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第20話 幼なじみの気変わり

「白崎!昨日大丈夫だったか!?」


 朝練終わりなのだろう。

 教室に入り、カバンを置くや否やタオルを首に巻いた宝田がバンッと机を叩いてくる。

 その言葉は本人に伝えてやるのがベストだと思うんだが……まぁどっちでもいいか。


「大丈夫」


 昨日本人が言っていた言葉をそのまま口にした俺は、カバンの中から筆箱取りを出して机の中にいれる。

 すると、宝田はまるで自分のことかのように安堵のため息を吐いた。


「よかったぁ……」

「てか本人に言ってやれ。そっちのほうが喜ぶだろ」

「そりゃ俺だって言えるなら言いたいさ。でも見てごらんよ」


 なんて言葉を口にする宝田は、カバンを持った状態でクラスメイトに囲まれる西原に向かって手を広げた。


「あの中行けよ。宝田なら行けだろ」

「えぇ……」

「なんで嫌そうな顔すんだよ」

「だってほら……俺、人混み嫌いだし……」

「はい?絶対嘘だろ。その冗談面白くないぞ?」

「面白さは求めてないって!てかほんとだわ!」


 両手を上げ、もう一度バンッと机を叩く宝田。

 そんな宝田に「……まじで?」と問いかけてみれば「まじで」となんとも真面目そうな顔で言葉を返してくる。


「そんだけ元気なのにか?」

「元気でも苦手なもんは苦手ってもんよ」

「はぁ……」

「え、もしかしてまだ信じてない系?俺たち友達だろ?」

「信じてねーし友達じゃねーよ」

「どっちも否定するんか!ひどい男だな!」

「ひどい男でいいよ」


 椅子を引いて腰を下ろせば、背後に回った宝田が俺の肩を揺すってくる。

 その拍子に盗み見るように西原を見てやれば、これまた困り果てた表情を浮かべていた。


 流石に人前で倒れてしまえば、心配されるのは自然の摂理。

 どんなに逃げようとしても、教室内に入ってしまえば誰かに捕まり、目を伏せて心配されてしまう。


 いやまぁ良いと思うぞ?

 クラスのみんなが心配してくれるのは嘸かし嬉しいだろう。俺なんかが心配するよりもずっと。


 生憎、今日は君が友達じゃないと言い張っていた坂間は休みだ。

 精々俺のことをイキリと思ってるやつを見つけ出して友達にするんだな。

 そうすれば君の学校生活は華やかになるさ。


 誰にも届かない助言を自分の中で構築する俺は、いつの間にか体が揺れていないことにも気づかず、ジッと西原のことを見ていた。


 そんな様子が気になったのだろう。

 頭上から顔を覗かせてくる宝田は、首を傾げて口を切る。


「西原さんとなにかあった?」


 何も無かったと言えば嘘になるし、かと言って何かあったとも言い難い。

 別に俺たちは何か言い合いをした訳でもないし、気まずくなることをした訳でも無い。


 ただ坂間が罵って、それに対してあいつが否定してなくて、俺が勝手に傷ついてるだけ。


「なんもない。というかなんでそんなこと聞く」

「いやだってずっと西原さんのこと見てたし」

「それは……まぁそうか。見てたな」

「でしょ?だから何かあるのかな〜って」

「なんもねーよ。気にすんな」


 前髪を垂らしてしっかりと見えるおでこを突いてやると、ちょうどHRの始まりを告げるチャイムが鳴る。


 これはあくまでも俺の問題であって、誰かに言いふらすものでもなければ、相談するものでもない。


 頭を上げ、俺の視界から消え去った宝田はこちらに背中を向けてくる。が、何か用事を思い出したのだろう。

 すぐに机の前へと戻ってくる宝田はまたバシッと机を叩き、


「放課後遊びに行こうな!」

「……はい?」


 突然の誘いに戸惑いを隠せない俺の口からは、自然と呆けた言葉が溢れてしまう。


「今日部活ないんだよ。だから友達として遊ぼうかなーってさ!」

「え……全然嫌だけど……」

「おーけ!じゃあ帰りのHR終わったら迎えに来るわ!」


 どうやら宝田の耳は俺の言葉を受け付けてないらしい。

 満面の笑みで立ち上がった宝田は、手を振りながら自席へと帰ろうとする。


「だから――」


 慌てて不承認だということを伝えようとするのだが、教室に入ってくる先生によって俺の言葉は遮られてしまった。


 あいつは本当になんなんだ?そんなに俺にサッカー部……というよりかは、そんなに俺と仲良くなりたいのか?

 というか友達じゃねーし。


 椅子に座る宝田の背中に睨みを向ける俺なのだが、そんな睨みをどう勘違いしたのか、宝田は笑顔で手を振ってくる。


 ……あいつは本当になんなんだ?



  ♡  ♡



 今日は一段と気分がいい。

 朝からみんなに囲まれたのは少し疲れたけど……白崎との関係が保たれたと考えればそんなことはどうでもよかった。


 昨日は坂間くんのせいで私たちの関係が振り出し……いや、なんなら振り出しよりももっと前に行こうとしていた。


 けれど、蓋を開けてみれば帰り道は2人で話せることができて、無言の時間も気まずさを感じることは無かった。


 これを成長と呼ばずしてなんと呼ぶのか!

 これを機に私はもっと白崎との距離を詰めたい!


 昨日家に帰ってから色々と考えてみた。

 私は白崎とどうなりたいんだろ?少し前から渦巻くこの気持ちはなんだろ?ってね。


 お湯に漬かりながらも、食事を突きながらも、布団に潜りながらも、ずっと考えてみた。

 そしたらこの未熟な頭でも答えに辿り着くことが出来た。


 私は多分、白崎と友達に戻りたいと思っている。

 そうでないと、これまでの言動、思いに辻褄が合わなくなってしまう。だから私はその答えに辿り着いた。


 白崎が私に興味がないというのは100も承知だ。

 けれど、あの頃のように笑顔で話し合いたいと思ってるし、色んな白崎の姿を見たいと思っている。


 だから、私はあの時の言動を謝りたい。

『ごめんね』って。一言でもいいから、謝って、私が悪かったと頭を下げたい。


 その時に白崎が『そうだぞ』だとか『当たり前だろ』とか肯定してくるもんなら昨日の坂間くん同様にビンタをお見舞いしてあげたい……けど……100%私が悪いからなぁ……。


 あぁもう!ほんと昔の私のバカ!

 頭の中だけで自分の顔をボコボコにする私は、ノートに走らせていたペンを止めて尻目に白崎のことを見やった。


 けれど、肯定してくる未来は見えない。

 これだけは謎の自信があった。


 昨日私を助けてくれた行動からの信頼なのか、はたまた私の勝手な妄想なのかは分からない。

 確かに白崎は無愛想で、思ったことはポンポンと口にしてしまいそうなやつに見えるけど……というか、小さい頃はポンポンと言ってたけど。


『身長ちっせーな』だとか『太ったか?』だとか。

 デリカシーのデの字もなかったやつだけど!それでも言わなさそうだ。

 私の病気に関わることはあの日以外に言わなかったし。


「――きりーつ」


 チャイムの音とともに聞こえる委員長の掛け声によって授業の幕が閉じる。

 さすれば、お弁当袋を持った山口さんがこちらを振り向いてきて、


「飯だー!」


 どうやら山口さんはご飯を食べることが好きらしい。

 待ってました!と言わんばかりの笑みを浮かべる山口さんは早々に弁当箱を取り出し、椅子を整えて手を合わせる。


「早いね」

「そりゃもちろん。食材が私のことを待ってるのだから早く迎えに行かないとね」


 トントンと教科書とノートを揃える私なんて他所に、山口さんは颯爽とミニトマトを口の中へと放り投げた。


 奥歯で噛んでいるのか、少し膨れている頬はまるでリスみたいで、思わず愛嬌が湧いてきてしまう。

 やっぱり友達ってこうであるべきだよね。


「ん?どしたの?食べないの?」

「山口さんが友達で良かったなぁって」

「おぉ……いきなりだね」


 坂間くんは確かに友達だったのかもしれない。

 ボールを蹴り合って、ミスしたら笑い合っては冗談交じりに謝って。


 確かにそれは楽しかった。

 けどまぁ……ね、一線を越えちゃったよ。坂間くんは。


「なーにー?突然表情険しくなるじゃん〜」


 いつの間にかお箸を置いた山口さんは、私の頬に両手を伸ばしてパンを作るように捏ねてくる。


「なんへもないよ。気にひないへ」


 この前の様子を見るに、山口さんと坂間くんは私よりもずっと前からの知り合いだ。

 きっと中学の頃から話し合っていたのだろう。


 もしかしたら、昨日のことで2人の関係にも傷が入るかもしれない。

 そう考えれば、言わないほうが良いかなと思った。


「絶対なにか隠してるでしょ〜」

「隠しへないよ。私も食へはいからはなしへ」

「あっ、それもそっか」


 ほんと食に忠純だなぁ……。

 パッと手を離してくれた山口さんはお箸を持ち直し、なぜかもう一度手を合わせて卵焼きを掴む。

 それに続くように教科書を片付けた私は、弁当箱を取り出して蓋を開けた。


 うん、我ながら良い彩りだ。

 茶色のカツを生かすように周りには黄色の卵焼きやひじきの黒。そしてミニトマトやらほうれん草の炒め物など、この弁当を作った本人である自分から見ても身体によさそうだ。


「相変わらず美味しそうだね~」


 蓋を机に置いていると不意に聞こえてくる山口さんの言葉で、思わず頬が熱くなってしまう。

 前も山口さんに褒められたから慣れていると思ったのだけれど、違ったみたい。


 お母さんに褒められることは多々ある。

 けれど、友達に褒められることなんて……というか、そもそも友達がいなかっただけなんだけど。


 でも友達に褒められていないことに何ら変わりはない。

 だから慣れていないのだ。誰かに褒めてもらうということが。


「1つ貰ってもいい?」


 私の顔でも赤いのだろうか?

 山口さんの口元を見やれば、これ見よがしにニヨニヨと笑みを浮かべていた。


そんな山口さんに「え、あっ、は、はい」と慌てて目を合わせた私は自分の弁当箱を差し出す。


 そうすれば、お箸を伸ばしてくる山口さんは私の鶏カツを取っていく。

 そして丁寧に匂いを嗅ぎ、カツを齧る。


「んっ、美味し」


 口元を隠すように覆った手だけれど、しっかりと見えた。

 二ヨついていた笑みが消えて、素で美味しいと言っている山口さんの姿が。


「……ありがと」


 照れくさくなるのを落ち着かせるように私もカツを口の中へと入れる。


 こうして友達とご飯を食べれるだけれでも嬉しいのに、私の料理に対して素で美味しいと言ってくれる山口さんを友達に持てたことに私は本当に幸せ者だなと感じる。


 心に広がる高揚感に身を任せていると、ふと思い出したかのように山口さんは口を開いた。


「そういえばさ?今日の放課後暇?」


 どことなく改まっている雰囲気すら感じる山口さんの言葉遣いは、私の首を傾げさせる。


「暇だよ?」


 部活をやっていない私の放課後はいつでも暇だけど……どうしたんだろ?

 なんてことを考える私は卵焼きを口の中に入れ――


「放課後一緒に遊ぼ」

「――ゴホッゴホッ」


 あまりにも予想外の言葉に思わずむせてしまった。

 いや……だって、え?遊びに誘われたんだよ?人生で初めて。

 この生を授かって17年目で!


「大丈夫!?」


 慌てて腰を上げる山口さんは手を伸ばして私の背中を摩ってくる。

「だ、大丈夫……」と、小さく手を挙げてはいるが、いかにも息が喉を通っていないような、絞り出しす声を出す私に山口さんは眉根を下げざるを得ない。


「大丈夫じゃなさそうだけど……?」

「ちょっと、動揺しただけ……」

「動揺?」

「うん……。遊びに誘われるの初めてだから……」

「え、ほんとに言ってる?」

「ほんと……」


 心底意外げに目を見開く山口さんだけれど、私を摩る手を止めることは無い。

 本当に優しい子だ。


「小さい頃とか遊ばなかったの?」

「ちょっと色々あって……」

「なるほどね?ふーん、そっか。私が初めてなんだ?」


 どこか嬉しさを感じる笑みを浮かべた山口さんは顎下に手を当て、再びニヨニヨと笑みを浮かべだす。


「な、なんで笑うの……」

「いやぁだって嬉しいじゃん?私が初めてだなんて」

「そ、そうなんだ?」

「そうよ」


 やっと落ち着いてきた息を整え、前かがみにしていた身体を起こす。

 刹那、大きく腕を開いた山口さんは私に覆いかぶさってきたのだ。


「友達なんだからもっと色んなとこ行こうねー!」


 なんて、声からでもわかる笑顔が私の身体を包み込む。


 そっか。友達だもんね。

 遊ぶぐらい普通だよね。

 うん、こんなので動揺してる私が恥ずかしいよね。


 高鳴る心臓なんて隠しもしない私は元気よく頷く。

 これからの未来、楽しいことがあると望んで。

 もっといいことがあるように願って。

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