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第七集 風とともにリンの琴の音が

 道観に戻ったものの、秘籍を使用した二人は尋常ならざる挙動をしていた。スンは目を見開き、昂ぶった表情で深い呼吸をしている。銀毛狼は虚空の一点を見つめ、静かな態度である。あおは師に状況を説明した。


「さっきの戦いの時とは真逆の様子になったみたい」

「陰陽の気の比重を不自然に操るのだから当然の道理だろう」

「僕、恐ろしくて秘籍なんて使いたくない」

「私も窮地に立たされたはずみで文面を見てしまった。リン師父よ。軽率な行動をお許し下さい」

「相手は強敵だ。読まねばやられていただろう。無事で何よりだ」


 道士の弟子が白粥を用意してスンと銀毛狼に手渡した。二人が口に運ぼうとするとリンが制止して言った。

「蠱が忍ばせてあるか確認したか」

 緊急事態のことに平時の営みが抜けていた。リンはサイの角を使って粥をかき混ぜると、泡が立ち始めた。

「やはり蠱か。ここに長居するわけにもいかんな。次なる拠点を定めねば」

 道士は心配そうな表情を浮かべた。

「私も知人の近況について聞いていますが、とにかく物騒になったと言います。お互い気をつけましょう」


 その時天井から物音がした。窓という窓から、蠍や毒蛇が投げ込まれた。そして僵尸の着地音とともに妖術師の姿もあった。以前、山で襲ってきた者だ。さらにもう一人、見覚えのある男スティーブの姿もあった。


 噛まれたり裂かれでもしたら、たちまち毒で致命傷を負う。そんな魔物や虫、爬虫類が飛び交う中でスンたちは必死の抵抗を見せた。劇団員の五穀一揆盟は鉄扇を八の字に振って切り落としていた。


 僵尸は飛び跳ね、弟子の一人に噛みついた。弟子たちはとっさに僵尸の両脇を抱えて動きを封じ、道士は桃木剣を手に取った。

 スティーブがリンの背後を取った。そして腕を絡め取ると、膝裏を蹴って跪かせた。 そこに弟子たちの拘束を振り払った僵尸が飛んできた。リンは首筋を噛まれ、苦悶の表情を浮かべた。

「リン先生!」


 スンは急いで外骨格の装甲を身にまとったものの、スティーブの素早い踏み込みに距離を詰められてしまった。

「銀毛狼、受け取れ!」

 奪われることへの危機感で秘籍を投げたところ、宙返りした妖術師に掴み取られてしまった。


「よくやったな。あとは頼んだぞ」

 高笑いするスティーブは妖術師に駆け寄って秘籍を受け取ると、入口の外に姿を消した。道士は逃亡を阻止しようと試みたものの、スティーブの剛腕が直撃して床に倒れてしまった。


 あおは落ちている桃木剣を拾った。

「湖面浮蓮突!」

 螺旋状に回転したあおは僵尸の胸を突き刺した。僵尸は大型鳥類のような唸り声をあげて真後ろに倒れた。ひるんだ妖術師は深緑色の蠱毒を銀毛狼めがけて放ったが、スンが背中の装甲で受け止めた。


 走る銀毛狼がナタを振った。その一刀をくらった妖術師は声もなく床に伏した。強敵たちを退けたものの、その惨状にため息すら出なかった。



 涼風の吹く楼閣にて、腰掛けたリンの奏でる古琴の音色と、くすぐるような鼻唄が聞こえてくる。


 スンにとって最高の目覚め方だった光景だが、今や思い出すたびに涙が頬を伝う思い出だ。


 師は僵尸の毒牙の餌食となってしまったのだ。その強力さは道士ですら匙を投げるほどだった。


 手当たり次第に妖術師を探していけば、解毒できる者がいつか見つかるかもしれない。しかし蠱師は例外なく秘密結社として存続していることは、スンたちが一番よく知っていることである。こちらから探そうとするのは雲を掴むような話しであった。


「師よ、無力な弟子をお許しください」

 スンはリンの汗を拭い、水差しを咥えさせた。

「誠に成長したぞ、スンよ。秘籍を使いこなせる器なのであれば、私は安心して蠱道会を任せられる。よろしく頼んだぞ」

「先生、道士様ほどの賢人であれば、解毒法についてもきっと良い案がひらめくことでしょう。もう少し生きてください。そして琴の音をまたお聴かせください」


 笑顔を見せたリンの歯は、牙となって伸びていた。

「畜生道に転生して、仲間に襲いかかるわけにはいかぬ」

 リンは爪に仕込んでいた蠱を口内へ弾いた。リンは間も無く息を引き取った。天に還ったリンの肉体を、スンはいつまでも抱きしめていた。

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