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第27話 優雅な休日になるはず……だったんだけどなぁ?

 休日。優雅なひと時が過ごせて、自由な時間が作れる。

 1日中ベッドに潜っていたって怒られることはなく、ゲームをしていたって怒られることはない最高の日。


 もちろん今日もその最高の日になろうとしていた。


 久しぶりにこんな寝たなぁなんてことを思いながら服の中に手を入れ、頭を掻きながら大きなあくびをする。


 時刻も昼過ぎになり、朝食も食べていないからお腹がよく泣く。

 そんなお腹を宥めるように擦り、階段を降り――


「あっ、お邪魔します」


 ――玄関からは突然そんな言葉が聞こえ、あくびのために閉じていた目を開いてみれば想像を絶する光景が視界いっぱいに広がった。


 まず俺に対して声をかけてきたのは西原花音。そして次に口を開いたのが、


「久しぶりだね?遊くん」


 西原の――ややこしいな。今日だけは特別に――花音の母親である西原 美佐みささん。

 ほんで花音の後ろに隠れてるのが……妹か?初めて見るな。


 ピタッと止まっていた身体を再度動かしたのは、母さんがスリッパを出したときだった。

 不審な俺のことなんて何のその。

「ささっ、入って入って」と口にする母さんはリビングへと歩いていく。


「ちょい待て。俺なんも聞いてねーぞ?」

「あれ?そうだっけ?」

「……そうだよ」

「そしたらごめ〜んね?報連相ができなかったわお母さん」

「絶対わざとじゃん……」


 手を合わせ、首を傾げながら謝ってくる母さんにとやかく言うことは出来ないので階段を降りた俺もリビングへと向かおうとする。


 幸いなことに、今の服は白いTシャツと黒のジャージパンツ。変な寝間着を見られずに済んだと思えば運が良いのだが、全体的に見れば運が悪い。

 というか、今日なんかあったっけか?もしかして一言も話してない妹さんの誕生日か?


「――おはよっ」

「え?あ、あぁ……。おはよう」


 突然肩を叩き、はにかみを向けてくるのは西原――じゃなくて花音。

 あまりにも意外すぎる言動に思わず挙動不審になってしまう俺は声が裏返りながらも言葉を返す。


 な、なんだ?どうしたいきなり。

 今までそんな素振り……というか初めて見るぞ?そんな素振り。


 いつもならそらすはずの視線はジッと俺のことを見ているし、なんならそらさないぞという意思すら目の奥からは感じる。

 ……なんの気変わりだ?


 またもやピタッと止まってしまった俺は、隣を通り過ぎていく花音の後ろ姿を見やる。

 学校の時とは全く違う綺羅びやかな衣服をまとった花音はどこか嬉しそうで、どこかやる気に満ちているように見えた。


「最近花音に笑顔が増えたのよ?遊くんのおかげかな?」

「……いや、俺はなんもしてないっすけど……」

「またまたそんなこと言っちゃって〜」

「まじなんすけどねぇ……」


 昨日までは普通……というか、ファミリーレストランで会って以来話していない。

 体育も体調のことを気にして花音は休んでいたし、あれ以来授業中に抜けることもなかったからノートを貸して貰う必要もない。


 だから本当になんの接点もないのだ。

 なにで心が動いたのか、なにをどう思ってあんな親しくなったのか、俺には全くわからないのだ。


「あっ、ちなみにこの子は花音の妹の紗月ちゃんね。可愛いでしょ〜」

「あー……なるほど。可愛いっすね」

「……もしかして子ども慣れしてない?」

「え?まぁ……してないと言えばしてませんけど……どうしてそれが?」

「『可愛いっすね』だけじゃダメよ?『紗月ちゃんは何歳なの〜?』とか『お兄さんと遊ぼっか〜』とか、第一印象が大切なんだから」

「……なるほど。勉強になります」


 いつの間にか花音から離れて美佐さんの後ろに隠れている紗月ちゃんはジッとこちらを見上げてくる。


 さっき俺が言葉にした通り、紗月ちゃんは可愛い。目がクリッとしていて、まつ毛が長くて、髪が型がボブなのが小顔を更に引き立てて誰が見ても可愛いと言ってしまうほどに可愛い。


「……勉強になっただけでなにも言わないのね」

「あ、すみません」


 紗月ちゃんと合わせていた視線を上に向け、美佐さんに頭を下げた俺は腰を曲げる。

 そして再度紗月ちゃんの目を見た俺は、一応笑顔であろうものを浮かべながら言葉を紡ぐ。


「はじめまして紗月ちゃん。紗月ちゃんは何歳か――」


 なんて、美佐さんのアドバイスを頼りに言葉を口にしていた。

 でも、紗月ちゃんは楽しくなかったのだろう。

 俺の言葉を遮り、こちらを指差してきたのだ。


「お兄さんの顔、変」

「…………。そっ、か。お兄さんの顔、変だよね?」

「うん。変」


 そんなはっきり言いますかねお嬢さん……。

 相変わらず俺の顔を指差してくる紗月ちゃんから視線をそらし、腰を持ち上げた俺は美佐さんの顔を見る。


「美佐さん。一応俺も人間なんで傷つくんすよ?」

「そ、そうね。でも……面白かったよ。あの……歪な笑顔……」


 俺の視線の先に居るのはいつもの悠然とした美佐さんではなく、口を抑えて一生懸命に笑いを堪えている美佐さんの姿。


 ……俺の笑顔、そんな変でしたか?ねぇ変でしたか?

 みるみる顔が熱くなる中、俺のことを指差したままの紗月ちゃんが口を開いた。


「変なお兄さんだれ?」


 どうやら彼女の中では俺のことを『変なお兄さん』と命名したらしい。

 別に悪いとは言わないが……あまり外では言わないでくれよ?


「お兄さんは白崎遊って名前なんだけど……遊とでも呼んでくれ」

「さっちゃんはさっちゃん。変なお兄さんはさっちゃんって呼んでね」

「……はい」


 軽く促してみたのだが、やっぱり彼女――さっちゃんの中で俺は変なお兄さんで固定らしい。


 だけど、ずっと美佐さんの後ろに隠れていたさっちゃんはやっと俺の前に顔以外の姿を表し、右手を差し伸べてくる。

 そんな姿に首を傾げていると、


「ん」

「握手じゃない?」

「あー……」


 なるほど、と手を鳴らした俺はさっちゃんと視線を合わせて右手を握る。


「さっちゃんと変なお兄さんお友達」

「……ども」


 嬉しいと言えばいいのか悲しいと言えばいいのか、曖昧な気持ちが胸に渦巻く。

 ……まぁ、これも花音と仲直りできるチャンスだと思えばいい……のか?


 小さく縦に手を振る俺と、なにを思っているのか分からない真顔を披露するさっちゃんの間にはなんとも言えない空気が流れる。


 前述した通り、俺は正直言って子ども慣れしていない。いやまぁ子ども慣れと言う前に人間慣れすらしてないんだけれども。


 だからこういう時どんな会話をすればいいのかはっきり言って分からん。

 遊ぶと言っても小さな女の子がどんな事するかも分からんし――


「……なんで2人で握手してるの?」


 ――俺達が中々リビングに来ないことを不思議に思ったのだろうか。

 ヒョイッと扉から顔を出した花音が眉を顰めながら言ってきた。


「紗月が遊くんのこと気に入ったみたいよ?」

「……にしてはさっちゃん無表情だけど」

「それはあれじゃない?遊くんがよく分からないからじゃない?変なお兄さんって呼んでるぐらいだし」

「……そんな呼び方してるの?」

「これまた遊くんが面白い顔したのよ。ねぇ?紗月」

「うん、変なお兄さんの顔面白かった」


 あー……できれば言わないでほしかったな?

 これから仲直りしようと考えてる人の前なんだからさ?


 背後から「え、ずっる」なんて言葉が聞こえてきた気もするが、多分気のせいだろう。

 俺の変な顔を見れなくてずるいなんて思うはずがない。


 なんてことを思いながら腰を上げ、さっちゃんから手を離そうと指を開く。

 けれどさっちゃんの手から力が抜けることはなく、ギュッと握ったまま俺の顔を見上げてきた。


「な、どしたのかな?お兄さんお着替えしたいんだけどな?」

「変なお兄さんのおてて大きい」

「いい歳をした男だからね」

「お父さんみたい」

「そっか。じゃあお兄さんお着替えしてくる――」


 とりあえずの言葉を返した俺は再度手を広げて離させようとするのだが、やっぱりさっちゃんは俺の手を握ったまま。


 一体この子はなにを望んでいるのだろうか?

 新手のカツアゲ?それともなにか欲しいものでもあるのか?

 だとしたら俺にはなにもないが……。


「遊〜!着替えて買い物行ってきてー!」


 途端に聞こえてくるのはリビングの中から。

 キッチンで支度をしているのだろう。叫びに近い声が俺の耳に届く。

「はいよ」と声を返した俺は再度さっちゃんに視線を下ろし、


「すまんさっちゃん。買い物行けとのことだから」


 ワシャワシャと慣れない手つきでさっちゃんの頭を撫でながら言葉をかける。

 最近良く見るサッカーボールよりも小さいさっちゃんの頭は俺の手で鷲掴みできるほど。


 そしてさっちゃんも満更でもないのか、頬を緩ませ『もっと』と言わんばかりに頭を押し当ててくる。

 ……もしかして逆効果だったか?


「もしよかったらだけど、紗月のこと連れて行ってくれない?この感じだと離なさそうだし」

「……まじで言ってます?俺、子守なんてしたことないっすよ?」

「だったら花音も行ってきたら?そしたら紗月の面倒も見れるしね」

「わ、私も?」

「そう。私も」


 なぜか俺の手とさっちゃんの頭に視線を落としていた花音は、今日初めての動揺を見せる。

 数日前まではこの光景が……というよりも同じ空間にいることすら珍しかったのに、不思議な感じだ。


 やっぱり花音は何かしら心を入れ替えたのに間違いはない。

 俺みたく、誰かに感化されたのかもしれないし、自分で改めようと思ったのかもしれない。


 まぁその辺は追々仲良くなったら答え合わせするとして、今はさっちゃんのことか。

 一応握手していた俺の右手は離してくれた。けど、今度は撫でるのをやめてほしくないらしく、左手首を掴んでくる。


 ……抱っこでもするか?


「ん、っと」


 なんて掛け声とともにさっちゃんのお尻へと手を回した俺は軽々と持ち上げてやる。

 生憎左手首は掴まれたままだが、抵抗してこない感じを見るに嫌ではないのだろう。


「あらあらまぁまぁ。遊くんも大きくなっちゃって」

「……なんすかいきなり」

「少し前までは小さかったのにねぇ。紗月を抱っこできるようにもなってねぇ」

「そっすね。成長期ですからね」


 思いに浸る美佐さんは頬に手を添えているが、母さんのお願いが待っているのでそれ以上の言葉をかけることなくさっちゃんと一緒にリビングへと向かった。


 月曜日の話になるが、母さんのことを疑っていたあの気持ちはスッカリと晴れた。

 あの時は俺の気が動転してしまっていた。だから変なことを考えて、絶対味方であろう母さんを敵視してしまっていた。


 そのことは本当に申し訳ないと思う。

 だから俺は母さんの願い事――おつかいやら今日みたいな突然のことを――何でも受け止めようと心に誓った。

 やっぱり俺の1番信頼できる人は母さんしかいない。


「随分紗月ちゃんと仲良くなったのね?」

「まぁ色々あってな」


 ダイニングテーブルで紙とペンを片手に持つ母さん。

 そんな母さんにさっちゃんを撫でながら言葉を返してやる。


「へ〜?ずるいわね。私も仲良くなりたいわ」

「できないのか?」

「それがね?遊が降りてくる前に挨拶したんだけどね?警戒されて一言も話してくれなかったのよ」

「なるほど……」


 正直言う。

 俺なんかより母さんの方が圧倒的に優しいし、口調が柔らかいから話しやすいはずだ。


 そして更に正直に言う。

 俺は仏頂面で声にも抑揚がない。

 これは母さんにも言われたし、中学の時の担任にも言われたから自覚している。


 とまぁ、俺なんかよりも母さんの方が断然良いはずだぞ?

 ……まぁでも、さっちゃんは俺の方に来た。


 もしかして怖いもの見たさってやつか?

 だとしたら物好きだな。


「んでこれがお買物リストね〜。羨ましいけど、紗月ちゃんと楽しんでおいで〜」

「あいよ」


 半分に織られた紙を受け取った俺はポケットに入れ、リビングを後にして階段を登る。

 流石に寝間着同然のこの服で外に出るわけには行かないからな。


「あっ私ここで待ってるね」

「りょうかい」


 美佐さんと会話をしていた花音はふと思い出したかのように言葉をかけてくる。

 そんな花音に顔を見ずに言葉を返した俺は自室へと向かった。


「さっちゃん。扉開けるから頭から手離すよ?」

「ん」


 おぉ、随分素直だな。

 断られると思って聞いたんだが、抱っこが相当良かったのか?

 なんてことを思いながら足を止め、ドアノブを握って扉を引く。


 刹那、まるで雪崩のように崩れ落ちてくる漫画や参考書。

 俺にとってはそれぐらい日常なので気にしていなかったのだが、さっちゃんにとっては非日常が過ぎたみたいだ。


 今日初めて目を輝かせるさっちゃんは俺の部屋を指差し、


「汚いお部屋!」

「んなはっきり言わんでも……」


 楽譜や道具などの間にある僅かな空間に足を入れながらベッドへと向かう俺はタンスに手を伸ばし、着替えを取り出す。

 といっても、取り出すのは黒のスラックスのみ。


 白のTシャツぐらい外に出ても変わらないだろう。

 デートってわけじゃないんだし。

 ……まずデート服なんて持ってないし。


「汚いお部屋!初めて!」

「さっちゃんの初めてを頂けて光栄ですよ。でも汚部屋というのはやめてくれ?いやまぁ掃除してない俺が悪いんだけど」

「ねぇねが言ってた!お部屋が汚かったら心も汚いって!」

「……そっか。うん、ごめんな?変なもん見せて」


 うん、明日にでも掃除しよう。

 そう心に誓った俺はゆっくりとさっちゃんをベッドの上に乗せてやる。


「変なお兄さんの心も汚れてる?」

「うーん……まぁ、うーん……よ、汚れてないぞ?」

「でもお部屋きたないよ?」

「……だな」

「変なお兄さんの心汚れてるー!」

「そうです……。俺のこころは汚れてます」


 今すぐにでも過去の掃除をしなかった自分をボコボコにしてやりたい。


 何度も言うが、俺だって人間だぞ。ちゃんと傷つくんだぞ!

 絶対明日掃除してやるからな!

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