店員さんに案内され、お冷を頂いた俺達……というか宝田だけがタッチパネルを独占する。
まぁ俺は飯食わないから良いんだけど、ほんとがめついなこいつ。
「俺のドリンクバーも頼んでくれ」
「おけー」
カラオケにいた時の興奮はどこへ行ったのやら。
完全に落ち着きを取り戻した宝田は静かに指を動かす。
まぁ流石に公共の場では騒がないのだろう。
羞恥という言葉はないが、弁えという言葉は頭の辞書にあるらしい。
「んじゃ飲みもん取ってくるけどなにがいいよ。オレンジジュースか?」
「宝田にも優しさってあるんだな……」
「俺のことなんだと思ってる。奢ってくれるんだからこれぐらいはしないと釣り合わねーよ」
「なるほどね?ならコーヒー頼むよ」
「おーけー」
なんて言葉を残した宝田は腰を上げ、ドリンクバーの方へと歩いてった。
別に釣り合いなんて気にしなくてもいいんだが、優しくしてくれるのならそれに越したことはない。
……まぁ、俺が一番驚いてるのはあの宝田が静かなところと優しさがあるところなんだが。
「にしても、まさか誰かとここに来るとはね」
ふぅ、と鼻からつくため息と共にそんな言葉を零す。
あれはまだ西原が元気なときだったな。
公園での帰り道、『お腹すいたね〜』なんて会話をしている時に視界に入ったのがこのファミレス。
あの時はまだ幼く、お金も全く持っていない小学生のガキンチョだったから入ることはなかった。だが、あの日俺と西原はとある約束をした。
あいつがいま覚えてるかは知らんが『大きくなったら来ようね!』なんてことを言ったもんさ。『その時は俺が払うよ!』という言葉をつけ加えてさ。
まぁ結局来ることはなかったんだけど、まさか人が変わって来ることになるとはな。
「――ブラックで良かったか?」
「ん、大丈夫。ありがと」
俺の前に丁寧にコーヒーカップを配置してくれた宝田は「よっこらせ」という言葉を零しながらソファーに腰を下ろす。
「にしてもファミレスに来てコーヒーだけか?ポテトとか頼んだらどうだ」
「家に帰ったら飯あるからな」
「あーね?ならしゃーないか」
フンフンと頷く宝田は赤黒い炭酸水を喉に流し込む。
それに続くように俺もコーヒーを口に含んだ。
というか、なんやかんや俺もこの店に入るのは初だな。
家族と別店舗に行くことは多々あったのだが、街中に位置するこのファミリーレストランにだけは入らなかった。
まぁ車では入りづらいという難点もあったし、今もだけど客が多いからな。
そんなことを考えながらじっくりと口の中でコーヒーを堪能した俺は喉に液体を流し込み――
「そちらのタッチパネルでご注文の方をお願いします」
店員さんの声が背後の席から聞こえ、息をするぐらい自然にそちらに尻目を向けた。
「――ゴホッゴホッ」
瞬間、やつが――俺の幼馴染が――西原がソファーに座ろうとしていたのだ。
コーヒーが変なところに入り、むせてしまった俺は慌ててコーヒーカップを机に置き、胸元を叩きながらおしぼりを取り出して口を拭く。
な、なんであいつがここに居るんだ!それも後ろの席に!そして俺と背中合わせの状態で!
気づいてないのか!?気づいてないのなら相当周り見てないってことになるが……いや全然有り得そうだな?
小さい頃からそうだったが、なにかに興味が惹かれたら周りが見えなくなるやつだったし。
「おい大丈夫か?背中擦ってやろうか?」
「いやいい……」
「……否定するの早すぎるな?もっと素直になって良いんだぞ?」
「素直だから拒否したんだよ……」
やっと落ち着いてきた胸元を優しく自分で擦りながら深呼吸をする俺は、徐々に姿勢を正していく。
さすれば目の前でシワを寄せる宝田がよく見えるが、幸いなことに背後の西原と山口さんには気づいてないみたいだ。
心のなかで手を合わせ、ずっと俺だけのことを見ててくれ、と願う俺は最後の深呼吸をしておしぼりを机に置く。
あちらが気づいていないのならそれに越したことはない。
未だにシワを寄せてる宝田も気づいてないっぽいから――
「あれ?白崎の後ろに座ってる2人って西原さんと山口さんじゃね?」
――まぁ……だよな。気づくよな……。
でもあちらが気が付かなければ宝田が話しかけに行くことはないだ――
「あれ?宝田くんと白崎くんじゃん」
不意に背後から聞こえてくるのは宝田と目が合っているであろう山口さんの声。
そりゃ対面に座ってるんだから気がつくとは思ってましたよ。思ってましたけど、そんなこっちまで聞こえる声で言いますかね!山口さん!
途端にソファーから腰を持ち上げた宝田は俺の前から姿を消し「学校ぶりじゃん!」という元気な声だけが背後へと移動する。
どうやらこいつの辞書からは弁えすらも消え去ったらしいな!
「宝田くんもここ来るんだね?」
「なんと俺は今日が初なんです!」
「え、そうなの?西原さんと一緒じゃん」
「まじで?うぇーい同士〜」
……あいつコミュ強すぎないか?
なんだよ『うぇーい』って。アニメとかでも全く聞かない言葉だぞ。
「う、うぇーい……?」
背後でなにをしてるかは分からん。が、西原が困惑してることだけは分かる。
まぁ困惑してるだけでちゃんと対処してるっぽいけど。
「ナイスグータッチ〜」
「案外西原さんってノリいいよね?やっぱ友達いなかったって嘘でしょ」
「ほ、ほんとだよ」
「うっそだ」
「うん、グータッチした中で悪いが、これに関しては山口さんに同感だな」
「嘘じゃないんだけどなぁ……」
なんて会話が背後から聞こえる中、俺の身体はピクリとも動かなかった。
理由?そんなのひとつしかないだろ。
……俺が絶望的にコミュ障なんだよ。
宝田の場合はあいつがグイグイ来るもんだからいつの間にか砕けていたし、西原は昔の慣れがあったから行けていた。が、それはあくまでも1対1の場合。
今現在背後には3人が話していて、その中には一言も話したことがない山口さんが居るのだ。
「白崎もこっち来いよ!」
なんて声が宝田の口から飛んでくるのに対し、一応顔を振り向けた俺は両手を合わせて言葉を返す。
「流石にこの席を空けるのはまずいからここにいるよ。会話は聞こえるから大丈夫だ」
「あーなるほど。確かにそれはまずいか」
「おう。だから楽しく話してくれ」
「おーけー」
たった今頭に思い浮かんだ適当な理由なんだが、案外通用するもんなんだな。
ホッと胸を撫で下ろす俺は誰もいない壁を見直してコーヒーを口の中へと流し込む。
このコミュ障が発症したのは割と最近――中学2年生の頃――からだ。
それまではグイグイと誰それ構わず話に行ったり、それこそ小学生の頃なんてサッカーをしてる男子が視界に入る度に話しかけ、紛れ込んでいた。
それぐらい俺にはコミュ力があったのだ。
だけど、そんな男子も俺と一緒に年を取る。
それにつれて考え方にも自我を持つようになる。
自分で言うのもなんだと思うが、正直言って俺は多才だ。
小さい時は誰かに負けることなんてまずなく、50m走やらシャトルランやら、画力やら勉学やら、とにかく誰かの上に俺は立っていた。
……まぁ、それが気に食わなかったのだと思う。
どの方面でも俺に勝てることはなく、その事実がわかる度に誰かが離れていき、周りの目が鋭くなってくる。
その当時は分からなかったが、今になって分かる。
それは妬みだって。嫉みだって。僻みだって。
分かったところで関係値が戻るわけではないのだけれども。
……というか、西原も同じ理由で喧嘩したわけだし。
まぁなんだ。
俺がコミュ障になったのは周りの目を気にするようになったからだな。
あと、誰も俺のことを嫌いになってほしくないから元々関係を作らないってのもあるな。
「おまたせしました。こちらハンバーグとライスの大でございます。ご注文は以上でよろしいでしょうか」