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第32話 どちらが悪いのでは無い。どちらも悪い

 瞬間、静寂が私たちの間に流れる。

 けれど、その静寂は再会したあの時のように気まずくはない。


 多分私の決意が固まったからだろう。

 あの時の私は正直言って弱かった。遊くんが関連すれば目を背けて、逃げようとして。


 だから今の強い私が誇らしい。

 過去の自分が今の私を見たらきっと驚くだろう。

『なんで白崎の目をまっすぐ見れるの?』ってね。


「遊く――」


 私が口を開いた途端、まるで被せるように遊くんが言葉を紡いでくる。


「――花音、あの時はごめん」

「な、え?あ……え?」


 頭を深々と下げてくる遊くんに、私は動揺を見せることしかできなかった。

 だって自分が言おうとしていた言葉が先に言われてしまったんだよ?それにまさか謝られるなんて……。


「花音が許してくれないことは分かっている。けど、ずっとこの気持ちを抱えたまま生きていくのは嫌なんだ」


 頭を下げたまま、ギュッと拳を握る遊くん。

 わ、私が許さない?そんなまさか。私は――


「私の方こそごめんなさい!」


 ――深々と頭を下げる。

 目の前に居る遊くんになんて負けを劣らないほどに。

 ただ短い言葉だけど、誠心誠意を持って言葉を口にしながら。


「な、なんで花音が謝るんだよ……」

「だって私が悪いし」


 声から察するに、多分遊くんは身体を起こしている。

 でも私は頭を下げたまま。


 こんなことをして許されるとは思っていない。

 遊くんが謝ってきたとはいえ、許される行為ではない。


「んなことない。デリカシーのなかった俺のせいだ」

「心無い言葉をかけちゃった私のせい。これだけは譲れないよ」

「……なんでだよ。悪いのは俺だって素直に認めてくれ……」

「絶対にやだ。私の自己中のせいでこんな関係になっちゃったんだから」


 苦しそうに言葉を紡いでくる遊くんに対し、私は頭を下げたまま、まっすぐに言葉を返してやる。


 すると、頭上からデカデカと吐かれたため息が落ちてきた。


 ……やっぱり怒ってるよね。

 『私のせいにして』と言ったのだから、身体のどこかを叩かれるぐらいの覚悟はしている。


 だからギュッと目を閉じ、身構えた。

 拳を握って、身体に力を入れて、いつ来ても良いように。


 ……けど、いつになっても身体に衝撃が加えられることはなかった。

 再び訪れる静寂の中、遊くんの服が擦れる音だけが聞こえる。


「叩きやしねーよ」


 薄っすらと目を開いてみると、腰を下ろして私の顔を覗き込んでくる遊くんと視線が交差した。


 遊くんの目には怒りなんてなく、どことなく呆れすら感じるほどに眉根を下げて膝に肘をついている遊くん。

 そんな姿に、私はパチパチと瞬きをしてしまった。


「ほ、ほんと?」

「逆になんで叩くと思ったんだよ。今の会話からして俺が怒ってるところなかったろ」

「ため息吐いてたから……」

「それはあれだ。色々考えてたんだよ」

「色々?」

「色々。んなことよりも頭上げろ。腰痛いだろ」

「あ、うん……」


 おもむろに頭をあげる私とともに、腰を持ち上げる遊くんは部屋の端にある椅子を指差し、「座って話そうか」と言葉を口にする。

 そんな言葉に素直に頷く私は遊くんと一緒に椅子へと向かい、腰を下ろした。


「結論から言う。『俺たちどっちも悪かった』ということにしよう。じゃないときりがない」

「い、いいの……?」

「いいよ。けど、そうしたら俺も花音も絶対に心残りが生まれる」

「……うん」

「だから、心残りが生まれないようにお互いを支えていく。これでどうよ」

「それ、私なにも出来なくない……?」


 みなまで言わずとも、遊くんは分かっているはずだ。

 私にできることなんて限られているし、遊くんが出来ないことなんてまずない。

 それは昔からずっと知っていることだし、変わらないこと。


「花音って料理できるだろ?」

「い、一応ね」

「俺って料理はちょっと苦手でさ」

「……ほんと?それ」

「ほんとだって。練習しようにも食材費やら食べる量にも限度があるやらで全く成長できないんだよ」

「…………ほんと?それ」

「だからほんとだって」


 にわかに信じられない。

 前述した通り、遊くんは何でもできる。そんな遊くんを尊敬しているからこそ、出来ないことがあるなんて信じられない。


「信じてないけど、遊くんが料理できないことと私が料理できることになんの関係があるの?」


 私の言葉に思わず苦笑を零してしまう遊くんだけど、どこか意を決したように背もたれに体重を預けて口を切った。


「母さんがいない時、料理作ってくんね?」

「……え?」


 遊くんの提案は私の償いの遙か先を行っていた。

 だから私は、ただ呆けた声を漏らすことしかできなかったのだ。


「あ、もちろん嫌なら他のことを考えるんだが――」

「――全然嫌じゃないです!やります!むしろやらせてください!」


 慌てて首を横に振る私は遊くんの手を取り、この商談が破局にならないよう首とは裏腹に、縦に手を振る。


 あの頃のような関係に戻りたいのならこれは絶好のチャンス!

 遊くんと居る時間をもっと増やして、擦り減った関係値を取り戻す!

 なおかつ、私がやらかしたことを遊くんを支えることによって償う!完璧だ!


 晩御飯は私の家に食べに来てもらうとして、朝ご飯は作りに行こう!

 だからお母さんにもちゃんと諸々の事情を説明して――


「……なんか早まってないか?」

「あっ、いや……うん、ちょっと……嬉しくて」

「う、嬉しい?俺にご飯作るんだぞ?」

「……嬉しいです。正直に言いますと……」

「罰のつもりだったんだけどな……」


 急激に顔が熱くなるのを感じ、戸惑いの声をあげる遊くんの前でハタハタと手で風を送り込む。


「ぜ、全然罰なんかじゃないよ。むしろ奉仕できるなら私の気も楽になるだろうし……」


 恥ずかしさをグッと堪えながら、なんでここまで心躍るのかも考えず、自分の気持ちを素直に伝える。

 自分の意志は固まってます、と言わんばかりに遊くんの瞳を見つめながら。


「まじでいいのか?」

「うん。まじでいいよ。私の気が晴れるまでずっとご飯作るから」

「ずっと?」

「ずっと。何年、何十年と遊くんに料理作り続けるから」


 風を送る手を止め、遊くんの手を握る私は小さく頭を下げる。


「なので、私をそばにおいてください」



  ◆  ◆



 まるでお見合いでもしている気分になる。


 無我夢中で謝って、花音に叩かれるという思いで頭を下げたのだけれど、なぜか俺よりも遥かに頭を下げてきて……。


 花音は小さい頃から割と頑固なところがある。だからどうにかして腑に落とさないとならない。

 もちろん俺も悪いと思っているからこその提案だったのだが……これじゃあまるで生涯を共にしましょうと言ってるもんだぞ?


 いやまぁ分かってるぞ?花音がそんな意味を含んでいないことぐらい。

 でもさ、手を握って俺の目をまっすぐ見つめての言葉なんだぜ?人によっちゃ勘違いするぞこれ……。


「分かった。花音がそこまで言うのなら気が晴れるまで作ってほしい」

「もちろん!誠心誠意作ります!」


 俺の手を縦に振ってくる花音の顔には満面の笑みがあり、先ほども自分で言った通り嬉しそうだ。

 なにがそんなに嬉しいのかは分からんが、もう一度この笑顔を見れたのだから良しとしよう。


「それで、俺もちゃんと償いを果たしたい。だから困ったことがあったらなんでも言ってくれ」

「なんでもいいの?」

「あぁ、なんでもいい」


 花音がずっと料理を作ってくれるのなら、それ相応の償いをしなければならない。

 だからあえて『なんでも』という言葉をつけてやった。


 毎日買い物に行ってと言われようが、私の宿題をやってと言われようがなんでもするつもりだ。

 仲直りできたのだからもう後悔はしたくはない。


「じゃ、じゃあ……私がいつ倒れても良いように近くにいて……?」

「それはもちろんのことなんだけど、そんなのでいいのか?」

「うん、それだけで嬉しい」

「なるほど……」


 花音ってこんな自分の思いをはっきりさせる女の子だったっけか?

 表情が豊かなのは今も昔も変わらないが、口数が多い方ではなかったはずだ。それこそ自分の思いをはっきりさせる子じゃなかった。


 ジッとこちらを見上げてくる花音を見ても答えはやっぱりわからない。

 なにかしらの心変わりがあったのは間違いないのだが、なにがあったんだろうな?


 なんて問いを考えていると、花音の首筋にはひとつの水滴が流れた。

 そういやさっき暑そうに手で仰いでたな。


「そ、そろそろリビング行くか?」

「そうだね。さっちゃんも待ってるし」

「だな」


 数週間前からは想像のつかないほんわかとした会話をしながら腰を持ち上げる俺達は、隣並んで防音室を後にした。


 こうして仲直りできるならもっと早くから謝っとけばよかった。

 そしたら坂間の事件やら気まずい学校生活を送る必要がなかったのに。


 まぁ、そんなのは結果論か。

 過程がどうであれ、結果が良ければ全て良しの世界なんだ。

 それはこれまでの努力――じゃなくて頑張りで常々実感している。


「あっ、そういえば……」


 なにかを思い出したのか、突然立ち止まった花音は声を上げる。

 そんな花音に首を傾げながら顔を向ければ、どことなく頬を赤らめ、指と指を突き合ってる姿が見受けられた。


「どした?なんか他にもしてほしいことあるのか?」

「そうじゃなくて……いやそうなんだけど……。あの、お買い物に行くときなんでもするって言ってたじゃん……?」

「あー、あの時なんか言おうとしてたな。あれなんだったんだ?」


 飄々と言葉を口にする俺とは裏腹に、花音の頬は見る見るうちに赤くなっていく。

 言いづらいことでも願おうとしていたのだろうか?花音のお願いなら言葉通りなんでも応えるつもりなんだがな。


「その……お、お友達になれたらな……って」


 先程まで揚々と自分の思いを口にしていた人とは思えないほどに頬が赤くなり、頭からはプシューッと白い煙が立っている。


 確かに言われた俺もかなり動揺はしてるが……そんな恥ずかしがることか?というか、仲直り=友達に戻るじゃないのか……?


 けどまぁ、こうして勇気を振り絞って言ってくれてるのだし素直に受け取ろう。

 これも花音なりの償いなのだろうから。


「もちろんいいぞ。学校でも話そうな」

「いいの!?」

「当たり前だ。これから料理作ってくれるんだろ?」

「うん!もちろん!お友達に最高の料理を作る!」


 これまた先程まで赤面を披露していた人物とは思えないほどの満面の笑みを浮かべてくる花音は、スキップを踏む――いや、できてないな……?

 スキップらしきものを踏みながらリビングへと入っていった。


 花音の姿に美佐さんは笑っていたけど、どうやら今の彼女は無敵モードらしい。

 口角をあげたままの花音は椅子に座り、お皿の上にあるピザを頬張り始めた。


「来た!変なお兄さん!」


 そんな花音に視線を向けていると、ソファーで俺のことを待ち望んでいたらしいさっちゃんが足に抱きついてくる。

 姉妹揃ってほんと可愛い奴らだな。


 なんて言葉を胸に、さっちゃんのことを抱き上げてソファーに腰を下ろすのだった。

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