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第12話 あなたのその目を私は見た事がある。

 私はタイミングをずらした……はずだった。

 おっもい籠に腕を耐えさせながら、丁寧にも心のなかで1〜10を数えた。


 私だって10秒は短いと思ったよ?

 けど……なんというか、急ぎたいと思ってしまったというかなんと言うか……進展したのかな?なんてことを思っちゃったり……。


 でも、そんなことを思っていたのは私だけだったみたい。

 籠を返す私とばったり会ってしまった白崎は、分かりやすく目を顰めていた。


 本当に偶然なんだよ?

 私だってまさか会うと思ってなかったし、10秒も経ったらスーパーは出てるかな?って思ってたんだよ?


「な、なんでここにいるの……」

「レジの人が研修中だったから少し遅くなっただけだ」


 私の慣れない言葉に、白崎は冷たく返してくる。

 確かに私も言葉が冷たかったかもしれない。


 けど、それは動揺してるだけで……。

 久しぶりに話すからどんな顔をすればいいか分からなくて……。


 心の中だけで並べる言い訳は当然白崎に届くわけもなく、ビニール袋と紙袋を片手に、白崎は歩き出した。

 慌てて私も重たいビニール袋を持ち直して後ろをついて行く。


 こんな近くにいても気まずいことぐらい分かっている。

 だけど、このチャンスを逃したくなかった。

 せっかく化粧品店で見つけて、勇気を出して話しかけた――いや、自然と足が動いたのに、こんな形では終わらせたくなかった。


 ……まぁ、顔を見て話せない時点でチャンスもなにもないんだけどね。


 ハハッと空笑いを口元だけで浮かべる私は、白崎の背中を見やった。

 にしても、大きくなったなぁ。


 あの頃とは比べ物にもならないほど身長は大きくなっていて、筋肉もついて随分たくましい。

 思わず背中に手を当てたいけど……これ以上関係を悪化させたくないからやめとこう。


「……なんだ?背中に虫でも付いてるなら取ってくれ」

「あ、いや……なんでもない……」


 スイっとこちらを振り向いてくる白崎から視線を逸らし、両手で持つビニール袋へと目を落とす。

 すると、なにを勘違いしたのか白崎は小さくため息を付き「……ん」と手を差し出してきたのだ。


「な、なに……?」

「なにって、荷物重いんだろ?どうせ帰り道一緒だし」


 つまり『持つよ』と言いたいのだろうか……?


 思わず訝しげな目を浮かべてしまう私は白崎の目を見て――そして慌てて目をそらした。

 熱くなる頬を隠すように地面を見て、手にあるビニール袋を前に突き出す。


「あ、ありがと」

「ん」


 私の気なんて知らず、単調な言葉を返してくる白崎は私の手から袋を取って歩き始めてしまった。


 あくまでも荷物を持ってあげるだけだ、と言いたいのだろう。

 それ以上の会話はしないし、するつもりもない。

 多分そう言いたいのだと思う。


 でも、それでも別に良かった。

 私に気を使ってくれてるだけでなんとなく心が暖かくなる。

 それだけで心地いいのだ。


 だから私は嫌な顔一つせず、多分微笑を浮かべながら白崎の隣に立った。

 そうすれば、白崎も私の歩幅に合わせてくれる。


 優しいのはほんと昔から変わらないね。

 なんて思いに浸る私は腕を腰の後ろで組んで、白いタイルの上を歩く。


 一言の会話もなく、辺りの騒音に身を任せたまま。

 顔も合わせることなく、距離も肩ひとつ離れて。


 少しして、2階や3階がすべて見える吹き抜けスペースへと辿り着いた。

 すると、小さなステージがセッティングされていて、スタッフさんが名簿を片手に話し合っているのが見える。

 この後にイベントでもあるのだろうか?


 ベンチには小さな子供と母親らしき女性がアイスを片手に微笑み合っていたり、近くのカフェにはカップルが入っていく。

 そんな光景を見ていた私は――


「あっ」


 ――忽然と声を上げて辺りを見渡す。


 私の耳に入ってきたのは鍵盤の音。

 強弱がはっきりしているメロディーに加え、水のように綺麗な和音はひとつの乱れもない。


 そんな音を、和音を、メロディーを私は必死に探した。

 白崎のことをそっちのけで立ち止まり、目を閉じて耳を澄ます。


 そうすれば、音の線が見えてくる。

 やおらに目を開き、その線を追ってみれば、2階に黒いグランドピアノが見えた。


 大学生ぐらいだろうか。

 ピアノの周りには友達らしき男性が数人集まり、華麗に音を奏でる男性の事を見ていた。


「綺麗……」


 思わず言葉を零してしまう私はただ一心に見上げ、落ちてくる音を拾っていた。

 白崎のことなんて忘れて。


「聞いとくか?」


 突然聞こえてくるその声で私の頭の中に白崎が帰ってくる。

 慌ててそちらを見やれば、私と同じように2階を見上げる白崎の姿があった。


「聞くなら聞いといていいぞ?俺は先に帰るから」

「え、あっ……ちょっと……」


 優しい声は途端に自動ドアの方へと向き、私の有無を言わさず足を動かし始めた。

 そして、あの仏頂面に隠れたあの目を、私は見た事があった――


 ――6年前だろうか。病院では子供たちを活気つける為にリコーダーの発表会が行われた。

 でも、私はリコーダーなんて吹けない。そこで先生に相談した結果、白崎が代打で出てもいいよということになった。


 それがまぁ、白崎にとっては心底嬉しかったのだろう。

 私が頼み込むと、私が見た中で1番の笑顔を披露する白崎はひとつ返事で頷いてくれた。

 そして、発表会当日は私の期待以上の出来でリコーダーを吹いてくれた。


 でも、それでも上の人がいたのだ。

 奏でる音が根本から違い、白崎のリコーダーが薄れてしまうほどの衝撃を受けたのを今でも覚えている。


 リコーダーなんて小学生になれば誰しもが経験する楽器。

 そんな楽器を小さいながらも極めた子がいたのだ。


 その時も今と同じように『綺麗』って言ってしまったっけ。

 ありのままの言葉を口にして、発表が終わって隣に立つ白崎に向かって。


 だから鮮明に覚えている。

 あの、悔しそうな目をしていたのを――


 ――慌てて手を伸ばし、白いTシャツに包まれた背中をつかもうとする。

 でも、私の手が届くことはなかった。……というよりも止まってしまった。


 私のことを思って発してくれた言葉なのに、無下にして良いんだろうか。なんて事を考えたら自然と私の手は止まってしまう。


 私が傷つけたのに止めていいのだろうか。と考えれば手が動かなくなった。

 行き先を失った私の手は宙を舞い、ただ白崎の後ろ姿を見守るだけ。


 振り向きもしない白崎の背中は離れていくばかり。

 私の荷物を持ったまま、止まる素振りも見せず人混みに紛れ込んでしまった。


 ――パチパチパチパチ


 両手から奏でられた和音で曲が終われば、辺りからは歓喜の拍手が巻き起こる。

 私もこんな状況じゃなければ拍手を送っていただろう。


 でも、いま私の頭の中には白崎しかいない。

 コロコロとこの頭の中が変わるのはダメなことだと思う。けど、気になって仕方がなかった。


「ちょっと待ってよ……!」


 ふと気づいたときには足が動いていて、白崎が歩いた道を足早に辿っていた。

 一心不乱に拍手をしている人混みの中を掻い潜り、白崎が通ったであろう自動ドアを潜る。


 そして辺りを見渡すが……それらしき人物は誰一人として見当たらない。

 みんな友達と歩いていたり、彼氏と歩いていたり、子どもと歩いていたり。


 1人で歩く人もいるけど、そのほとんどが女性で、男性の場合でも白いTシャツなんていない。


 今更探そうなんておこがましい事ぐらい分かっている。

 さっき止められなかったのだから、今話しかけに行っても嫌な顔をされるに決まっている。


 けど、無性に探したい。

 あの時の二の舞いになんてなりたくなかったから。

 傷つけてしまったことに謝りたいから。

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