時刻は12時になり、俺はカバンから弁当袋を取り出した。
いつものようにお箸を出し、弁当の蓋を開け、1人で黙々と食べる。
……はずだったんだけどなぁ。
「なぁ白崎!本当は中学でもサッカーしてたんだろ!」
「してないよ」
卵焼きを掴み、口の中に入れる。
「まじでサッカー部来ねぇ?絶対スタメン行けるって!」
「いかないよ」
咀嚼した卵焼きを喉に通す。
「てか絶対サッカーやってたろ!」
「やってないよ」
「あの感じは絶対にやってたね!」
「……」
――うるさいなこいつ!
ご飯のときぐらい静かにしろ!?
口の中にあるものが飛んだらどうする!人に咀嚼物を見せるつもりか!?
やっと慣れてきた口調で言葉を返すものの、心のなかでは荒ぶる俺はハンバーグを半分に割ってお箸で掴む。
そして目の前の席にドカドカと腰を下ろしている宝田を見やった。
いつもお世話になっている川西は、昼休みになると他クラスにいる友達のもとに行ってしまう。
多分こいつはその瞬間を狙ったのだろう。
川西が席を立つや否や、すぐに椅子を引いて腰を下ろしてきたのだ。
お弁当箱を片手に。
「ハンバーグめっちゃ美味そうじゃん!親の手作りか?」
「うん。手作りらしい」
「へー!一口くれよ!」
「え、嫌だけど」
「ハハハ!欲張りだな!」
元気だなぁ……。
思わずそう思ってしまうほどに宝田は豪快に笑った。
一応隣に女子がいるのだから黙々と食べてほしいのだがな……。
よそ目に隣の女子――西原のことを見てやれば、
「西原さんの弁当手作りなんだ」
「一応ね。味に自信はないけど……」
「うっそだ。すっごい美味しそうだよ?」
「た、食べてみる?」
「えっいいの!?じゃあいただきまーす」
そんなことを言う山口さんは自分のお箸で唐揚げを掴み、豪快にも一口で頬張る。
その隣で目を泳がせる西原を見れば、本当に自信がないということが分かるのだが――
「――んっ!おいひ!」
「ほんと……?」
「うん!」
「よ、よかったぁ……」
ため息とともに胸を撫で下ろした西原は、心底嬉しそうに笑みを浮かべて自分も唐揚げを頬張る。
……まぁ、約5年間も会っていないのだから料理ができることを知らないのも当然か。
あの感じを見るに、家族以外の誰かに自分の料理を食べさせるのも初めてだろうし。
「――隙あり!」
「あっ、おまっ!」
突然軽くなる弁当箱に目を向けてみれば、宝田のお箸が俺のハンバーグを盗み去っていた。
慌てて腕を掴もうとするのだが、あと一歩のところで逃げられてしまう。
一口で頬張った宝田は、分かりやすく頬を緩めながら静かに咀嚼し始めてしまうのだ。
「ん〜。ん、んん〜」
「俺のハンバーグが……」
満足そうに口の中でソースやら肉厚やらを楽しむ宝田とは打って変わり、心の底から没落してしまう俺は、主食が無くなった弁当箱に目を落とす。
そしてグッとお箸を握り、
「……サッカー部には絶対行かないからな」
「んっ!?」
「当たり前だ。勝手に人のものを食うやつのところに行ってたまるか」
心底心外そうな顔をする宝田からふいっと視線を逸らし、真っ白の白米を口に入れる。
若干ハンバーグのソースが白米に染み込んでいるのが唯一の救いだが、やっぱり物足りない。
「冗談じゃん!ハンバーグ食べただけじゃん!」
せっかく奪い取ったハンバーグを慌てて飲み込んだのだろう。
胸部を強く叩く宝田は喉を鳴らしながら弁解をしてくる。
弁解になっているかどうかは別として、だけってなんだよ。
「俺の好物なんだよ。ハンバーグは」
「あー……。それは〜……ね?サッカー部おいで?」
「だから行かねーって。絶対に。100%」
「分かった分かった!俺の大好きな生姜焼きあげるから!」
そう言いながら渡してくるのは一番小さい豚肉。
確かに宝田が生姜焼きのことを好きなことは分かった。が、舐めとんのか?
その弁当箱にある残り3枚の生姜焼きを渡してきてなんとかこの怒りを鎮火できるレベルだぞ?
それなのに一切れ?舐めとんのか。
火に油注いだだけだぞ?
「そんな怒った顔すんなって!シワ増えるぞ?」
「…………もう絶対サッカー部行かねー」
「なんでだよ!あげたじゃん!」
「これで許されると思っとんのか」
「俺達友達じゃん!」
「ちげーよ」
「否定するのはやっ!」
勝手に人の食べ物を取るやつと友達になって溜まるか。
再度顔を逸らした俺は、渡された小さい生姜焼きを口の中に入れ、味が無くならないうちに白米を口の中に入れる。
「ちなみにうまいだろ?」
「……うまい」
「俺の手作りなんだよな」
「…………料理できるのかよ」
「あたりめーよ!」
「そっすか……」
そんな冷淡な言葉を返し、俺はご飯を食べることに熱をいれる。
どこか負けた気がするこの気持ちを抑えるためにも、白いご飯を口の中いっぱいに詰め込んだ。
♡ ♡
「そんな急いで食べると喉詰まらせるぞー?」
盗み聞きするつもりはないけど、隣から聞こえてくる会話に耳を傾けてしまう。
この5ヶ月、白崎には友達のとの字もなかった。
なのに今では……というか、文字通り本当に今友達ができている。
明るくて、元気で、スポーツも万能で料理もできて、おまけに顔も良くて。
そんな男子の友達が白崎にできたのだ。
本人は友達じゃないと言い張っているけれど、こんなの友達以外の何物でもない。
「――西原さん?聞いてる?」
「えっ、あ、なに?」
「得意教科なに〜って」
「い、一応数学が得意だけど……」
「数学得意なの?珍しっ」
「そうなの?」
「うん、少なくとも私の身の回りでは得意な人いないね。というか首席だから何でも得意か」
「そんなことないよ?私、生物苦手だし……」
「えー、いがーい」
なんて言葉を口にしながらミニトマトのヘタを取る山口さん。
そんな山口さんは知らないのだろう。
生物が苦手な理由が『虫と関連しているから』ということに。
別に話すつもりのないからこのまま隠し通そうと心に秘めた私は、横目に白崎のことを見る。
「まじでサッカー部来ないの?もったいないよ?」
「行かない。絶対に」
「是が非でも連れて行くよ?」
「顧問に言うぞ」
「そう来たか」
初めこそぎこちなかった白崎の言葉使いは、いつの間にか柔らかくなっていた。
返す言葉には棘こそあるものの、宝田さん自身楽しそうだ。
私はこの約5年間、ずっと白崎と会っていないからこれまでに友達ができたかどうかなんて分からない。
でも、少なくともこの高校に友達がいないことぐらいはわかっていた。
……そんな白崎に対して、私はどこか安心していたのかもしれない。
誰かと話している白崎を見ると無性に心がモヤついて、なにかをしたいと思ってしまう。
私だって山口さんという友達ができたのだから、白崎に負けず話せばいい。
そう思っても、拭えない。
なにかが拭えない。
なにかをしたい。
そう思っても、分からない。
「そろそろ食べないと昼休み終わるよ?」
突然としてかけられた言葉で我に返った私は、目の前に居る山口さんを見やる。
「え、な、なに?」
「んーん、なんでもない。ちょっと考え込んでただけ」
「それだけには見えなかったけど……」
もしかしたら私の顔が辛そうにしていたのかもしれない。
訝しむ山口さんから視線を落とした私は、お箸でブロッコリーを捕まえて口の中へと招待する。
今は白崎のことなんて忘れて山口さんと話そう。
そうすれば、このモヤも晴れるはずだ。