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第6話 苔むした城

 コレハ、ナンノ音ダロウ……。

 ソウ思ウ傍カラ、ワタシノ意識ハ……ゆっくりと覚醒した。

 目覚めても、音は間断なく続いている。

 わたしは身を起こし、音の正体に気づいた。

 雨だ。

 雨が降っている。

 わたしの視界のちょうど正面に、四角い窓があった。

 そこから、雨の降りしきる外の景色が見えていた。

 わたしは立ち上がると、そちらへ向かう。

 足元は石を組んで造られた床で、あたりは薄暗い。

 わずかに光が射し込んでいるのは、その窓だけだ。

 窓辺に立ち、わたしは外を見る。

 けぶる雨の幕の向こうに見えるのは、緑の木々の群れと遠い山の連なりだった。

 ガラスも鎧戸も嵌っていない窓には、いくつもの蔓草が絡みつき、苔が分厚く生えている。

 わたしは振り返って、室内を見やった。

 暗くて、よく見えない。

 わたしは視界を暗視センサーに切り替えた。

 途端に、室内の細かい部分までよく見えるようになった。

 床を構成する石はところどころガタガタで、全体に苔におおわれ、緑色だった。

 更に、壁にも床にも植物の蔓が這い、石が見えている所の方が少ないほどだ。

 わたしが眠ってから、どれぐらい時間が過ぎたのだろう。

 ふと思う。

 わたしにとって時間はあまり意味がない。

 けれど、わたしの主たちにとっては、重大な意味を持つものだったはずだ。

 わたしは足音を立てないよう、ゆっくりとした歩調で、部屋を出た。


 わたしが眠っていたのは、主たちが『城』と呼ぶ建物の中だった。

 全体を固い石で組み上げられたそれは四方を見渡せる高台にあり、中央の一番大きな建物を囲むように、庭が広がっていた。その外側には、庭を囲むように小さな建物が建ち並び、それらは回廊でつながれている。

 その一画にある門を抜けると橋があって、そこを渡って坂道を下って行くと、そこにももう一つ門がある。

 橋は跳ね橋になっていて、下には大きな川が流れている上に、かなり高い位置にかかっていた。

 なので、この橋を上げてしまうと、誰も城に入れないし、出られなくなる。


 城の中を一周してみて、わたしはそこに生きて動いている主が誰もいないことを知った。

 ちなみに、城の中はどこも、わたしが眠っていた部屋と大差ないありさまだった。

 蔓草と苔におおわれ、場所によっては水が浸み出して虫や爬虫類が生息している。

 途中、聴覚の感度を上げて遠くの音まで拾ってみたところ、城の内外には鳥や動物などの生息している様子が確認された。

 だが、主たちの存在を示すものは探知できていない。

 主たちの姿を求めてわたしは、城の最も奥深くにある一画へと向かった。

 複雑に入り組んだ回廊を抜け、階段をいくつも降りて――たどり着いたのは、主たちが『王』と呼んでいた者の居住区だ。

 そこは、いくつかの部屋で構成されており、二枚の巨大な扉を開けてすぐの小部屋にはいつも取次を仕事とするわたしと同じ、アンドロイドたちが控えていたはずだ。

 たどり着いてみれば、二枚の扉はすっかり苔と植物におおわれ、そこに扉があることを知らなければ、わからないありさまだった。

 力一杯押すと、扉は耳障りな音を立てて開く。

 小部屋も、そして次の部屋へと続く扉も、全て二枚の扉と同じく、植物の壁と化していた。

 この状態では、主たちも王も、居住することは難しいのではないか。

 そう思いながら、わたしは歩き出した。

 と、足の裏に固い金属的な感触を覚える。

 身を屈め、わたしは自分が踏んでいるものを見やった。

「これは……」

 わたしは少し後退して、床をおおい尽くしている植物を両手で引きはがす。

 その下から現れたのは、取次役のアンドロイドの体だった。

 視線を巡らせると、少し離れたところにもう一体が倒れている。

 メモリーを見ることが、できるだろうか。

 わたしは少し考え、すぐ傍のアンドロイドの首の後ろを探る。

 ポートを開き、自分の首の後ろから引き出したケーブルをつなぐ。

 メモリー内のデータは、壊れていなかったようだ。


 西暦一万二千二十二年。

 世界をおおう水によって孤立したこの国は、未知のウィルスによって変異した新たな人類『レギオン』と戦っていた。

 この国の国民たちは、戦いの中で次々と死んで行った。

 やがて、わずかに残った人々が、この城を最後の砦として籠城する。

 そこにはわたしの主たち――この国の大臣たちと科学者たちもいた。

 戦いは長い間続き、そしてとうとう敵はこの城の中にも入って来た。

 わたしは――そう、わたしは主たちの一人に、命じられたのだ。

「世界の記録を守れ」

 と。

 『世界の記録』。

 それは、この世界が水におおわれ、この国が孤立してしまうまでの記録。

 そして、レギオンたちがいかにして出現したのかに関する記録。


 アンドロイドのメモリー内のデータは、わたしが眠ったあとのものだった。

 そこには、レギオンたちによって、次々と占拠されて行く城の様子が克明に記録されていた。

 やがて二体のアンドロイドたちは、王の命令によって、この居住区一帯にある植物の種をまく。

 その植物は、水さえあればどんな場所にでも瞬時に根付き、短時間で成長、繁殖して行くよう遺伝子操作を施されたものだった。

「それでここは、こんなことに……」

 データを見終わって、わたしは呟く。

 王は植物によってこの居住区を封鎖することにより、レギオンの狼藉から身を守ろうとしたようだ。

 とはいえそれは、『死を覚悟した』ものだったようだけれども。

 なぜなら、封鎖するということは、いずれは食料も燃料も尽きるということだから。

 つまり、王も彼と共にこの居住区にいた者たちも全て、死に絶えたということだ。

「わたしの主たちは皆、死んでしまった……ということか」

 わたしは呟き、そして途方にくれた。

 主たちがいないのならば、わたしはどうすればいいのだろう。

 わたしはケーブルをはずし、それを自分の首へと収納した。

 わたしの中には、主たちが守れと言った『世界の記録』が今もある。

 これをこの先も守り続ければいいのだろうか。

 以前のように、また眠りに就いて?

 それとも、この城の中で、このアンドロイドたちのように壊れるまで?


 途方にくれるわたしの聴覚に、こちらに近づいて来るなにものかの足音が聞こえて来た。

 わたしは弾かれたように立ち上がり、識別センサーを起動させる。

 センサーが捕えたのは、主たち――旧人類ではなかった。

 敵だ。

 新人類レギオンの反応。

 わたしは、身構えた。

 主たちがいない今、彼らと戦うことに意味があるのかどうかはわからない。

 だが、彼らが主たちの敵である以上、わたしにとっても敵だ。

 扉が開き、レギオンが二人、室内に入って来た。

「やあ。君はこの城のアンドロイドだね」

 一人が、わたしに向かって言う。

 レギオンの外見は、主たちとさほど変わらない。

 二本の腕と二本の足を持ち、直立歩行する。頭は一つで目は二つ、口が一つ、耳が二つ。

 話す言葉も、同じ言語だ。

 違っているのは、二つだけ。

 その目が赤く光っていることと、額に小さな角があること。

 目の前の二人も、その特徴をしっかりと持っていた。

 体にはぴったりとしたスーツを着て、腰にレーザーガンを吊るしている。

 わたしは腰を低くして、彼らをじっと睨み据えた。

 実のところ、わたしが彼らと戦って勝てるのかどうかは、不明だった。

 わたしはもともと戦闘用に造られてはいないから。

 と、わたしに声をかけたレギオンが、慌てたように両手を広げてこちらに向けた。

「待ってくれ。我々に戦う意志はない。まずは、話を聞いてくれ」

 もう一人も、それを証明するように、両手を広げて肩のあたりまで上げてみせる。

「だが、武器を持っている」

 わたしが身構えたまま言うと、レギオンは小さく肩をすくめた。

「これは護身用だ。こんな朽ち果てた建物だ。毒を持つ爬虫類や、獰猛な獣がいる可能性だってある。これは、そういうものから身を守るために装備している」

 言って彼は、広げた両手をひらひらさせてみせた。

「今は、何年だ?」

 わたしは訊いた。

「西暦一万二千三百五十五年」

 さっきからずっと黙っていた方のレギオンが、答える。

 わたしは、小さく吐息をついて、体の力を抜いた。

 主たちが死んで、すでに三百年以上が過ぎているのならば、世界はとっくにレギオンの支配下にあるだろう。今更わたしが抗ったところで、どうなるというのだろうか。

「話を聞こう」

 彼らに視線を向けて言うわたしに、二人はまず名乗った。

 よくしゃべる方がムギ、寡黙な方がタイ。

「わたしは、CA1548ー22。主たちからは、キャナリーと呼ばれていた」

 名前を問われて、わたしも名乗る。

「ではキャナリー、君はどこから来た? 以前にここを調べた部隊は、人もアンドロイドも、動いているものはいないと報告していた」

「わたしは、この城の一室でずっと眠っていた。――あるデータを守るよう、命じられていたからだ」

 タイに問われて、わたしは答えた。

 『世界の記録』を、レギオンに渡していいものかどうかは、まだ躊躇いがある。

 けれど、もう主たちは――旧人類はいない。

 ならばこのデータもまた、守る必要のないものなのではないのか。

 そもそも、主たちはこれを誰に見せたくて、わたしに託したのだろう。

 旧人類が生き残れる余地があると、そう考えたのだろうか。

 わずかでも生き残った旧人類がいれば、その役に立つだろうと?

 だが、わたしは知っている。

 三百年前、旧人類が生き残る確率は、1パーセントにも満たなかったことを。

 もし戦いに勝てたとしても、旧人類にはレギオン化を止める手立てがなかったのだ。

 孤立していたがために、たまたまこの国のレギオン化率が低かっただけであって、その変化は戦いの間も、じわじわと進みつつあった。

 もしあの戦いで生き残っていた者がいたとしても、そしてその者が子孫を残していたとしても。

 その者が今、旧人類のままである確率は、限りなく低い。


 それは、主たちの命に背くことになるのかもしれない。

 けれど。

 記録は見る者がいなければ、意味がないとわたしは思う。

 わたしは二人に、『世界の記録』について話した。

 そして、彼らに誘われるままに、そこをあとにする。

 苔むして、雨に灰色に煙る城を出て、新人類レギオンたちの街へと――。

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