スンたちは約束通り、中山あおとの鍛錬に励んでいた。それぞれ系統の異なる武芸であるだけに、技の習得には大変苦戦していた。
「うまく回転できんな」
「前のめりになりすぎかな。刀を振ったあとは体勢が崩れないように止めを意識すること。重心の均衡を保つ。そして次の動きに行きやすいような足の止め方を考える」
回転斬りの素振りをしていたものの、これはスンたちにとって経験の無い動きであった。姿勢が崩れたり、幼児のお辞儀のような斬撃になることが多々あった。
スンの足元は転びそうなほどふらついていた。
「はあ、今日はこれくらいにしてくれ。慣れない動きで疲れたし、目も回ってきた」
模造の長剣を布で拭って鞘に納めると、鈴を打ったような音がした。
銀毛狼も軽く疲れた様子だ。
「この派手な技、どういった状況で使うんだ?」
「体力の問題で編み出した技だよ。それくらい遠心力を利かせないと、僕の力では致命傷にならん可能性があるからな」
「大きな相手に襲われたら使い所だな」
そう言うとスンは一人だけ素振りを再開させた。
「熱心だね。僕も舞踊の稽古をして、女優たちと打ち合わせをしないと」
「送っていく。街に用事があったところだ」
「ああ、ありがとう。一緒に行こう」
あおの自宅へ行くと、厳しい表情をした中年の夫婦が待ち伏せていた。あおの顔はたちまち強張った。
「あお、私たちに秘密で武芸に耽っているというのは本当か」
「剣舞だよ。父さんも母さんも、連絡も無しに海外まで突然来ないでくれる?」
「なんだその言い草は。私の顔の広さを甘く見るんじゃない。達人のような剣捌きだともっぱらの噂だ。これではご先祖様やご近所さんに顔向け出来んでは無いか。さあ帰るんだ」
「座敷牢に放り込まれたことへの恨み節、毎晩唱えているよ。大切な青春をよくも奪ってくれたな」
「仕方がないだろ、お前のためにやったことだ。座敷牢から出したのは間違いだった。抜刀を唐人に見せびらかすような娘など、また座敷牢に放り込んで纒足にしてやる」
両親は紋付を腕まくりすると、気の力であおを吸引した。草木は手のひらへと勢いよく吸い込まれ、あおは地面に刀を刺して堪えていた。スンは父親の手首を掴んだ。
「親子でそんな術を使うことなかろう。彼女はもう大人だ。無理強いなんて無粋だ」
「人様の家のことにとやかく言う筋合いなど無いわ」
掴まれた腕を内回しに回転させてねじこみ、スンの腕を絡め取った。母親は巨大な犬神を召喚してスンに噛み付かせた。蜂の大群を放って対抗を試みるが、すべて犬神が追い払った。銀毛狼も立ち向かうが、鋭い爪の一撃を食らって胸板から血が噴き出た。
その時遠くから道士の声が聞こえた。隣にいた弟子二人はそれぞれ真っ白と真っ黒の服を着ている。
「その夫婦はこの世の者では無い。降りよ無常!」
道士は朱の筆で弟子の額に呪文を書いた。呪符を燃やして呪文を唱えると、死神無常が憑依したことで弟子は意識を失った。そして目を見開いた弟子は舌をだらりと垂らした。白無常は扇子で手のひらを叩き、黒無常は鎖を広げて音を鳴らしている。
「悪霊よ、我らと共に天へと還る時が来た。生者への執心を今すぐに止めるが良い」
無常が憑依した弟子は、竜巻のような勢いで夫婦へ飛んだ。黒無常が鎖を使って絞めようとすると、夫婦は恐れをなして一目散に逃げ出した。
「よほどこの世に未練があるようだな。道士よ、再びあの夫婦が現れれば我らを召喚するが良い」
そう言い残した無常は元の冥界へと去っていった。弟子は地面にどさりと倒れた。
リュウ道士はあおに寄り添った。
「帰りが遅いので来てみれば、なんということだ。実の親子でありながら」
あおは顔を押さえて泣き崩れていた。