようじゃないか?」

 タンブラーを再び仰ぎ、キリイが言った。

 全て話せと言っているのだ。

 ユウトは了解したという風に軽く手をあげた。

 そういえば、森の中で悪態を付き放題だった癖の悪いデバイスとやらが、あ

の場限りで現れなくなっていた。それも事情の理由に入るのだろうか。

 一瞬、リムジンがわずかに傾いた。

 平衡感覚羽が少し狂う程度だった。

 どうやらリムジンは水中に潜ったらしいとカアーナは悟った。。

 ならば城門も過ぎているのか。とにかく、ユウトの事務所は水中にあるらし

い。

 カアーナはすっかり、第二の門のスラムにでもあるのかと思いこんでいた。

 なんとなく、ユウトには、そのほうがふさわしく感じていたのだ。決して貧

乏臭いという訳ではない。

 それよりも、中枢の場所から距離を取って、雑多で無秩序な処に居場所を定

めていたほうが雰囲気に似合っていたからだ。

 しばらく車内は、無言が続いた。

 約二十分ほどで、リムジンは停止した。

 扉の部分から接続シェルターを伸ばして建物と繋がると、その中に納まるよ

うに防水通路がつくられる。

 ユウトが黙ったまま起ち上がると、二人は先導する彼に当然についていっ

た。

 濡れた目面の扉が四方系の橋桁の先にあり、彼は自前の鍵で錠を解いた。

 「電子ロックじゃないのか……」

  キリイはアナログなと呆れた呟きを漏らした。

 「あー、十分電子だよ。これは旧時代の錠前を模した、暗号電子ロック錠

だ。ピッキングもハッキングもできないものだよ」

 「……本当にか? おまえのことだから、やろうと思えば、開けられるんじ

ゃないのか?」

 キリイは全く信じられないといった態度をとった。

 ユウトは、ふふんと、取り合う気もなさそうに鼻を鳴らす。

 「大体、捜索隊がきてるんだ。開かない訳がない」

 中の白い廊下は短いもので、また、現れたのは、完全防水の分厚い磨りガラ

スだった。

 そこに彼が手を当てると、今度は確実に電子時代の現代的にドアとなった。

キューブ状に鈍い光りが細かく表面に灯り走ったかと思うと、突然にガラスは

掻き消えた。と、同時に磨りガラスはいつの間にか彼らの背後に出現した。

 やっとユウトの事務所に入ったのだが、捜索隊が荒らした様子はない。

 キリイとカアーナは意味がわからない表情になっていた。

 「ダミーの部屋を造ってあってね。ここが、本当の俺の事務所兼自宅だ」

 「ユウトーっ!」

 上階へ続く階段から、平べったい、机が一つに対面したソファー一対がテー

ブルを挟んでいるだけのコンクリで打ちっぱなした空間に、突然、パジャマす

がたの少女が駆け下りてきた。

 ハーフであることが良く分かる顔立ちだが、白磁の肌といっていい。黒に近

い茶色い髪は眉を隠して一直線にばっさりと切り、瞳は元の色とは違と思われ

る黄色。小さな唇。

 歳は14歳ぐらいか。パジャマといっても、タンクトップにホットパンツだ

った。

 発達の幼げで低身長のダークエルフにくらべ、発育が良い。

 彼女はユウトが客を二人連れてきているのを観ると、ハッとした様子で、来

た処をいそいで戻っていく。

 「……どういうこと?」

 カアーナは多少口調のひねたような声で、ユウトを見上げた。無表情であ

る。

 「んー。見たままですが?」

 ユウトは動じる気配はない。

 「犯罪者か、あんた。改めてだが」

 質問に対して即答である。

 ひとり、頭が痛そうに厳しい顔をしていたのは、キリイだった。

 「こいつ、犯罪者だよっ! おい貴様っ、酒 をもっとよこせっ!」

 彼はカアーナに言うと、遠慮無く怒鳴り声でユウトに要求した。

 「酷いなあ。カアーナが変な誤解するだろうに。酒ならあるよ、ちょっとま

ってな」

 「いやあ、いい、その前に説明だっ、吐け、全部この俺にっ!」

 息継ぎもしないでキリイは詰問する。

 「じゃあ、まあ座れよ。酒とってくるからよ。こっちにも準備ってもんがあ

るんだぜ?」

 ユウトはさすがに悪びれない様子で呑気に、机の奧に移動した。

 すると、リムジンのような安定制御装置のない、揺れが部屋に起こった。

 「ちょっと、回遊するよ」

 彼が言うように、どうやら事務所は海の中を移動しているようだった。

 そして屈んだかと思うと、手にウィスキーとバカルディの瓶とタンブラーを

二つ握って机の処まで来た。

 「ミカルー、降りてきていいぞーっ」

 階段ちかくの天井に向かって呼びかける。

 「……わかったー」

 遠めで、やや緊張した声が帰ってきた。

 いつの間にか、深海を映し出す窓が、事務所に並んでいる。

 それはまるで、地上の摩天楼が球体になって至る所に浮かんだ様子そっくり

だった。

 「ミカル様……」

 キリイが呟いた。

 「やっぱりか、やっぱりなんだなっ? おまえが、総督閣下のご息女を

っ!」

 彼は高音に近い声を上げると、ユウトからバカルディの方の瓶とタンブラー

を奪い取るようにして、中にドバドバと注いでだ。

 「まあ、待て。依頼人だ、依頼人」

 「それだけ~?」

 ミカルはユウトに思わせぶりな視線を送った。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?