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第23話 幼なじみが背後に座ったんですけど、どうしましょう

「おい。自信ないって言ってた白崎はどこいった」


 一応十八番である曲を歌い終わって宝田のことを見やれば、ジトッと湿った細目を向け来ているのが視界に入る。


 俺だって本当に自信はなかったんだ。

 なんやかんやカラオケに来るのは3年ぶりだし、久しぶりに声張るから自信がなかったんだ。

 ……でも、あの画面を見れば宝田が言ったことにも頷ける。


「98点って何事だよ。自信がないってなんだよ!」

「なんか歌い方を覚えててな……」

「歌う前に言ってなかったか!?最近来てないって!保険かけてただろ!」

「保険かけたつもりもないんだけどな……?」


 癪に障ったのか、それとも歌ったから心が高ぶってるのかは分からないが、いつもよりも声が大きい宝田は机越しに俺の肩を振り回してくる。


「いーや!あれは絶対にかけたね!」

「別にそれでいいけど……。高得点取れたし」

「うわ!そうやって俺のこと見下ろすんだ!」

「見下ろしてないって」

「じゃあやってやろうじゃねーか!俺がその点数抜いてやるよ!」

「はいはい頑張れ」


 やっと肩を離してくれた宝田はこれみよがしに睨みを飛ばしながらタッチパネルを操作して選曲する。


 でもまぁ、久しぶりに来たけどカラオケっていいな。

 歌い終わればAIが評価してくれるから自分が下手か上手いかがすぐに分かる。


 だからあの時の練習もカラオケはすっげーやりやすかったな。

 AIというアドバイザーもいるし、採点バーが出るからどこで外したかがわかりやすい。

 また今度1人で来るか。


 なんてことをひとりでに考えていると、マイクを握った宝田が立ち上がってテレビに身体を向ける。


「この曲2回目じゃね?」

「俺の十八番なんだよ。シットダウンして見てな!」

「はいはい」


 スピーカー越しに聞こえてくる宝田の声に軽く返事を返した俺も画面を見やった。


 前奏が流れる中、宝田は小さく体を揺らす。

 あまりにも似合わない光景に失笑してしまいそうになるが、十八番というだけはあってこの曲が好きなんだとさ。

 なんでも父さんがよく歌ってたらしい。


 ボックスに入った時に聞かされたエピソードを思い返していると前奏が終わり、歌い出した宝田の歌声に耳を傾ける。

 これはお世辞でもなんでもないのだが、宝田の歌はちゃんと上手い。


 運動部だからか、腹式呼吸がしっかり出来て声が張られ、常日頃から表情が豊かだから歌声にも表現力がついている。

 絞るところはちゃんと絞って、けれど勢いはそのままで。裏声もちゃんと出てて素直に称賛できる。


 まぁ、表現力付けた過ぎて歌ってる時の顔がすごいことになってるんだが……それも込みでのパフォーマンスと考えればいいだろう。


「どうよ」


 今の歌でストレスが発散できたのだろう。

 先程よりも明らかに声色が落ち着いた宝田はソファーに体重を預けて画面を眺めた。

 俺も画面を見ながら「上手かったよ」と素直な感想を返し、表記される数字に目をやる。


「95!?自己最高記録達成!」


 俺の得点を追い越すという目的はどこへ行ったのやら。

 ポケットからスマホを取り出した宝田はパシャっとシャッター音を鳴らす。


 そして「ばんざーい!」と言葉を紡ぎながら手を挙げる宝田は満面の笑みで、見てるこちらまで微笑ましくなってしまう。


「よかったな」


 パチパチと拍手をする俺は称賛の言葉をあげた……つもりだったのだが、先程までの笑顔はどこへ行ったのやら。

 懐疑のものへと一変した宝田の表情はこちらを睨みつけてくる。


「バカにしてる……よな?」

「してねーよ。ちゃんと上手かった」

「……実は?」

「ちゃんと思ってる」

「ほーん?なら証明してくれ?」

「証明……?」


 未だに持っているマイクをビシッと俺の方へと向けてきた宝田に、思わず首を傾げてしまう。


 証明ってなんだ?

 小さい子みたいに頭を撫でる……はシンプルに嫌だし、サッカー部に入部しろと言われたら断るし……なんなんだ?


 すると、マイクを持つ手とは逆の手を俺のカバンに向かって指差し、口を切ってくる。


「今日の晩飯奢ってくれ!」

「……はい?」

「今日家に親いないんだよ。だから外食しよっかなぁって思ってさ」

「……それで俺に奢れと?」

「そうだ!」


 これまた元気よく頷く宝田はなんというか……がめついな。

 外食ぐらい1人で行けよ。てか友達でもなやつに奢らすなよ。


「証明してくれるんだろ!なら飯ぐらい!」

「それ脅しのつもりか……?」

「イェス!」

「……まぁ、別にいいけどさ……なんか気使ってくれてたみたいだし」

「え、まじで?まじでいいのか!?」


 今日遊ぶことを誘ったのは部活が休みなのもあるだろうし、俺の表情を見てのことだと思う。

 こいつの真意は分からんが、ここに来るまでの会話を思い出せばそんな推測が立てられる。


 まぁ、あと普通に宝田のおかげで気持ちが楽になったからな。

 ファミレスぐらい奢ってやっても良い。


「うん」とひとつ返事で返した俺に、これまた分かりやすく満面の笑みを浮かべる宝田はこちらに回ってきて俺の肩を掴む。

 そして予想通りに振り回した。


「まじでか!サンキューな!」

「はいはい」


 俺が酔うことも考えてくれ?

 なんてことを思うのも束の間、パッと手を離した宝田は俺のカバンを持ち上げる。


「そうと決まればさっさと行くぞ!」

「……早くね?まだ3時間しか歌ってないぞ?」

「3時間も歌えれば満足だ!さっさと行くぞ!」

「せっかくフリータイム取ったのに……」


 そんな俺の言葉なんてなんのその。手を引っ張って立ち上がらせてきた宝田は赤色のクリップボードと自分のカバンを持って扉を開いた。


 もう少し歌いたかったんだが……興奮状態の宝田を止められる気もせんしな……。

 渋々ながらも扉を潜り抜けた俺は隣の部屋を横目にセルフレジへと向かった。


 一瞬見えた2人の女性が西原と山口さんのようにも見えたのだが……まぁ気のせいだろう。

 ガラス扉にはモザイクシートが張られてたし、この世に似た人なんてごまんといるからな。


「あ、ちなみにカラオケの会計も――」

「どっちかにしろ」

「……はぁい」


 伝票をスキャンする宝田は分かりやすく不貞腐れて自分のカバンから財布を取り出す。

 それに続くように、宝田が持っている俺のカバンに手を入れて財布を抜き取り、自分の分のお金をセルフレジへと入れ込んだ。

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