目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第6話 幼馴染とする初めてのサッカー

「俺が決めたペアになれー」


 わざわざ教室から運動場へと引っ張り出してきたホワイトボードをバンッと叩く体育教師。


 それに釣られるようにうちのクラスメイトの名前がびっしりと書かれたホワイトボードに目を向ける。


「……まじかよ」


 今朝から憂鬱だった身体が更に重くなるのを感じる。


 恐る恐るペアの方へと視線を向けてみれば、パチッと視線が交差し、どちらからともなく慌てて目をそらす。


 えぇ……気まず……。

 そう、俺のペアはなぜか西原なのだ。


 体格的にも男子は男子、女子は女子で組んだほうが良いと思うのだが……もしかして仕組んだか?


 辺りを見渡せば、ぞろぞろとペアになりはじめるクラスメイト。


 そんな光景に危機感を覚えた俺は、慌てて足を動かし、いつもの逃げ道である男子生徒――川西かわにしの元へと向かうのだが、


「あ、今日のところは一旦ペア変えるなよ。様子見たいんでな」

「……まじかよ」


 口から溢れた言葉はストンと地面に落ち、目の前に居る川西は、こちらを見ることなく歩き去ってしまった。


 でもどうやら、ペアを変えようとしたのは俺だけではないらしい。

 横目に本来のペアの女子を見てみれば、山口さん……だったかな。その人の隣に立っていた。


「ごめんね?西原さん」


 微かに聞こえる声は西原のことを突き放し、ホワイトボードにある名前を確認して歩き去っていく。

 さすればポツンと砂の上に立つ長袖の体操服の少女がよく目立ち、またもや目が合ってしまう。


「……行くか」


 重たい身体がなんとしてでも拒もうとしてくるのだが、教師からの命令に逆らえるわけもなく、脳が強引に足を動かす。


 けれど、西原の方は全くと言っていいほどに足を動かさず、それに瞳も動かずこちらを見ていた。


 生憎俺には人の心を読み取るエスパー能力なんて持っていないので、今あいつがなにを考えているかなんてさっぱり分からない。が、これだけははっきりと言える。


 絶対あいつも嫌だろ。


 なんでも、動かない眼球のすぐ上にある眉が顰められているのだ。

 心が読めない人間でも、こんなにも顔に出されてしまえば嫌でもわかるというものだ。


「うっす……」

「……ん」


 人一人の間を開けて会話にもならない会話をする俺達は、ホワイトボードの前で腕を組む教師の方へと目を向ける。


「できたならボール取ってパスの練習してくれ」


 ものは試しだと言わんばかりの言葉は男子を筆頭に生徒たちを動かす。

 そして、ホワイトボードの横にある籠からサッカーボールを拾い上げ、ペアとの幅を開けた生徒たちはパスをし始めた。


 それに続くように俺も籠へと足を動かし、できるだけ硬すぎないボールを手にとって地面に落とす。


 この約5年間まともに話してないのだから、あいつが初心者かどうかなんて分からん。

 もし初心者だとするのなら、硬すぎるボールは足を痛めるだろうし、飛ばせない可能性だってある。


 足の内側でボールを触りながら西原の元へと戻った俺は、2メートルぐらいの距離を取る。


「いくぞ」

「う、うん」


 緊張でもしてるのだろうか?

 先程までとは打って変わり、ジッとボールだけを見る西原は、なんとも不格好に身構えた。


 この様子ではっきりしたよ。こいつは初心者だ。

 だったら軽く突くようにボールを蹴ってやれば――


「んっと」


 ――口から零れる掛け声と共に、足の裏でボールをトラップした西原。

 成功したのなら褒めるべき……なんだろうけど、褒め方なんて知らねぇ……。


悶々と考える俺なんてよそに、2歩ほど下がった西原は、勢いをつけてボールに足のつま先をぶつけた。


 ……あの身構えた時から分かっていた。こいつが運動が得意じゃないことぐらい。運動をあまりしたことないことぐらい。


 でもまさかここまでとは思わないだろ?

 ほんの2メートルのところにいる人に対して普通あんな思いっきり蹴りますかね?


 もしかして嫌味か?なんてことを思う俺は頭上を飛び去ったボールの元へと走り、六角形模様のボールをつま先で拾い上げる。

 ここから西原までの距離は大体10メートルといったところか。


 ここからじゃ流石にあの足元にボールを入れることは出来ない。

 俺はプロでもないし、サッカーを先行している少年でもないからな。


 9月に入ってもなおあっつい太陽に照らされながら走る俺は、西原の元へと戻ってボールを地面につける。

 そしてボールの狙いを定めるために西原の目を見て――


「――ご、ごめん」

「え?」


 まさか謝られるとは思っておらず、俺の口からは自然と戸惑いの言葉が溢れてしまった。


 いやまぁ、相手を走らせてしまったのだから謝るのは自然の摂理なのだが、まさかあの西原が謝るとは……。


「ごめん……走らせて」


 聞こえていないと思ったのだろう。

 目を伏せ、もう一度言葉を口にする西原は気まずそうに指同士を擦り合わせる。


「あ、いや。別にいいよ」


 先ほどと同じように軽くボールを蹴りながら言葉を返すが、出てくるのはやっぱり動揺のもの。

 会話しなさすぎてこういう時どう言葉を返せば良いのか分からんな……。


 この人生、俺の友達は西原の1人だけ。

 割と色んな人に話に行ってるつもりではあったんだが、遊ぶという仲になるわけでもなく、ましてや休み時間に話すという仲になることもなかった。


 だから、喧嘩なんてしたことも無いし、したとしても約5年間会わないし……。


「……ありがと」


 今度は優しく……というか弱すぎるな。

 わずか2メートルの距離も転がらなかったボールはちょうど俺達の中心に止まってしまう。


 そんなボールに足を伸ばし、ちょんっとボールを突いて西原にパスする。

 すると、今度は勢いはあるものの右に逸れ、駆け足で取りに行って戻っては、今度は左に逸れてしまう。


「ご、ごめん」

「気にすんな」


 別にボールが逸れたっていい。

 初めから完璧にしろなんて無理なことだ。


 だから幾度となくズレるボールを走って取りに行っては近くに戻り、パスを繰り返した。


 それからは無言で、西原が謝ってくることもなく、無感情でボールを蹴る時間が続いた。

 若干狙いが定まってきた西原のボールだが、やっぱり逸れる時は逸れる。


 だけどとやかく云うことなくボールを取りに行く俺は、つま先でボールを蹴り上げて手で持つ。


 ……なんかこう、サッカーボールをこうして扱っているとあの時のこと思い出すな。


 つい先日夢で見たあの光景。

 俺が初めて西原の病室に行った時。

 今となっては黒歴史になっているが、割と心地よかったんだよな。


 歩いて西原の元へと戻りながら思いに浸る俺だったが、思考を遮断するように体育の先生は大声で生徒のことを呼び出す。


「試合するぞー。チームは決めてあるからビブス着ろー」

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?