「来ましたぜ!放課後が!」
なんて元気よく言ってくるのはカバンを持って俺の机を叩く宝田。
朝から叩きすぎだ、というツッコミを入れたいところだが、
「……まじで行くのか?」
「まじで行きます」
「朝断ったと思うんだが?」
「聞こえてないね」
「なら遊びにいか――」
瞬間、言葉を遮った宝田は机の上にある俺のカバンを奪い取り、引き戸へと走り去ってしまう。
人質ではなく物質のつもりか?外でやったら窃盗で捕まるぞ。
というかどんだけ俺と遊びたいんだよあいつは。
不承不承ながらも腰を上げる俺は、重い足を引き摺りながら教室を後にした。
「おっ、遊びに行く気になったか!」
「……なってねぇよ。カバン取り返しに来たんだ」
「ほう。ならば奪ってみよ!」
俺のカバンを大事そうに抱える宝田は悪役……ともいい難い高笑いをして俺から距離を離してくる。
この光景、小学生の男子が好きな女子の注目を引きたくてランドセルを奪い取るのに似てんな。
結局女子からはウザがられて好きになってもらえないまでがオチなのだが、俺は元々好きじゃないからオチはない。
「な、なんだ……!なんで子供を見るような目を向けてくる!」
「気のせいじゃねーか?」
「いーや!絶対に俺のことを子供だと思ってるね!」
「はいはいそうだな」
「……宥めてね?」
不服そうな声とともにジトッとした目を向けてくる宝田だが、そっぽを向く俺は昇降口へと歩く。
そして下駄箱を開いてローファーを取り出した。
「行くならさっさと行くぞ」
カバンも取られ、ほぼ強制的に遊ばされるのだから、俺にとっては何気ない言葉だった。
だが、どうやら宝田は違ったらしい。
一度立ち止まった宝田は大きく目を見開き、途端に走り出して俺の肩を捕まえてきたのだ。
「まじで!?まじで行ってくれるのか!?」
「……はぁ?」
ブンブンと肩を揺らされる俺の口からは戸惑いのため息が溢れ出る。
だってそうだろ?
この物言いだと、まるで俺が了承したのが心底意外だったように見える。
「いやぁそんな白崎が遊びたいと言うなら仕方ないなぁ!」
「言ってないが?」
「うんうん仕方ない仕方ない!」
これまた誰が見ても分かるほどに満面の笑みを浮かべる宝田は変わらず肩を揺らしながら頷いていた。
「宝田が強要したもんだろこれ。なんで俺が誘ったみたいになってんだ」
「いやぁ嬉しいね!我が友達に誘われるというのは!」
「……聞けよ」
揺らし終わった肩をバシバシと叩きながら下駄箱から靴を出し、玄関土間にローファーを落とす宝田。
それに続くように俺も靴を置いて上履きを下駄箱に戻した。
もうここまで来たら遊びを断ることも出来ないし、なんならカバンも返してくれていないから帰るに帰れない状況。
この17年の人生で初めて遊ぶ友達がこいつで良いのだろうか?なんて疑問も脳裏に過るが、考えるには遅すぎる問を炎天下で打ち消してやる。
まずこいつは友達じゃないしな。
うん、ノーカンだノーカン。
チラッと隣を歩くやつを見れば、相変わらずの笑顔を浮かべている宝田の姿。
こいつはほんと愉快なやつだな。
「お?顔になんか付いてるか?」
俺の視線に気がついたのだろう。
こちらを見てくる宝田の顔から笑顔は絶えないが、首を傾げながら問いかけてきた。
「付いてない。てかカバン返せよ」
冷淡に言葉を返して視線を逸らした俺は、クイックイッとカバンに対して手招きをする。
だけど、俺のカバンを大事そうに抱えた宝田は髪をかきあげ、
「返したら絶対帰るじゃねーか。それぐらい、この宝田
「そうかよ。ならずっと持っててくれ」
どこかナルシ風味を感じる言動には触れず、変わらずの声色で言葉を返してやる。
別に帰るつもりはないんだが、荷物を持ってくれるのならそれに越したことはない。
だから手招きをやめ、半歩前を歩く宝田に続くようにいつもと違う通学路を進む。
先述したとおり、俺はこの生を受けて17年、友だちと遊んだことがない。
なのでこれからどこに行くのかも見当がつかないのだが、この歩道は街へと続いていたはずだ。
カフェでも行くのだろうか?
そんなことを考えているのもつかの間、俺のカバンを抱えたままの宝田は歩くスピードを緩め、俺の隣に並んでくる。
「友達なんだから隣歩こーぜ」
「だから違うって」
「なんで否定するんだ!友達だと認めろよ!」
「えぇ……。嫌だなぁ……」
「分かりやすく嫌な顔するなぁ!俺だって傷つくんだぞ?」
「ないだろ」
「なんで否定するんだ!」
なんて会話をしてる最中も俺はスピードを上げてみたり、逆に緩めてみたりと隣に立つ宝田を振り払おうとする。
……のだが、完璧に俺の行動が読まれているらしく、寸分の狂いもなくピッタリと隣を付いてくる。
蚊かよ。
「え、今すっごい失礼なこと思わなかった?絶対思ったよな?」
「……気の所為だ」
「うわっ、目そらすあたりガチっぽい」
「気にすんな。んなことよりもどこ行くんだ?」
「え、めっちゃ話そらすじゃん」
あまりにも急激な舵の切り方に目を顰める宝田だったが、すぐにいつもの調子に戻して言葉を紡ぐ。
「どこに行くか気になっちゃう系?」
「まぁ気にはなるな」
「ほほーん!ならば――」
「……ならば?」
突然言葉を区切る宝田に思わず首を傾げてしまう俺だが、ピンと人差し指を立てて口の前へと持って行くのが目に入った瞬間、怒りを覚えた。
「――ひ・み・つ!」
ニヨニヨとしたその笑みもウィンクをした目元も別に可愛くもなく、部活で鍛えた筋肉が男臭さを引き立ててくる。
吐き気すら感じるその言動は誰がみても、今の俺と同じように口元に手を当てるだろう。
「きっっっっしょ」
自然と漏れてしまう言葉とともに宝田から身を引いた俺は、あの悍ましい目を見やる。
メイドカフェの店員さんですら許されるかどうかの言葉と仕草だぞ?
それをこいつはなんの迷いもなくやりやがった。恥とかないのか?気持ち悪さとかないのか?
「はぁ?ご褒美だろ」
「どこがだよ。どうみても拷問だ」
「可愛かっただろ」
「きしょかったわ」
「嘘はつかなくていいぞ?」
「嘘なんてついてねーよ」
……うん、いまの会話ではっきりした。
こいつの辞書には羞恥という文字がないんだ。
「ほーん?」と訝しむ目を向けてくる宝田だが、すぐに視線を前に向けて歩き出す。
「ちなみに今ので元気になったか?」
「……はい?」
自分のカバンと同じように俺のカバンも肩にかけた宝田はなんの突拍子もなく言ってくる。
そんなあまりにも突然なことに目を細めてしまう俺なのだが、
「なんか今日暗かったからさ?表情っていうかオーラっていうか」
……なるほど。割と隠していたつもりではあったのだが、案外バレるもんなんだな。
てか今のきっしょい言動は俺のことを元気づけるためのものだったのか?だとしたら逆効果だぞ。
なんてことを考えながらも細めた目を戻した俺は宝田の隣に付き、肩を竦めながら口を開く。
「宝田って人助けしたことあるか?」
「……さっきからすっごい話そらすな」
「これは別にそらしてねーよ。あるかどうかで答えろ」
「えぇ?ならいいんだけど、一応ある」
「なにしたんだ?」
顔を見ていないから今こいつがどんな表情を浮かべているかなんてわからない。
けど、いつもの元気さはなく、どことなく落ち着いていて、ふと遠い昔のことを思い出すように声色が明るくなった。
「1番印象に残ってるのは中3のやつかな。小学1年生の女の子を助けたんだよ」
「なんかピンチにあったとかか?」
「いやそんな大層なもんじゃないよ。ブランコから落ちたから手当してやっただけ」
「助けたとき、周りの人間はなんて言ってた?」
「周りの人間……?」
俺の質問が予想外のものだったのだろう。
声からして分かるほどに渋る顔はこちらをみていた。
「『かっこつけんなよ』だとか『イキんなよ』だとか言われなかったか?」
「言われてないが……それがどした?」
「なるほどね、なんでもない」
そっか。言われてないのか。
別にこいつが言われてようが言われてなかろうがどっちでもいい。が、そうか……。言われてないのか……。
不意に脳裏に浮かぶのは悲壮感。
そして、悔しさ。
自分の方がよっぽど良い行いをしているのにも関わらず、誰かに罵られる苦痛。
なんで俺ばっかりこんな目に合うんだろ――
「――んな暗い顔すんなよ!今から行くところでストレス発散しようぜ!」
まるで闇を照らす太陽のごとく眩しい笑顔を披露する宝田は肩を組んで言ってくる。
そして駅前にある大きな建物に向かって大きく手を広げ、
「カラオケだ!」
と、マイクを持つジェスチャーを見せながらはにかむ。
……うん、今の会話ではっきりした。
なぜか嫌なところで察しが良くて、きっしょくわるい方法で俺のことを元気づけてくるようなやつだが、根は良いやつだ。
……もし、なんかあった時は宝田を頼ってみてもいいかもしれん。
「おっ?なんか表情柔らかくなったか?もしかして俺の可愛さに惚れたか?」
「んなわけねーだろ。可愛さの欠片もなかったわ」
「またまた〜。これからは個室だから存分に見せてやるぞ?」
「やめろきっしょい」
自動ドアを潜りながら頬を擦り付けられそうになる宝田の顔を押し出して電子パネルの前へと移動する。
「ん?もしかしてきたことある系?」
「ヒトカラでな」
「ほー!ならば歌声に自信があると!」
「んなもんねーよ」
ちっさい頃西原に見せる――いや、自慢するために歌いに来てただけだ。
あの時流行ってた曲を歌いまくった結果、翌日は喉が枯れるなんてしょっちゅう。でもそれは最初の1日だけで、次の日からはコツを掴んで枯れることはなかった。
なんて思いに浸る俺を他所に、変わらず肩を組んだままの宝田がレシートプリンターから紙を取り出して受け付けのカルトンに置く。
この感じだと宝田も来たことがありそうだな。
今朝よりかはだいぶ楽になった気持ちに安堵のため息を吐いた俺は、赤色のクリップボードを預かってカラオケボックスへと向かった。