「宝田くんすご!」
なんて言葉が聞こえてくるのは私の隣から。
そちらを見やれば、輝かせる山口さんの目がこちらを見ていた。
「すごかったね」
実際、私もすごいと思った。
だって初めて見るんだよ?あんなすっごい弾丸シュート。
フォームも綺麗で、ボールの勢いを殺す?のも上手で、シュートを決めた後はまず他人を褒めて。
コート内での宝田さん
そんな姿がかっこいいと思ってしまった。
「なになに?宝田くんのこと目で追っちゃってる感じ?」
「ち、ちがうよ。楽しそうだなぁって思っただけ」
「あーたしかに。あっ、もしかしてそんな笑顔に?」
「だからちがう!私はすぐ好きにならない!」
「ほぉーん」
「信じてよ!」
ニヨニヨと笑う山口さんは、これみよがしに腕を突いてくる。
けれどうざいなんて感じないし、苛立ちなんてひとつもない。
むしろ心地が良かった。
初めてのお友達にこうしてからかわれて、私の言葉で笑ってくれる。
「笑うってことは、満更でもないんだねぇ?」
「そんなことないですー」
自然と溢れる笑みを隠すこともなく、山口さんにだけ向けて楽しく会話する。
それだけで満足だったし、それ以下になりたくなかった。
……けど、どんなに目をそらそうとしても、あいつのことを目で追ってしまうのだ。
「白崎くんだっけ?宝田くんほどではないけどすっごい活躍してるね」
きっと、私の視線を追ってしまったのだろう。
私の腕を突いたまま言葉を零した山口さんは、奥の方で走る白崎を見ていた。
「……だね」
あんなに長い距離のボールを蹴れるだけでもすごいというのに、次々に来る宝田さんの要望を全て叶えていた。
けれど、表情だけはひとつも笑っていない。
すごいことをしているのに、サッカー部の宝田さんに褒められているのに、なんで嬉しそうにしないの?
再会したときからそうだけど、白崎が笑うところなんて見たことがない。
小さい頃はあんなに笑っていたのに。
ずっと笑顔だったのに。
楽しそうになにかに取り組む笑顔が
「ん?どしたの?嫌な顔して」
「あ、いや……べつに」
「なーに誤魔化してんのよ〜。私たち友達じゃん〜」
「これは流石に言えないから……」
「友達でも?」
「うん……友達でも」
「ふぅ~ん?」
訝しげな顔をするものの、これ以上詮索する気はないのだと思う。
開いていた口を閉じた山口さんは、私から視線を逸らして白崎の方を見た。
それに続くように私も白崎に目を向ける。
相変わらず表情は硬くて、サッカーが嫌いなのだとあの顔から感じてしまう。
けど、そう思っているのは私だけ。
隣からは「よく飛ばすねぇ」という言葉が聞こえてくる。
山口さん……だけではないと思うけど、私以外の人は他人の表情なんてあまり見ない。
ましてやこんな試合中に見るものではない。
その人の足技を見て、その人のプレーを楽しむ。それがサッカーの試合だと思う。
でも見てしまうのよね。
小さい頃から親を悲しませないように顔色を窺って、暇つぶしのために常に人の顔を見ていて。
そんな生活を送っていれば、自然とどんなときでも人の顔色を窺ってしまうようになってしまった。
白崎の場合はたまにしか見れないけど……。
「へーい!白崎ー!」
なんて叫び声が聞こえてくる。
声の主を見てみれば、白崎のことを信頼して、逆サイドで大きく手を上げている宝田さん。
そして私と同じように宝田さんのことを見た白崎は、分かりやすく嫌な顔をしてボールを蹴り上げる。
「……やめてよ」
「え?なんて?」
「あっ、いや、なんでもない……」
「そう?ならいいんだけど〜」
慌てて顔の前で手を振り、なんとか誤魔化しが効いたことで胸を撫で下ろす。
口に出ちゃった……。
顔の前にあった手を顔に当て『バカバカ』と自分の頬をこねくり回す。
なにに対して言ってるの。
別に白崎が嫌な顔したって良いでしょ?
もう話してないんだから。喧嘩しちゃったんだから。
でも、やめてほしいな……。
私の大切な思い出が汚されてる感じがして嫌だなぁ……。
『白崎』として思い出を上書きするんじゃなくて、『遊くん』として思い出を留めておきたい……。
あの楽しかった頃をそのまま、崩れることがなく保存しておきたい。
ただのワガママだってことは分かってる。
白崎にも白崎の人生があるのだから無理だってことぐらい分かってる。
けど、私の数少ない思い出なんだ。
だから……やめてほしい……。
辛そうにサッカーをするのは。
そうして先生が持つ笛から音が鳴り、男女の交代を要請した。
あれから1点も入ることのなかった男子陣からは否定的な声が上がるが、当然先生がそれを許すわけもなく、強制退場させられる。
「あっ、言い忘れてたけど私、試合出れないよ」
「え?一緒のチームなのに?」
「ちょっとね。色々あって試合には出れないの」
「えー」
「ご、ごめんね?」
「別にいいけどさ〜。ちゃんと私の活躍見ててよ〜?」
「任せて」
浮かない顔をする山口さんに親指を立てた私は「頑張れ」という言葉を付け加える。
けれどやっぱり報われない表情を浮かべる山口さんはコート内へと歩いていった。
「白崎ちょーないす!」
そんな言葉がこちらに戻ってきた宝田さんの口から聞こえてくる。
もちろん私から話しかけに行くことなんて甚だないので、一瞬尻目で見た後、すぐに山口さんの方へと戻してやった。