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第29話 わがままな幼なじみの妹

「結構遅かったのね」


 家に戻り、ダイニングテーブルにケーキの袋を置くと美佐さんが声をかけてくる。


「ねぇねが時間かかった!」


 そんな美佐さんに、真っ先に反応したのは未だに腕の中にいるさっちゃん。


「時間がかかった?」

「いや……その、ちょっと化粧品見てたらつい夢中になっちゃって……」

「男の子と行ってるんだから我慢しなさいよ」

「だってぇ……」


 なにか、もの言いたげに目を顰める花音だが、それ以上の言葉は口に出さず唇を尖らせるだけ。


 俺は別に迷惑じゃなかったんだが、この会話に首を突っ込んだら花音が水を得た魚になりそうだからやめておこう。


「遊、ケーキ冷蔵庫に入れといて〜」

「あいよ」


 そう言葉を返した俺は腰を屈め、腕の中にいるさっちゃんへと言葉を零す。


「ちょっと降りててくれるかな?すぐに戻って来るから」

「ん」


 小さな返事だが、すぐに首に回していた手を開放したさっちゃんは地面に足をつけて俺から離れていく。


 この子すっごい聞き分けいいな。

 俺が思う小さい子は聞き分けが悪くて、わがままで、泣きじゃくるっていうイメージなんだけどな?それこそ3歳の子とか特に。


 腰を上げながらそんな事を考える俺に、母さんと一緒にキッチンに立つ美佐さんが口を切ってくる。


「うちの紗月はいい子でしょ」

「ほんといい子っすね。大人びているといいますか、落ち着いているといいますか」

「いつもはやんちゃなんだけどね〜」

「それほんとなんですか?ひとつも感じませんけど」


 ビニール袋から箱を取り出し、中のケーキが崩れないよう底に手を添えて慎重に冷蔵庫へと向かう。


「今日だけよ?こんなに大人しいの」

「そうなんすか」

「もしかして遊くんのこと好きになっちゃったんじゃないの?」

「……なんでそうなるんですか」

「さっちゃんが男の人と話すのなんてお父さん以外にないのよ?」

「それはなんというか……意外っすね」

「私からしたら遊くんと仲良くなってるほうが意外なんだけどね〜」


 冷蔵庫を開き、食材を押しのけて箱を丁寧にいれる。


 にしても、あのさっちゃんがやんちゃねぇ……?にわかに信じがたいし、俺とさっちゃんのお父さん以外の男性と話さないっていうのも信じられない。


 コミュ障代表の俺として言うが、さっちゃんはコミュ強の類だぞ?

 将来男の子を勘違いさせてしまうような女子になっちゃう子だと思うぞ?


「……いま我が娘に失礼なこと思った?」

「いやいやいや、まさかそんな」

「だよね。なら安心だわ」


 ……これが女の勘ってやつか?こわ……。

 冷蔵庫を閉じ、キッチンから離れる俺はダイニングテーブルにあるビニール袋を片付ける。


 すると、フライパンを傾けてお皿に料理を盛り付ける母さんが「早いけどご飯食べよっか〜」と口にした。


 現在の時刻は17時とそこまで悪い時間ではないが、たしかに我が家からしたら早いほうだ。

 もしかしたら夜中にお腹が空いてしまうかもしれないが、今の俺はすぐにでも料理にありつきたい。


「あっ、私料理運ぶの手伝います」

「ありがとね〜」


 なんて言葉が耳に届き、ビニール袋をたたみ終わった俺も手伝いに行こうとキッチンへと向かおうとする。

 だが、それは小さな手によって防がれてしまった。


「変なお兄ちゃん遊ぼ?」

「へ、変なお兄ちゃんお腹すいたんだけどなぁ……」

「さっちゃんお腹すいてない」

「ほら、わがままでしょ?」


 子どもだなということが再認識できて良かったとも思う反面、三大欲求のひとつを満たさないまま遊びたくないという思いが募る。


 子どもはわがままでなんぼだと思うし、そのわがままをどれだけ聞けるかが大人の役割……だと俺は思っている。


「じゃあさっちゃん、お部屋の探検でもする?」

「お部屋のたんけん?」

「そう。この家のお部屋を見て回るの」


 見て回る。即ち、ただ歩くだけで済むということ。

 歩くだけなら食事も遊びながら多少なら食べることができるという寸法だ。

 行儀は少々悪いが、今俺にできる最適解だ――


「さっちゃんわがままはダメよ〜。遊びたいなら食べた後にしなね〜」


 ――テーブルに食事を置いた美佐さんが目の前へと現れ、さっちゃんを抱っこする。


 そうすれば、やっぱりと言うべきか、さっちゃんは悲しげな表情を浮かべて美佐さん……ではなく俺の方を見てくる。


「情に訴えてもダメよ。遊ぶのは食べた後」


 俺とさっちゃんの間に仕切りを作るように身体を入れてくる美佐さんが言葉を口にすると、さっちゃんはリスのように頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。


 でもまぁ、泣いていないということは納得はしてくれたのだろう。

 後でいっぱい遊んでやるからな。

 なんて言葉は口にせず、目だけで訴えかける俺はキッチンへと向かって運搬の手伝いを始めた。




 美沙さんの乾杯の音頭とともに始まった食事会は、なんともものになっていた。


 というのも、俺の膝の上にはさっちゃんが座っており、胸部に頭をぐりぐりと押し付けていて物理的に息苦しいのだ。


「さっちゃん?迷惑だよ?」

「んいや、いいよ。さっき遊べなかったからそれのお返しってことで」

「……ほんとに?重くない?」

「全然大丈夫」


 正面に座る花音が心許ない目を向けてくるが、なんの心配もない。

 西原家がこの家に来てからというものの、ほとんどの時間さっちゃんのことを抱っこしている。


 今更だ、という言い方もできるが、俺も好きで抱っこしている。

 確かに子ども慣れはしていないが、慣れてないだけであって嫌いなわけではない。

 それに、さっちゃんは可愛いからな。見てて飽きないし、何でも許せる。


「重くなったら言ってね?変わるから」

「了解。と言っても全然重くないんだけど」


 ポンっとさっちゃんの頭に手を置き、撫でてやりながら口を開く。

 すると、なぜか花音は目を細め、


「さっちゃんのこと大好き過ぎない……?」

「まぁ可愛いからな」

「それは否定しないけど……甘すぎない?食べさせてあげてるし……」

「可愛いからな」

「……それで片付けようとしてない?」

「してないしてない」


 確かにさっちゃんには甘すぎるかもしれないな。


 花音が言った通り机の上にある焼きそばを食べさせてあげたり、俺たちが外にいる時にとったであろう出前のピザを食べさせてあげたりとかなり甘いかもしれない。


 でも、甘やかすたびに見せるさっちゃんの笑顔が堪らなく可愛いんだよな。


「ならいいんだけどね?」


 どことなく頬を膨らませているようにも見える花音はピザを自分のお皿に乗せ、小さな口を開いて齧り付く。


 まぁ、たださっちゃんが可愛いだけで甘やかしてるんじゃなくて、こうして花音と話せる話題を作り出すためってのもあるんだけどな。


 さっちゃんのことを利用してる……と言ったら人聞きが悪いが、先ほども述べている通り俺は好きでやっている。

 即ち、両方のことが同時に出来て一石二鳥というわけだ。


「にしても花音ちゃん久しぶりねぇ〜」

「あっはい!お久しぶりです!」

「随分と元気になっちゃってねぇ。もう身体は大丈夫なの〜?」

「症状が悪化したとかはないので大丈夫です!」


 ついこの前倒れたけどな?なんてことは言葉にせず、お皿に取っておいた焼きそばを頬張る。

 というか、確かに母さんは夜勤が多いから外で鉢合わせることなんてあまりないと思う。でもそんなに会ってないのか?


 そんな疑問も当然口にすることのない俺は、ブラブラと足を足を振るさっちゃんがこちらを見上げてくるのを視界にいれた。

 口に食べ物が入っているので流石に言葉をかけることは出来なかったが、首を傾げながら見下ろしてやると、


「遊ぼ?」


 お腹がいっぱいになってこの場を満足したのだろう。

 さっちゃんの口から発せられた言葉を受け止めた俺は、そっとお皿を置いて口の中にある焼きそばを強引に喉に通してやる。


「んじゃあさっき言った探検でもしよっか」

「うん!」


 大きな頷きを披露したさっちゃんは大急ぎで俺の膝から降り、手を握って引っ張ってくる。


 そんなさっちゃんに答えるように立ち上がった俺は、机の上にある食材を一瞥し、そして再度さっちゃんのことを見下ろした。


「無理してさっちゃんのわがままに付き合わなくていいのよ?」

「俺も楽しいんで大丈夫っすよ」

「ならいいんだけど……さっちゃんもお兄ちゃんに迷惑かけたらダメよ?」

「さっちゃんかけない!」

「……ほんとかなぁ」


 そんな言葉を最後に、俺とさっちゃんはリビングを後にした。


 正直言って俺はまだお腹が膨れていない。

 もっと食べたいし、なんなら花音と話したい。


 だがまぁ、さっちゃんと遊ぶのは今日が終わればいつ遊べるのかわからない。

 ご飯に関しては残りそうだったし、花音についてはもっと話す内容を練る必要がある。


 俺はもちろんのこと、花音も学校の様子を見るにコミュ障だ。

 だからできるだけ途切れない……盛り上がる話題を見つけてこないとな。


「変なお兄ちゃん!この部屋なに!」

「そこは洗面所だね」


 戸を開きながら言葉を口にすると、目を輝かすさっちゃんは俺の手を引っ張って洗面所へと入っていく。


 洗面所のなにが面白いんだ?なんてことも思うが、自分の家とは違う風景が新鮮なのだろう。


「変なお兄ちゃん、ここ毎日使ってる?」

「毎日使ってるね」

「さっちゃんも毎日使いたい!」

「んーそれは無理かな?たまにならいいと思うけど」

「どうして?」

「ここはさっちゃんのお家じゃないからね」

「ぶー」


 なんとも分かりやすく頬を膨らませたさっちゃんはこれ見よがしに不服気な目を向けてくる。

 けど当然そんな目を向けてきても無理なものは無理だ。


「つぎぃ!」

「そんなカッカしなさんな……」


 俺の曲がらない信念に嫌気が指したのか、はたまた諦めてくれたのか、ズシズシと足音を鳴らしながら洗面所を後にするさっちゃん。

 だけど、俺の手を離すことはなかった。

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