※短編小説「天才お嬢は落としたい!」の後編(続編)となります
先に前編を読んでから読まないと話の内容が理解出来ません(ので読んでください!)
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【零、会を打ち立てり】
それは昼休みのことだった。
「唐突に気になったんだけれど…食堂って良いところなのかしら?」
「…それはまた唐突ですね_特にお嬢の興味を惹くようなものはないと思いますが」
「最近、このクラスの生徒が食堂に良く行くでしょう?それで気になって」
「成程。まぁ、此処の食堂の料理は美味しいですからね」
俺はそう述べつつもお嬢の真意を汲み取ろうと身構える。
お嬢の通う東華央学園には大きな食堂があり食券を買って色々な食事を楽しめるのだ。
勿論、それは他の高校の学食と何ら変わらないのだが少し値段が高めなのが特徴だ。
とはいえそれだけ料理の質も良く私立でお金持ちも多いので其処まで苦ではないらしい。
「とは言っても流石にお嬢の料理とは比べられないですよ?」
「…まぁ、仮にそうだったらシェフが泣くわね」
間違いなく美味しいのだがお嬢の弁当はまた格別だ。言ってることが失礼だと自覚するが。
潮凪ぐるーぷに所属する世界的に有名なシェフが高級品で作っているからだ。
最も食堂の料理を卑下するつもりはないが流石に質が違うと思ったのだが…。
「貴方は其処で友達と食べたりするのよね?」
「まぁ、そうです。とは言っても普段はお嬢と食べますし友達に誘われた時にだけですね」
「そう。それで…その食堂ってどういう構造なのかしら?」
「構造…?。そうですね、向かい合う席や円状の席なんかもありますよ?」
お嬢はやはり凡人と違う角度で聞いてくる辺り「天才」というものをより感じる。
「ふーん、そういう席で友達と食べたりするのね?楽しそうで良いじゃない」
どうやら想像していたのと違って興味を無くしたのか半ば投げやりに聞いて来た。
「そう。因みに貴方は其処で友達と食事以外で何かすることはあるの?」
「大体は談笑してますね。時々、女子が来て盛り上がることもあ_」
「…談笑は聞こえたけどその後が聞こえなかったわ。何て言ったの?」
「えっと_普段は談笑してて時々、女子も来たりするので相席した_」
「明日は食堂へ行くわ」
「…最初に俺が言ったこと、ちゃんと聞いてました?」
「えぇ、勿論。後、貴方が食堂へ行く時は私も貴方に同行するから」
「え、でも…お嬢にとって食堂内の空気感は合わないとは思いますけど」
「慣れないことを経験するのは今後の人生でも大事なことなのよ?」
「そ、それはそうかもしれませんが…適当に趣味や最近のことを喋ったりするだけで_」
「そう。それを聞いて俄然興味が湧いて来たわ。明日は絶対に、絶対に食堂に行くから」
「だから、俺の話を聞いてました?」
苦笑ぎみにお嬢の顔を見ると絶対にそうする、と揺るぎない目をされていた。
「(この目をしてる時のお嬢は絶対に譲らないんだよなぁ…)」
仕方ない。此処は、お嬢に従って明日の弁当はなしにすると後で連絡しておこう。
「(それはそうと食堂の為にシェフの料理を断るって…矛盾してる気もするな)」
まぁ、お嬢のことだ。きっと俺に想像出来ない様な考えを持っているんだろう。
5時間目の休み時間。俺が自分の席で読書をしていると後ろから声を掛けられた。
「よぉ、随分と気難しそうな顔をしてるじゃん。どうしたんだ?」
「…誰って零じゃん。何だ?今日の課題はもう終えたのか?」
日向坂雫。小学校からの仲であり俺の数少ない親友の1人でお嬢とも仲が良い。
普段は課題や勉強が難しいと言ってるものの実際は学年トップの成績だ。
なのに嫌われず寧ろクラスの中心人物なのだからその人付き合いは尊敬している。
因みに陸上部のエースで先日の大会でも新記録を叩き出していた。
「当たり前だろ。今日は磯山が来るんだぜ?やらないのは自殺行為だぜ」
分かってねぇなぁ、と呆れ顔をされた。…何故、俺が責められているのだろうか?
「で、俺の話はどうでも良いんだが…どうしたんだ、ヤケに気難しそうな顔じゃんか」
今日の予習範囲はお前でも難しいのか?と冗談混じりで言う親友に対し俺は首を振った。
「実はお嬢が食堂に行きたいと言い出したんだ」
「へぇ、お前のお嬢様も食堂に興味を持つんだな。それで何の問題があるんだ?」
「興味を持たれることは結構なんだが…動機が全く分からないんだ」
「…どういうことだ?」
と疑問符を浮かばせたので俺がお嬢との会話の内容を説明すると零は苦笑した。
「あぁ、成程。聞くまでは意味不明は意味不明だったけど聞けば簡単な話だわ」
「俺にはサッパリなんだが…お嬢はどういう意味であんな発言をしたんだ?」
「それは言っても良いんだがな…お前はまだ知らなくて良いことだと俺は思う」
「いや、分かったんだったら素直に言ってくれよ」
お前に分かっても俺が分からなきゃ意味がないだろ、と突っ込むも零は笑うばかりだ。
「まぁ、それは明日にでも分かることだ」
「それなら…まだ良いんだが」
「あ、そうそう。明日も大智が女子を連れてくるらしいんだ」
「最近、女子を連れて来過ぎだと思うんだが…迷惑じゃないのか?」
「女子からの要望でもあるらしいし其処は別に気にしなくても大丈夫だと思うぞ」
楽しみにしとけよ、そういうと零は去って行った。
「(楽しみにしとけって言っても…別に俺は女子と関わりないんだけどな)」
名前を言わない辺り知らない女子なのだろう。…ちゃんと話せるだろうか?
「秀。日向坂さんと2人で何を話してたの?」
入れ替わりで戻ってきたお嬢に怪訝な顔をされた俺は答えようとして少し黙った。
「(…明日はお嬢も同席するし言っても大丈夫、だよな?)」
零にはお嬢の同席を言ったはずだし先にお嬢に話しても問題はないはずだ。
「明日の食堂の件で話してたんです」
「日向坂さんも来られるのね。良いじゃない、楽しくなりそうで」
「あ、後…お嬢は知らないと思いますが大智たちも来ます」
「…存じ上げないけど2人と親交ある方なら別に大丈夫よ?」
「後は大智の連れで女子も来ると_」
「撤回するわ。大智って奴を出禁にして頂戴」
「出禁って急にどうされたんですか?大智に何かされたとか」
「えぇ。今、私の凄く不愉快にされることをされたわ」
その言葉に俺は周囲を見るも当然、大智は居なかった。
「…不愉快ってその、具体的にどんなことをされたんですか?」
「私のとても大切な…大事な
「(そんな馬鹿な…大智はそんなことをするような奴じゃない)」
でも、お嬢は決して嘘を言わない方だ。なら、それは本当のことになる_。
「すみません、お嬢。少し急用が出来たので失礼します」
そういうと俺は教室を出て隣の教室へと向かうと談笑してる大智を呼んだ。
「お、秀じゃん。どうしたんだ?わざわざ此処まで来て」
「ちょっと聞きたいことがあるんだが…時間取れるか?」
「秀の頼みなんだし…当たり前だろ?そんなんいくらでも時間を取れるぜ」
「(この感じ、お嬢に関与してるとは思えないんだが)」
そう思いつつも俺は大智へ真意を聞いた。その答えは勿論、
「俺がお前のところのお嬢様の物を盗ってどうするんだよ」
「…だよな。大方、そうだろうとは思ってた」
「何でそんな話になったんだ?俺、全く関わりなかったはずなんだが」
「零の話した時の話をしたらお嬢がそう言ったんだ」
「じゃあ、零の話し方の問題だと思う。俺はマジで何もしてないから」
「悪かったな、疑惑を掛けて。今度、奢るからそれで許してくれ」
「え、マジ?サンキュー!」
そうして大智と別れた俺は席へと戻った。
「(大智はあぁ言ったが零との会話を俺はそのまま言った)」
つまり、零は何もしていない。そうなるとお嬢の勘違い路線になる訳だが…。
「(お嬢を疑うなんて不敬だけど今回ばかりは…やむを得ないな)」
お嬢の疑うなんて考えはまずないが…状況証拠が余りにも強過ぎた。
「(誰にでも勘違いはあるし仕方ないよな)」
きっとお嬢も俺の知らないだけで忙しいんだろう。俺はそう思うことにした。
次の日の3時間目。私はずっと考えていた。
「(どうすれば…女子を遠ざけられるのかしら?)」
露骨にすれば秀にも疑われる。そうなったら本末転倒で死ぬしかない。
秀にバレずに女子を遠ざける方法で簡単なのは関係を噂として流すことだ。
秀は噂に気付くと思うが自分の関与を無くしてしまえば噂元の証拠は無くなる。
「(多少、秀は怪しむでしょうけど…其処は私が気を逸らせば良い)」
何ならその噂通りに付き合ってしまえば全て解決である。
「(男避け、なんて建前でその噂に便乗してしまうのもアリね…)」
秀の為じゃなく自分の為なのだと。そう、逆転の発想で考えてしまえば良い。
「(秀の性格的に謙遜するでしょうけど…其処は命令すれば問題ないわね)」
…でも、もし付き合ってるのが保身の為だとバレたら?それはそれで不味くなる。
別に学校内の人にバレるのはどうでも良いけど学校外じゃ話は別だ。
この話が流れに流れて公に出ることだってある。…それこそ週刊誌にも。
出た噂を取り消すのはまず不可能なのだから其処を軽はずみにしては駄目なのだ。
「(…うぅ。その線を考慮しないと駄目なんて辛過ぎるわ)」
この噂が世間に出ればぐるーぷにも影響は少なからず出るだろう。
そうなったら秀と離れ離れになる可能性だってある。それは絶対に嫌だ。
でも、だからと言って行動しないで居ると横取りされるのは明白。
「(普段なら秀を頼るけど…本人に頼るなんて馬鹿だし)」
貴方が好きなのだけど、どうやったら付き合えると思う?なんて聞ける訳もない。
そんなことを聞こうものなら私は今後の人生で恥を背負うことになる。
「(ま、まぁ…秀相手ならそれくらいの恥はどうってことはな_)」
って何を考えてるの!と自分の煩悩を叩き潰し溜息を吐く。
「(…取り敢えず、昼休みまでにプランを考えておきましょう)」
昼休み。俺とお嬢が食堂へ行くとそれはそれは大混雑だった。
「(…普段も混雑してるけどその2、3倍の混雑さなんだが)」
別に今日は食堂が特別割引の日でも特別メニューの日でもないのに。
「随分と混んでるわねぇ」
「すみません。混んでるとは思ってましたが此処までは想定出来ず…」
「別に大丈夫よ。こういう事態になった時も想定しておくべきだしね」
自分のした過ちを許してくれるお嬢の寛大さに改めて感服しつつ俺は列に並ぶ。
「お嬢はどうされますか?」
「…何を頼むべきなのか判断し兼ねるし貴方の判断に任せるわ」
「なら無難に日替わり定食にしましょう。お嬢は座っててください」
「別に大丈夫よ、貴方に迷惑を掛けるのだし私も並ぶわ」
「なら、このまま列に並んでおきましょう」
そうして周囲を見渡すと先に席を取っていたらしい零が手を振った。手が回る奴だ。
「席は零が取ってくれたようです」
「そう。日向坂さんに後で感謝しておきましょう」
その時だった。俺の前を横切った女子生徒が小さな紙を渡してきた。
「(これは…?)」
周囲を見渡し誰も見てないことを確認するとゆっくりと紙を開く。
「もし、良ければ放課後に時間をくれませんか?お返事待ってます」
文字の内容だけ見れば明らかに告白明記な物だろう。お返事と書く辺り半ば強制である。
「(まぁ、勇気を出して手紙をくれたのに無視するのは失礼だし)」
返事は決まってるが相手の気持ちを尊重しよう。そう思いポケットに入れようとし_
「秀。何を入れたの?」
後ろに並ぶお嬢がそう声を掛けてきた。さて、どうするか。
「(お嬢に話すべき、ではあるよな。お嬢から話せって言われてるし)」
まぁ、お嬢も直接的に告白された訳じゃないし其処まで大事にならないはず。
「じ、実はですね。今、女子生徒から手紙を貰いまして」
そういうとお嬢に手紙を手渡した。そうしてお嬢は手紙を読み始め_
「これ、貴方はどうするつもりなの?」
「え?ま、まぁ…勇気を出してくれたのでちゃんと返事は返そうとし_」
その瞬間、お嬢が手紙を破り捨て掛け…止まった。
「返事しなくて良いわ。後、この手紙は私が持っておくから」
これは命令だからちゃんと守りなさい。お嬢は冷たくそう言い放った。
「次の方、どうぞ?」
「あ、す、すみません」
俺がお嬢に気を取られていると既に順番が来ていた。
「すみません、日替わり定食を2つお願いします」
「日替わり定食2つですね。では、横に並んでお待ちください」
俺はお嬢を連れて横に並ぶ。お嬢はずっと黙ったままだ。
「(…失態を犯してしまった)」
迷惑を掛けただけでなくお嬢の気を損ねるなんて従者失格だ。
「お嬢の気を損ねてしまってすみませんでした。これは、俺の失態です」
「別に貴方は悪くないわ。これは、私の問題だから」
お嬢は俺のことを許しつつも顔は暗かった。…後でお嬢の機嫌を取ろう。
「ヤケに今日は混んでるなぁ」
零の取った席へと戻ると零は俺とお嬢を見て苦笑する。
俺が座る席の左は壁で右はお嬢なので隣は完全にお嬢が陣取っている形だ。
「お前らは日替わりにしたんだな」
俺は頷くと隣のお嬢を見た。表情に変化はない。
「そういや、列で悶着してたけどどうしたんだ?」
「その、手紙を女子から貰ってそれをお嬢に渡したら…って感じなんだが」
「あぁ、成程。それでこの状況って訳ね」
零は納得したように頷いているが俺からすればサッパリだ。
「そういえば大智や女子は来るのか?」
その言葉にお嬢がキッと俺を睨んだ。うん。まぁ、気の所為だろう。
「来る予定だったんだけど…急用が入ったんだって」
「それはまた残念だな。お嬢の友達になれる可能性だってあったのに」
「…私に女友達なんて不要だから。秀も覚えてなさい」
ずっと黙っていたお嬢が冷酷な声でそう言った。隣で零は苦笑している。
「お嬢、怒ってます?」
「怒る?私がこの程度で怒る訳ないでしょう。何を変なこと言ってるのよ」
そうは言うものの食事中もずっと不機嫌なままなお嬢だった。
「お前、もうちょっと女性の心情に寄り添うべきだと思うぞ?」
5時間目の休み時間。先程の様子を見兼ねた零がそう言ってくる。
「だから、俺は断る為にもちゃんと返事を出そうと…」
「そうなんだけどそうじゃないんだよ」
何で分からないんだ。とジト目を向けるも実際問題、お嬢の怒る原因が分からない。
「俺がお嬢に対して何か失礼なことをしてしまったのか?」
「直接的にした訳じゃないんだけど間接的にしてるな」
「…それは直接的と言うべきだと思うんだが」
「取り敢えず、今日の返事は諦めろ。そしてお嬢様と帰るんだ。分かったな?」
返事は明日にしてくれ、って代わりに俺が言うからと零は付け足すと去って行った。
「(…俺はお嬢の気持ちを理解出来てなかったのか)」
俺は長年、お嬢の側に仕えお嬢のあらゆることを知っていた。
お嬢の趣味も食べ物の好き嫌いも寝る時間も好きな音楽だって知っていた。
理系と言い張る癖に数学が苦手で、それでも期待に応えるために頑張るところも。
運動だって出来なくて。それでも、練習してクラスで活躍するようになったところも。
自分の時間を削ってまで色々と将来を見据えた行動をしていることも。
俺は隣に居たからこそ知っていた。でも、所詮は知った
零でさえお嬢の心情を理解出来るのに俺はそれすら出来なかった。
「(…俺は、どうやったらお嬢の気持ちを理解出来るんだろう)」
それを知るためにも俺はお嬢と向き合わなければ。
放課後。俺は零の提案通り3人で帰ることとなった。
「…今日は日向坂さんもいらっしゃるのね」
「最近は秀とばかり帰ってたし潮凪さんとは久々に帰るなぁ」
「まぁ、お嬢もお嬢で用事があるしな。すまん」
そう零と自然そうに装いながら会話を続けているとお嬢が口を開いた。
「…私と帰っているということは手紙をくれた子に対しての返事はしなかったのね」
俺は黙って頷くとお嬢は何処か安堵したような表情を見せると
「…その、さっきは取り乱してしまってごめんなさい」
とあっさりと謝ってきた。
「お、お嬢が謝罪だなんて…俺の所為でそうさせてただけなのに」
俺は改めて謝罪したがお嬢はもう気にしてない、と返された。
「ところで、話題を変えるのだけど…秀はあぁいう人が好みなの?」
「(このお嬢様、ド直球過ぎるだろ…ってか何でコレで気付かないんだ?)」
「前にも述べましたが俺はお嬢一筋なので特にありませんよ?」
「(いや、潮凪さんもそうだけど秀も何でコレで気付かないんだ?)」
「でも、貴方はそう言って何度も告_。…手紙を貰ってるわよね?」
ジト目を向けるお嬢に対し俺も思ってることを言ってみるものの…
「それはその…折角、くれたのに送り返すなんて失礼ですし」
「…そうよね、秀はそういう性格だものね」
お嬢はそう言うと呆れたように溜息を吐いた。
「(…はぁ。やっぱり、想像してた通りね。恋愛って難しいのよ)」