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第25話 勘違いだったのか……

 手に持つ鉄板と平皿を丁寧に俺の前へと配置してくれる店員さんは、エプロンのポケットから伝票を取り出した


「あ、はい」


 俺が注文したわけじゃないから分からんが……まぁいいだろう。後ろで楽しく話しててこちらを見ていない宝田が悪いからな。


「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」


 伝票立てへと紙を入れた店員さんは軽く会釈をして席から離れていく。

 それに続くように俺は木の板で囲まれている鉄板をスライドさせて対面へと押し出してやる。


 すると、匂いに反応したのか突然視界外から現れた宝田はハンバーグと白米をまるで店員さんのように手に持つ。


「俺隣で食うわ!」

「……おう」

「せっかく一緒に来たのに白崎くんかわいそ〜」

「だ、駄目ならこっちで食うけど……駄目か?」


 山口さんの言葉に思わず眉尻を落としてしまう宝田。

 当然そんな宝田に『駄目だ』と言えるわけもなく、


「別にいいぞ?楽しんでこい」

「よしっ!サンキューな!」


 表情を変えることなく言葉を返してやると、途端に笑顔を取り戻した宝田はこれまた器用にスキップを踏みながら背後の席へと戻っていった。


 あの笑顔でも分かるし、この短時間の会話でも大体はわかる。

 宝田は多分俺と話すよりも女子2人と話してるときのほうが楽しいと思っている。


 別にそれに対して嫉妬なんて抱かないし、羨ましいとも思わない。

 なんせ友達じゃないからな。ちょっと気を許したただのクラスメイトだ。

 それぐらいの関係だったら変に縁を切られることもないし、傷つく必要もない。


 再度味わうようにコーヒーを口の中に含んだ俺は、鼻からため息を吐き出し――


「どこか行ってたの?」


 ――突然話しかけてくるのは背中合わせに座っている西原。


 昨日はあんなこと言っといて心配でもしてるのだろうか?

 だとしたらおこがましいったらありゃしないが。


「カラオケにな……」

「そうなの?ここの近く?」

「すぐそこのカラオケ」

「えっ、さっきまで私がいたところじゃん」

「そう――」

「――まじで!?うっわ、もうちょっと早く会ってれば歌声聴けたのに……!」


 俺の言葉を遮り、ハンバーグを食べてるはずの宝田が悔しそうな声音で割り込んでくる。

 別にその割り込みに対して俺は不快だなんて思わない。むしろありがたいと思うほどだ。


 もしかしたら西原は俺との日常会話からイキリだと思う言葉を見つけ出そうとしているのかもしれない。

 そしてその言葉を坂間にチクるつもりだったのかもしれない。


「だ、誰の歌声を聞きたかったの?」


 予想外からの言葉に戸惑っているのだろう。

 隠せていない動揺が俺の耳に飛んでくる。


「そりゃもちろん西原さんと山口さんよ」

「山口さんは上手だけど、音痴だよ……?私」

「音痴なんて関係ねーって。楽しかったらなんでもいいよ!」

「な、なるほど……。それもそうね?」

「だろ〜」


「うんうん」と頷く山口さんの声を最後に、騒がしかった背後は途端に静になる。

 誰かくたばったのか?なんて疑問が脳裏に過る俺はコーヒーを飲むふりをしながら後ろを見やる。


 すると、ハンバーグを頬張る宝田とタッチパネルに視線を落とす2人の姿が目に入った。

 おでことおでこが当たりそうなほどに女子2人の距離は近く、いつの間にそんなに仲良くなった?と首を傾げてしまう。


「どれにす――あっ」


 不意に顔を上げた山口さんは分かりやすく目を見開いた。

 なぜかって?そんなの俺と目が合ったからに決まってるだろう。


 軽く会釈をした俺は内心慌てて視線を逸らし、またもや誰もいない壁に目を向けた。

 なんで山口さんが目を見開いたかなんて分からん。ただ驚いただけかもしれんし、もしかしたら俺の頭に虫でも付いていたのかもしれない。


 けど、答えはすぐに落ちてきた。


「ん?どしたの?」

「あーいや、今白崎くんと目が合って思い出したんだけど昨日なにかあった?」

「え?」


 呆けた声が背後から聞こえてくるが、同じ質問をされたら俺も同様の反応を示すだろう。


 だって昨日は色々とありすぎたのだから。

 西原が体育中に倒れたり、その西原を俺が抱っこしたり、俺が痛いやつだって言われたり。


 どれのことを言っているのかもわからないまま答えられるわけがない。

 だからこそこの呆けた声が漏れたのだろう。


「昨日さ?帰り道で坂間と鉢合わせたんだよね。その時に『西原さんがなんとか』『白崎くんがなんちゃら』ってグチグチ言ってたから」

「え、あっ、そ……そうなんだ?」

「西原さんわっかりやす!絶対なんかあったじゃん!」

「いやぁ?そんな事ないけどなぁ?」


 ところどころ裏返る言葉は問いかけてくる2人とはまた別の方向へと飛んでいく。

 でもまぁ、西原がこんな動揺するのも頷ける。


 坂間と西原が愚痴っていた相手が背後にいるのだから言いたくないのだろう。

 俺としてはもう気づいてるから好きなだけ言ってもいいんだけどな?

 ……多少は傷つくけども。


「坂間がなにかしたのなら私がボコボコにしてやるからさ。楽になりなよ」

「そうだ。人間抱え込むのは良くないんだぞ」

「た、宝田さんまで……」


 ナイフかフォークでもお皿に置いたのだろう。

 カチンと鳴る音とともに、更に宝田は口を切る。


「溜め込むぐらいなら吐き出したほうが良いぞ?そん時は俺が受け止めてやる!もちろん白崎の愚痴もな!」

「……どーも」


 突然の話のふっかけられ方に戸惑ってしまう俺だが、すぐに顔を後ろに向けて言葉を返してやった。


 確かに俺も色々と抱え込んでいる。

 だが、だからといって宝田に言う内容ではない。

 その悩みが帰って引かれる元凶になるかもしれんし、まず俺の問題だし。


 コーヒーカップを手に取り、口をつけて苦みを堪能――って、もう無くなってる……。

 致し方なくコーヒーカップからお冷が入っているコップへと持ち替えた俺は口の中を潤す。


「言っていいのかな……?」

「言っちゃえ言っちゃえ。なにかあったら私が守ってあげるから」

「……本当に?」

「ほんとほんと」

「な、なら……」


 罪を償うつもりなのか、ゆっくりと口を開く西原は言葉を紡ぐ。


「坂間くんが……後ろの人の悪口言ってた……」


 せめてもの足掻きなのか、俺の名前は伏せて遠回しに言葉を口にする西原。

 さすれば、当然話を聞く2人の頭には疑問が浮かび上がり「後ろ?」と山口さんが代表して言ってくる。


「うん……後ろ」

「もしかして白崎のことか?」

「……そう」


 渋々ながらも頷く西原の声は相変わらず小さい。が、近くにいるから分かる。

 どこか熱が籠もっていて、言葉の節々に悔しさすら感じる声音が。


『今更後悔してるのか?』なんて捉え方もできるのだが、どうしてもそんな風には思えない。

 自分を責め立てるような、断れなかった自分を卑下するような、とにかく自分に対しての悔しさが伝わってくる。


「――ごめんね」


 不意に聞こえてくるその言葉は俺に向けてだと思った。

 坂間にバラして『ごめん』という意味なのならわざわざ口には出さないはず。もしかしたら出す人もいるのかもしれないが、こちらに向けながらなんて言わないはずだ。


 思考に全神経を注ぎすぎて身体が動かせない俺を他所に、西原は更に口を開く。


「坂間くんがイキリだとか、痛いやつだとか、それを本人に向けて……大声で言って……」

「あ?あー……あ?待て。いや……あー?あ、そういうことか」


 西原の話を聞いてなにを思ったのか、突然歯切れの悪い声を上げる宝田。

 だがすぐに答えにたどり着いたらしく、ポンッと手を叩いてソファーから立ち上がる――


「それ、全部白崎に向けて言ったんだよな?」

「……うん」

「おっけ。ちょっくら坂間のとこ行ってくるわ」

「――待て待て待て待て。早まるな宝田」


 慌てて宝田の服を掴んだ俺はグイッと身体をこちらに引き寄せる。


 多分あの時――カラオケまでの道のり――での会話と結びつけたのだと思う。

 確かにあの時変に言葉を吐いた俺が悪い。が、こんなすぐに答えを聞くことになるとは思わんだろ。


「俺の友達をあんな顔にさせたんだぞ?黙ってみてられるか」

「大丈夫だから。宝田に話聞いてもらったから大丈夫だ」

「……本当か?」

「ほんとだ」


 訝しげな視線を送ってくる宝田に真っ直ぐな視線を送ってやれば、やっと納得してくれたようで諦めのため息を吐いてくれた。


「本人が大丈夫って言うのなら良いんだけどさ……」

「うん、だから大人しくハンバーグ食べといてくれ」

「分かった……」


 どこか不貞腐れるような言葉を零す宝田から手を離すと、渋々ながらもソファーに座り直す。

 逃げ出さないか念の為に見張っているが、この調子だと大丈夫そうだな。


 ……というか、今は西原のことか。

 西原の様子を見るに、自分も被害者だと言い張ってる節は見えない。それどころか、加害者ですら怪しいぐらいだ。

 現に、今もなお目を伏せて申し訳無さそうにしている。


「坂間そんな事してたんだ」

「うん……」

「ちなみになんだけど、昨日坂間と出会った時に頬を抑えながら不服そうな顔してたんだよね。西原さんなにかしたの?」


 不服な顔……?

 俺のことを罵って楽しかったんじゃないのか?


 大声で俺に問いかけてた時は心の底からの笑みもあったし、不服になる要素なんてない。

 それこそ西原がなにかしない限り――


「……ビンタした」

「――は?」


 後ろから聞こえてくる言葉に、誰よりも早く、背後を振り返った俺の口からは戸惑いの言葉が溢れ出てしまう。


 いやだって……え?ビンタ?

 確かに今の様子がおかしくて、西原は言っていないのか?なんて思考も脳裏に過ったけど……え?ビンタ?

 いつした?俺がトイレに行った時?じゃあなにも言わなかったのはなんだったんだ?


「な、なに……よ」


 ほんのり頬が赤くなってる西原と目が合うが、そらすなんていう愚行はしない。いや、できなかった。

 西原の眼はこれ見よがしに泳いでいるが、俺はその眼を見つめることしかできなかった。


「ビンタって……まじで?」

「まじです……」

「なんでだ?」

「……い、言わないとダメ?」

「言ってくれ」

「……その、イラついた……から」

「あー……そういうことね。あー……」


 先程の宝田と同じように歯切れの悪い言葉が口から出てくる。

 やっとそらせた視線をコーヒーが入っていたカップへと落とし――


 ――全部、俺の勘違いだったってわけか。


 その結論に至った結果、スッと身体が軽くなっていくのが分かる。

 感じていた悲しさすらも、傷すらも一気に癒やされ、なんなら嬉しさが込み上げてくる。


『イラついた』それ即ち、『俺のために』と捉えて良いだろう。

 だから昨日の帰り道の時の声が純粋なものだったのか。だから俺と出くわした時にあんな動揺してたのか。


 全てのことに辻褄が合うに連れ、まるで筋肉の繊維が解けるように身体の力が抜けていく。

 それと同時に安心感が湧いた。


 この約5年間ですべてが変わったと思っていた。けれど、優しいところはなにも変わっていなかった。

 喧嘩別れした幼馴染なのに、全く会話なんてしていない異性なのに、俺のことを思って叱ってくれた。


 勘違いしてた俺が言うのもおこがましいと思う。

 だけど、言わせてくれ――


「ありがと」


 ――そして、謝ろう。

 今は宝田たちが居るから言えないが、今度2人きりになった時にちゃんと謝ろう。


 背もたれに体重を預けながら言葉を口にする。

 久しぶりに感じる高揚感を胸に。


「ど、どういたしまして……」


 未だに顔が赤いであろう西原の言葉を受け取った俺はコーヒーカップを手に持って席を立つ。


「コーヒー淹れてくる」

「あっ、じゃあ俺も行くわ」


 大人しくハンバーグを食べていたはずの宝田もコップを手に持って立ち上がる。

 そして足早に俺の隣へとやってきた。


「なんかいつもよりも笑顔じゃねー?」

「かもな」

「いつもより素直じゃね?」

「かもな」


 なんて会話をしながらディスペンサーにカップを置いた俺はボタンを押す。

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