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第33話 タガが外れた様です

 ケーキも食べ終え、現在の時刻は午後の19時。

 あれからというものの、花音の表情には笑顔が格段と増え、俺とよく会話するようになった。


 ソファーでさっちゃんとテレビを見ている時も花音は隣に座り、近づきたいと言わんばかりに肩を近づけてくる。

 別にそんな姿に嫌気をさしているわけではない。が、距離の詰め方が極端すぎて反応に困ってしまう。


 幸いなことに、母さんと美佐さんはお酒を飲んでこちらの様子には気づいていない様子。

 家が隣だからタガが外れてるんだろうけど、程々にしてくれよ?めんどくさいから。


「ねぇねと変なお兄さん、近い?」


 ダイニングテーブルへと視線を向けていると、膝の上に座るさっちゃんが顔をあげて言ってくる。


「そうかな?お友達はこれぐらいだと思うよ?」


 不審な目をするさっちゃんに、これまた不審な眼差しを返す花音。

 花音の中での友達ってなんなんだ……?少なくとも俺はこんな近い距離の関係ではないと思ってるんだが。


「ねぇねと変なお兄さんお友達?」

「うん。さっき仲直りしたの」

「喧嘩した?」

「長い間ね」

「どっちが悪い?」

「んーどっちも……かな?」


 なんて言葉をこちらに目を向けながら言ってくる花音はニコっと笑う。

 心の奥底では自分が悪いと思っているのだろう。もちろん俺だって自分が悪いと思っている。


 だがまぁ、防音室での会話でお互いが悪いと決めたのだ。

 早々にその約束を破ってしまえば、また仲違いになってしまうことを花音も分かっているのだろう。


「だな。どっちも悪かった」


 肩が触れ合いそうな花音に俺も微笑みを返す。

 さすれば、なにを思ったのかさっちゃんがリスのように頬を膨らませ、バシバシっと花音の太ももを叩く。


「さっちゃんも変なお兄さんの笑った顔見たい!」

「ごめんねさっちゃん。これはねぇねのものだから」

「ねぇねだけずるい!」


 悪戯気に笑う花音はさっちゃんのことを見下ろし、それを見たさっちゃんは更に叩く力を強くする。


 別に花音のものでもないんだけどな……?

 なんて言葉は2人には届かなそうなので口の中にとどめ、そっと背もたれに体重を預ける。


「ん?どしたの?」

「あーいや、随分拗らせてたなって」

「喧嘩のこと?」

「うん」

「遊くんもなんだ?」

「……ってことは花音も?」

「うん、私も拗らせてたね」


 んまぁ、拗らせない限りあんな空気にはならないか。

 静寂がただ気まずくて、目も合わせられなくて、自分ばかりを責めて、けれど謝らないで。

 今思い返せばまじで時間の無駄だったな……。


 もっと早くに花音の気持ちに気づいていればこんな無駄な時間を過ごさなかったし、仲直りしたいという気持ちをもっと早くから持っていたら少なからず学校生活が華やかになっていただろう。


 リビング入る前にもおもったけど、結局は結果論。

 でも後味の悪い結果論だってある。ほんと――


「――もしかしてまた自分のこと責めてる?」

「え?」

「パッとしなさそうな顔してるからさ?」

「……まじで?」

「まじまじ」


 太ももを叩いていたさっちゃんの手を片手で止める花音は何事もなかったように俺の顔だけを見てくる。


 確かに自分のことを責めてた。けれど顔に出すほどではない……はずだ。

 ポーカーフェイスを貫いていたつもりだったんだが――


「はぁ……」


 ――忽然として聞こえてくるのは花音のため息。

 呆れすら感じるその息は俺の肩へと乗り、そしてさっちゃんから手を離して――俺の身体を包み込む。


「なっ、はい!?か、花音!?」

「これから自分のことを責めるようならどこであろうとハグするからね」

「ちょっ、待て!血迷うな花音!」

「別に血迷ってないよ。さっき自分で言ったじゃん。『悪いのは2人』って。それなのになんで自分を責めるの?」

「そ、それは病室での話であってな?今俺が考えてるやつとは――」


 刹那、更に抱きしめる手が強まる。

 まるで俺の思考を停止させようするかのように、胸部に付いている2つの果実を押し当ててくる。


 こいつこんな積極的だったっけか!?なんだ!タガでも外れたか!

 俺と仲直りしたから気が緩んでタガが外れたのか!

 じゃないとこうはならんだろ!


「遊くんが悪いと思ってることは私も悪い。2人で分かち合っていこ?罪を償うために支え合うって決めたじゃん」

「そ、それはそうだけどさ……なんというか……」

「なに?何でも言ってごらん?」


 あー……ダメだこれ。花音の沼にハマっていく感覚が肌で感じる。

 泥のように血管に詰まっていた感情が花音の匂い、感触、声によって次々に流れていく。


 まじでなんも考えられなくなる……。

 男としての威厳がなくなる……。


「……なんでもない」

「ならよかった」


 フッと軽くなる身体は花音の元へと傾いていく。

 肩に顎を乗せれば、女性特有の香りが鼻を刺激する。


 普段よりも身体が熱くなってるのは花音が抱きついているからだろう。

 何度も首元にあたる花音の頬も熱く……熱く――いや熱すぎるな?

 今思えば頬以外にも花音の身体が異常に熱いし。


「なぁ花音」

「な、なに?」

「ちょっと顔上げてみてくんね?」

「……やだ……けど」


 先程までの威勢はどこへ行ったのやら。耳元にある花音の口から発せられるのは動揺のもの。


 肩を掴み、身体を離そうとしてみるが、どうしても顔は見られたくないらしい。

 首元に回した手に力を込める花音はタコのごとくしがみついてくる。


「やってみたはいいけどやめ方が分からなくなっただろ」

「そ、そんなことないよ?」

「ならこの馬鹿みたいに熱い身体はなんだよ」

「これはそのー……運動した後って身体が温まるじゃん?」

「運動してねーだろ。恥ずかしいって素直に認めろよ」

「うぅ……」


 なんて唸り声が恥ずかしさを物語っているのだが、どうしても口にはしたくないらしい。

 抱きつく腕は相変わらず強いままで、肩に顔を埋める花音は首を横に振る。


「ねぇねの顔まっかっか」

「さ、さっちゃん!?」

「ナイスださっちゃん。今度お菓子買ってあげる」

「ほんと!変なお兄さんとまた遊べる!」


 花音の顔を覗き込んでいたさっちゃんは満面の笑みで――


「お……っと」


 ――花音の上から飛び込んでくる。

『俺と遊ぶのに焦点を当てるのね』だとか『顔赤いんだな?』だとか色々と触れたいところがあるんだが……物理的に触れてるものがあるので中々口が開かない。


 今初めて思うことなんだが、男ってやっぱ正直だな?

 欲求に忠実過ぎる。というか慣れてないから意識がそっちに行って仕方がない。


「3人とも楽しんでるところ悪いけどそろそろ帰るよ?」


 不意に頭上から聞こえてくるのは美佐さんの声。

 母さんとは違い、酔っ払いを感じない口調に内心驚く。


「さっちゃん帰りたくない!」

「わがまま言わないの。今度遊ぶんでしょ?」

「もっと遊びたい!」

「なら今度泊まっていいから。その時にいっぱい遊びなさい」

「いいの!」

「さっき決まったからいいよ」


 ……まじで?

 チラッとダイニングテーブルへと目を向けると、机に突っ伏す母さんの姿。

 まさかあの状態の母さんを説得したんじゃなかろうな……?


「大丈夫。ちゃんと前々から話し合ってることだから」

「ならいいんすけど……」


 いつの間にか降りていたさっちゃんはソファーの後ろへと周り、美佐さんの隣につく。

 けれど花音だけは離れてくれない。


 ここまで来たら俺と抱きつきたいだけなんじゃないか?と勘違いしそうになるのだが、ただ顔を見られたくないだけだろう。


「顔は見ないから帰りな?」

「……絶対?」

「絶対。というかもう赤いこと知ってるし」

「そ、そんなことないもん……」


 なんて言葉を最後に、やおらに身体を起こしていく花音はそっぽを向き、目を合わせてくれない。

 けれど耳元まで赤くなってる姿を見ればどんな顔をしているのか容易に想像できた。


「ほんと真っ赤ね。びっくりするくらい真っ赤」

「お、お母さん!?」

「ですよね。大体予想できます」

「もう!」


 プイッと美佐さんにすら顔を合わせなくなった花音は、ひとりでに玄関へと向かっていく。

 そんな花音に続くように腰を持ち上げ、美佐さんと一緒に玄関へと歩いて――


「――送り出しは大丈夫よ。お母さんをどうにかしなさい」

「母さんのことなんて気にしなくて大丈夫ですよ?」

「花音もあの調子だし送り出しは大丈夫」

「そ、そうですか……」

「うん、ありがとね」


 リビングの扉前で軽く頭を下げてくる美佐さん。そして満面の笑みのさっちゃん。

 どことなくいつもの美佐さんと雰囲気が違う気がするけど……お酒のせいだろうか?


「いえいえ。こちらこそいつもありがとうございます」

「じゃあまた今度ね」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ」


 そんな言葉を残した美佐さんはリビングを後にし、「遅い!」と花音に怒られながら靴を履き始める。

少しすると、「お邪魔しました!」というさっちゃんの声が家の中に響き渡り、玄関の扉が閉まった。


 さすれば我が家には静寂が訪れる。

 若干残る花音の温もりが冷めていくにつれ、どことなく寂しく、人肌が忘れられない感情に陥ってしまう俺はどうかしてしまったのだろうか。


 色々と収まらないものに目を瞑った俺は、母さんの肩に手を置き、軽く揺すって起こしてやるのだった。

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